2022年05月14日

【カットリク!】「神殺姫ヂルチ」

 5月の連休が終わると、法人の確定申告の用意があって(弊社は3月期末なので)、メタクタ忙しいのである……。
 いろいろあって、眠っても、4時間くらいで起きてしまう。なのに雑事に振り回されて肝心の仕事は進まない。良くないなぁ。

 というわけで、今回は小ネタで許してplz。



 的良みらん先生の「神殺姫ヂルチ」(5巻完結)。お色気満載のオカルティックアクションマンガである。出てくる女の子がみんな可愛いのよ、これが。さすが的良先生という感じで。

 が、残念ながら、カットリク!があったのだな。


(2巻より引用)

 言うまでもなく、カトリックの神父は貞潔が義務とされていて、結婚はできない。娘などいるはずがない。
「【カットリク!】恐怖新聞 第12話「悪魔のカード」・前編」でも触れた――

カットリク!ポイント36――
カットリク!は神父だけど結婚できちゃう。子どももつくっちゃう。


 ですな。
 ちなみに、「聖公会」などは、自分を「神父」と呼ばせて、妻帯している、という複雑な教導者もいたりするそうだが、本作の場合――


(2巻より引用)

 と、カトリック教会を名指しで指定しているので、これは完全にカットリク!である。

 とても残念である。こんな、たかが「世間話」に過ぎないシーンなど入れなければ、他のところはフィクションとして問題なかったのになぁ。

 まあでも、いつも書いていることだが、カットリク!であることと、お話の面白さは別、ということで、お色気満載のこの「神殺姫ヂルチ」。十分、楽しまさせていただきましたヨ。お勧めです。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究

2022年05月11日

【書評】「婚活したらすごかった」



 石上賢介「婚活したらすごかった」



 石上賢介「57歳で婚活したらすごかった」

 上記のとおり、本書はシリーズである。
 最初からシリーズを企図したものではなく、第一作の方は40歳を過ぎた頃に書かれたもの。
 二作目は、一作目から17年経って、婚活の成果は果たして? という編集者の興味から石上先生にアクセスしたら、いまだシングル生活を続けていらっしゃり、また婚活にチャレンジしてみた記録、と聞いている。

 わたし自身がちょうど57歳ということもあり、最初は二作目のタイトルに惹かれて、その経緯を知り、だったら両方とも読んでみるか、と購入。

 このブログをお読みの方には言うまでもなく、わたしには愛妻がいるので、特に高齢者の婚活ノウハウ本として期待して読んだわけではない。
 しかし、ここのところ、わたしは心変りがあったのである(細君への愛が、ではないよ)。
 十代から三十代にかけて、わたしは自分が、事故か、病死か、自殺で、早世するだろうな、という、根拠のない確信があった。実際、2000年代に創薬された薬で命を救われているので、これもあながちウソではない。
 そして還暦もスコープに入ってきている歳になってみると、気持が変わってきた。息子亡き今、細君を看取って安らかに帰天させてあげたい――細君を残して死にたくない――という気持ちである。
 そしてわたしは、やがて一人で死ぬ。孤独死することには、個人的に、なんの不安もない。
 そうなってから、再婚する気は毛頭ないが、果たして57歳というこの年齢で、婚活市場でどれだけがんばれるものなのだろうか、という興味があって、本書を手に取ったのであった。

 ご本人の紹介から――石上賢介(この著書の為のペンネームだとのこと)。職業はフリーライター。年収700万円。だがフリーランスなのでこれは一定しておらず、貯蓄も少ない。容姿は「十代以降褒められたことはない」とのこと。身長160センチ強。体重70キロ弱。小太りに見られる。東京郊外の「三流私立大学」出身。30代の頃、一度結婚してすぐ離婚のバツイチ。
 しかし石上先生には、このいささか不利な条件を凌駕する特技がある。職業柄鍛えられた「人の話を聞いて引き出す」力と「文章力」である。
 さて、石上先生の婚活はいかにすごかったのか――


 というところで、いきなりなのだが、最初の章から石上先生、「ネット婚活サービス」でデートにこぎつけて、相手とベッドイン(しかし相手はドMというオチで笑いを誘う)しているのだからびっくりする。

 もちろんこれは、ライターとしての石上先生のサービス精神と本能で、本の最初からガツンと「引き」を用意したのだとはわかるのだが、こちらは「デートにも苦戦するのかな?」と思って読み始めたので、これには多少、鼻白んでしまった。

 まあ確かに「すごかった」わけで、タイトルに誤りなし、だが。

 さてその後の婚活だが、「お見合いパーティ」、「結婚相談所」、あまり男性の婚活には役に立たない「海を渡って婚活編」のように続く。

 石上先生はどれだけ苦労したのだろう、と読み進めていくのだが、これが飄々としていて、けっこうおモテになるのである。どのルートでも、デートまで何回もたどり着いている。そしてベッドインした回数も。
 ちょっとカトリックとしては「そこまでいったのなら結婚してよ」という感覚なのだが、40代を過ぎると「カラダの相性も確かめないとね」と女性が臆面もなく言うのだそうから、いやいや、神様もびっくりである。

 そういうものなの? ぼく、子どもだからわかんないや。

 こんな感じで、結局一冊目の「婚活したらすごかった」は、石上先生の結婚報告はなしで終わる。
 最後に詳細なアドバイスがあるので、これは実際に婚活する人には役に立ちそうだ。

 そして17年後。「57歳で婚活したらすごかった」である。
 こちらの冒頭部のヒキは、41歳の女性から「連絡すんなって書いてあんの読めないのかよ。老眼鏡つけとけよ。てめーからLINEくるだけでゾッとして不眠になるわ。クソ老人!」と罵倒された、というものだ。
 これは婚活アプリでマッチングした相手。一度デートしている。意気投合した、と思った石上先生は、その後も連絡をとろうとするが、それで来たのがこのLINEだったという。

 うわ、キッツ!
 わたし自身も同い年なので、「クソ老人!」と罵られた気分になる。
 しかし相手の女性も女性だ(バツイチ41歳)。想像するに、この女性も同じようなことを誰かに言われた経験があるのだろう。悪口とはそういうものだ(自分が言われてグサッと来たものを、誰かに刺し返す)。

 その後の石上先生は、予期せず本物の恋をしてフラれ、失恋を経験したり、婚活カウンセリングを受けたりと、いろいろと経験をなさるのだが、これがまた、どこか飄々としていて、なんというか「本気度」が感じられないのであった。

 そう、これは二冊通してそうなのだが、やはり石上先生の職業柄、どこか「記者の顔」が出てしまっているのである。失敗した実体験も「ネタになる」と思ってギリギリのところでダメージを回避しているというか、余裕を感じてしまう。

 しかも、二作目の方でも、何度かベッドインまでたどりついたお相手がいて、石上先生、実はけっこうおモテになるのだな、と感じてしまう。
 だいたい、デートはライターという本業からして、相手から話を引き出すのがうまいだろうし(人は自然に相手に喋らせられると、相手に好感を持つ)、食事代も自分が全額持つというスマートさだ。体型を気にしていらっしゃるが、これもジムに通って清潔感を保っているという。

 正直、通して読んで、その気になれば石上先生は、この婚活を通して、二、三度、成婚できたのではないか、と思ってしまった。
 ただもう、先生自身、自分の生活を変える気がないので、そこまで踏み切れないのだろう。という印象だ。

 最後に石上先生はこんなふうにまとめている。

「誰かとともに生きたい」ではなく「誰かのために生きたい」と思えるくらいの心のゆとり、経済的なゆとりを持ってこそ、婚活は成就するのではないだろうか。


 この心得は婚活だけではなく、結婚生活でもまったくそうである。
 今のわたしが、細君のために生きたい、と思うようになったように。

 さて、まとめるとこの二冊、一見、高齢者向けの婚活お笑い本にも見えるが、どうしてどうして、かなり実践的な二書である。若い方で、婚活がうまくいっていない、という方にも、絶対役に立つ情報があるように思う。

 それにしても、なぁ……。
 わたしは新自由恋愛結婚主義者なのだな。やっぱり結婚は恋愛からのゴール(そしてスタート)に限ると思ってしまう。
 そうでなければ、上記の「誰かのために生きたい」という気持ちは育たないと思うから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評

2022年05月07日

【日記】Kindleプレミアムレザーカバーの手入れ

 愛用のKindleに、プレミアムレザーカバーをプレゼントした。



 これである。ごらんの通り、もう「この商品は現在お取り扱いできません」のディスコン品だ。販売していた当時は6,000円以上していたという。
 今回は、二台分、メルカリとラクマで購入させていただいた。



 Amazonの謳い文句は――

 プレミアムな質感のレザーと、革新的でぴったりフィットする内面が、ストラップや留め金を使用せずにKindle Paperwhiteをしっかりと保護します。高級感あふれる滑らかな表面仕上げを施した高品質な本革カバー。使い込むほど風合いが変化するアニリン染めで経年変化を楽しめます。


 である。
 だがこのカバー、毀誉褒貶が非常に激しい。
 曰く「最初から傷だらけ」、「いとも簡単に傷つく」、「傷が気になる」。等々。「傷だらけなので何度もAmazonと交渉・交換して諦めた」という猛者もいる。
 この「プレミアムレザーカバー」は、Kindle Oasisにも出ていて、そちらの評価でも「残念なクオリティ」、「傷だらけ」。確か「汚い板切れが入っていた」という酷評もあったと思う。

 はっきり言わせていただこう。このプレミアムレザーカバーを「最初から傷だらけ」というオーナーは、革の手入れをしていないのだ。この革は、オーナーの手に届いた時点で、乾燥しすぎている。油分が足りないのである。
 論より証拠、これを見ていただきたい。



 左が、購入したばかりのカバー、右が手入れしたカバー。一目瞭然で、右には「傷がない」のがおわかりいただけると思う。裏面ならもっとわかりやすい。



 まだ手入れ前のカバーのアップはこう。









 ↑これなどは「ひどい傷」に見えるのではないか。





 何かに擦ったような傷に見える。確かに交換したくなる気分もわかる。







「経年変化を楽しめる」はずが、最初から劣化している、という酷評も、まあわからないではない。

 しかしこれらの「傷」は、お手入れでまったくわからなくなるのである。



 これがお手入れに使うギア。左から「ミンクオイル」、「ペネレイトブラシ」、「ホコリ取りブラシ」、そして無印良品の「くつみがきクロス」。

 まずは、「ホコリ取りブラシ」で丁寧に表面のホコリを取り去る。





 ペネレイトブラシにミンクオイルを適量つけて――



 革の表面に塗る! というか、刷り込む!!



 ひたすら塗り塗り、刷り刷り。



 今のところ、色ムラは気にしないで、とにかく全面に塗り、刷り込む。金具のところ、ヒンジ部分も、革の横部分も忘れないで。



 だいたい塗り、刷り込み終わったら、くつみがきクロスで、余計な油分を拭う。



 色ムラを伸ばすように油分を拭っていく。ただこの無印良品のくつみがきクロス、繊維が落ちて革側に張り付くのが難点。それは後で、ガムテで取ればよい。



 最後にホコリ取りブラシで、全体をならす。



 ほぼ完成。いかがだろう。傷などひとつもない革のできあがりである。もう「汚い板切れ」とは言わせない。
 ほぼ、というのは、油分が革になじむまで時間がかかるから。そういう変化を楽しむのも革の良さのひとつ。



 カバーを広げて置いてみる。手入れをした右側部分、まだしていない左側部分とで、まったく違うのがおわかりいただけると思う。
 同じように、裏側の革もお手入れをする。



 こちらもほぼ完成。



 購入時にはあった(はずの)「大きな傷」がなくなっていることがおわかりいただけるだろう。



 革の手入れが終わった、Kindleプレミアムレザーカバーふたつ。色合いが違うのも楽しみのひとつ。

 これから先、ホコリ取りブラシは手元に置いて、ことあるごとにサッサと革の表面をならしてやるとよい。
 たしかに「傷」のつきやすい革だが、ホコリ取りブラシでならしてやるとすぐ消える。

 大事なのは、上記の工程を、全部自分で、楽しみながらやること。それが革製品の良さである。

 それでは、Happy Reading!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2022年05月04日

【日記】「電子書籍」と「冊子体」の差について雑感

 しまった。今、読んでいる、アンディ・ウィアーの「プロジェクト・ヘイル・メアリー」が面白くて読みふけっていたら、このブログの更新を忘れそうになってしまった。

 もちろん、本書はアマゾンKindleで読んでいる。
 寝室、ダイニング、書斎などに、それぞれKidleを一台ずつ置いてあるので、別の部屋に行くときも、Kindleを持ち運ぶ必要がない。なぜなら、Whispersyncという仕組みで、クラウド経由でしおりを共有できるので、移動した先にあるKindleを開けば、続きが読めるようになっているのだ。
 実に便利な代物だ。

 ところで、楽天のKOBO初代機から、今、メインにしているアマゾンKindleまで、電子書籍リーダーを使って、何十冊、いや、数百冊程度の書籍(マンガを除く)を読んできたが、改めて振り返ると、思うことがある。

 電子書籍って、読むの遅くならね?

 わたしはけっこう、活字を読むのが早い方だと思っている(が、細君には負ける)。もちろん内容にもよるが、冊子体の新書だと、一冊90分くらいで読む。なので図書館へ行けば、180分で二冊、新書を読める。

 それが、Kindleだと、遅くなる感じがある。一冊、120分くらいだろうか。もっとかかることもある。
 上記のように、部屋ごとにKindleを置いてあるので、細切れに読むことが多いこともあるが、まあ総計はそのくらい。
 今、読んでいる「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、上巻を読むのに、なんやかやと一日かかってしまった(隙間時間に読んでいるので、実際の総時間を合計すれば三時間くらいだろうか)。

 原因をいくつか思い浮かべてみる。

 ひとつは、いかんともしがたいが「老眼」である。
 わたしは中程度近視なので、メガネを外せば本が読める。逆に言えば、メガネを外さないとKindleが見にくい。そこでメガネをかけはずしする。その手間の分(心理的な面倒くささもあり)、Kindleを手に取るのが億劫になる、とか。

 Kindleは半ページしか見通せない、というのも大きそうだ。
 冊子体は見開きで書いてあることを見通せる。ざっと斜め読みをするならば、この差は大きい。

 前後にページを大きくめくるのが面倒、というのもあるかも。
 冊子体なら、ページに指をはさんで、前のページ、後ろのページをめくることができる。重要そうな段落を再度読む、先に読んでおく、ということができる。Kindleは面倒くさくて、とてもそんなことはできない。

 あとは、なぜかKindleだと、斜め読みしないで、じっくりきちんと読もうという気分になるところがある。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、上下巻で、Kindle価格3,564円。映画二本弱のお値段である。だとすれば、映画二本弱くらいの時間は楽しみたい(吝嗇家)。

 そんな感じで、Kindleで本を読むとちょっと遅くなるのだろうか。あまり関係ない気もするが。

 前にも紹介したが――

興味深い実験がある。O・ヘンリーの小説を紙の本で読ませた学生とキンドルで読ませた学生とを比較したとき、紙の本で読ませた学生のほうが筋を時系列順に正しく再現できたという。逆にデジタル画面では記憶の順序立てが悪化してしまうらしい。
(宮崎伸治「出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記」より引用)


 なのだそうだ。
 電子書籍デバイスだと、頭の中でストーリーを立体的に構成するとき、
ハンデがあるのかもしれない。

 ところで、わたしにとって不思議なことなのだが、これがマンガだと、冊子体より電子書籍で読む方が早いのである。
 実は、マンガはKindleではなく。FireかAndroidタブで読んでいる。このあたり、デバイスの反応速度の差というのもありそうだが、とにかく、マンガは冊子体より電子書籍で読むほうが早い。

 そして、面白かったマンガは、振り返ってみて、自分が冊子体で読んだが、電子書籍で読んだかを忘れていたりする。それだけ集中して読みやすいということなのだろう。
 そう考えると、マンガはコストパフォーマンスが(小説などより)悪いなぁ、という気もする。
 ただ、ポンポンと気安く買ってしまうのもマンガの方なのだよな。

 思い返すに、マンガも、冊子体の活字本も高くなった。昔は500円で買えたような本が、いまは千円出さなければ買えないことも珍しくない。
 反面、出版不況とは言われていても、出版点数は昔よりはるかに多くなっている。
 これがいい時代なのか、さらなるバブル崩壊への序曲なのかはわからないが――。

 さて、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の下巻に取り掛かるとしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2022年04月30日

【書評】「牧師、閉鎖病棟に入る。」

 沼田和也「牧師、閉鎖病棟に入る。」



 ずっとアマゾンの「干芋」リストに入れておいて、いつかは読みたいと思っていた本書を、Kindleのキャンペーンで少し安くなるチャンスを狙って購入。

 牧師と言えば、プロテスタントの教導者である。著者の沼田先生も日本キリスト教団の牧師でいらっしゃる。
 カトリックの神父になるのも大変だが、プロテスタントの牧師になるのもまた簡単ではない。プロテスタントは聖伝がなく「聖書のみ」であるぶん、聖書の細かいところまで通じていなければならないし、それを信徒に伝えるため、スピーチの技も高い。エキュメニカル(他教派との交流)で牧師先生と話すたびに、いつも「お話がうまいなぁ」と感心する。尊敬に値する、知的階級に入る人々である。

 そのような牧師先生が、どのような過程で精神科の閉鎖病棟へ入ったのか。そして、病気は信仰によって治ることはあったのだろうか。そういったところに興味を持って拝読。

 沼田先生はさすが牧師先生だけあって、文章はうまく、サーッと読んでいける。しかし、入院までの経緯と、入院中の手記は、少し肩透かしな感もある。と言うのも、沼田先生は特に病名をつけられて閉鎖病棟へ強制入院させられたわけではなく、自分の意思で入院を決めているからだ。

 教会附属幼稚園の園長でもあった沼田先生は、その膨大なデスクワークやプレッシャーに耐え切れず、ある日、ストレスが爆発して、副園長を罵倒してしまう。その理由は記憶が飛んでいて思い出せないという。
 そして牧師館に閉じこもり、希死念慮(自殺したいという抑えがたい欲求)に囚われるが、奥様に介抱され、自ら精神科へ。
 閉鎖病棟へ入れられたのは、当初の予想外だったというから、先生の希死念慮は、医師から見て、非常に強いものだったのだろう(精神科の閉鎖病棟のファーストモットーは「自死させない」である)。

 わたしは読む前から、てっきり、閉鎖病棟なので、統合失調症か双極性障害になられての強制入院なのかと思っていたので、ここで「ううむ、このくらいでも閉鎖病棟へ入れられてしまうのだなぁ」と、ちょっと驚いたのであった。
 とにかく、病名云々より、まずは命を救うために閉鎖病棟へ入れられたということなのだろう。

 そして入院中。先生の興味は、同じ病棟の患者たちへと向けられる。そこには、もう何十年もこの閉鎖病棟にいる患者が多い。
 牧師という職業柄、わたしは、先生がこの患者たちに聖書の言葉でなにかを感じるのではないか、と期待して読み進めていたのだが、それはあまりない。先生はあえて、閉鎖病棟に神学書などは持ち込まず、むしろ仏教書を読んで時間を過ごしていたという。
 先生は若い患者たちに親しまれ、途中からはウザいと感じるほどだったそうだ。それだけ頼られていたということなのだろう。

 心に残ったエピソードは、いつも暴れるので、痩せ萎えた身体を拘束されていた青年が、注射をうたれ、眠っていくさまを目撃し、それを「イエス・キリストによる十字架の贖罪」として受け取ったというシークエンス。このあたりは、さすがキリスト者だな、という思いがした。

 しかし全体として、キリスト教への信仰も、聖書も、先生の病気を治す方向には無力なのである。
 そして結局、先生は「発達障害(自閉スペクトラム症)」と診断される(わたしは、最近の精神科業界の「発達障害」バブルは眉唾だったりするのだが)。
 服用したクスリなどを列記してくだされば、医師の思考もわかるのだが、先生が服用したクスリの類は一切書かれていないのが残念だ。

 以前もなにかの記事に書いたが、教会というフィールドは、精神に病をお持ちの方を呼ぶなにかがある。わたしも何度も、ひとりの信徒として、また教会委員として、そういう方とお話をしてきた。

 イエスが、「名は何というか」とお尋ねになると、「レギオン」と言った。たくさんの悪霊がこの男に入っていたからである。(ルカによる福音書 8:30)


 を引くまでもなく、教会、そしてイエスが彼らを招いているのだろうか。
 しかし、残念だが、はっきりと書かなければいけないことがある。イエスのような奇跡を起こすすべをもたない我々、現代の教会は、精神病に対して無力なのだと。

 精神病を治すには、精神科に罹り、クスリを服用するしかないのだ。今はいいクスリも出ていて、医師の指示どおり服用さえすれば、症状を抑えて、普通の生活を続けていける。
 統合失調症の患者は、百人の一人の割合でいる。この数字を聞いて、その多さに驚く人は少なくないのではないか。しかし実際に、ネットをちょっと回れば「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」の被害にあっていると、真顔で訴えている人々を見つけることができるだろう。

 本書を手に取った理由も、牧師という、聖書に精通した方が、信仰によってその病状を緩和させることができたのだろうか、という興味があったのだが、やはりそれは空振りに終わったような気がする。

 さて、この本と併読して、こんな本も読んでいた。


 風間直樹/井艸恵美/辻麻梨子「ルポ・収容所列島――ニッポンの精神医療を問う」

 こちらは、閉鎖病棟に何十年も患者を閉じ込め続けてきた精神病院の罪を鋭くえぐった書籍なのだが、これも実に難しい問題ではある。
 ただわたしが漠然と思っていた「統合失調症か双極性障害でもなければ閉鎖病棟への強制入院はない」というのが間違いだったというのはショックではあった。

 この本の中に、こんな一文がある。
「発達障害の疑いがある」と告げられた患者が、精神科医にその診断理由を尋ねると――

「あなたはいままで10年間教会のミサに通い続けていたよね。それは社会の一般通念からずれている。それが根拠です」


 おいおいおいーっ! そんな莫迦な話があるか!?
 こんな理由がまかりとおるならば、わたしも間違いなく閉鎖病棟送りである。
 ちょっと、いやかなりゾッとした一文であった。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評