2017年03月05日

【日記】マジでアーメン

どこぞの中学校で、「やばい」という言葉の使用禁止令≠ェ出たとかいうニュースが話題になっている。

もともと「やばい」というのは、わたしが子どもの頃は、暴力を生業とするような方々が「わたしは現在、危機的状況に陥っております」という意味で使うような隠語だったという印象。
それが徐々に浸透し、ごく普通の人でも「やばい」「やっば」「やべっ」などと使うようになったのがバブルの頃だと思う。

今の若い人たちは、この「やばい」を、危険なときはもちろん、「素晴らしい」という意味でも使ってしまうということは、近年よく指摘されていた。「このラーメンやばいっすね」、「やばいほど嬉しい」などの使い方。

なにかを表現するときの語彙力が低下していると嘆いてしまうのは簡単だが、同じ言葉で多種の感情を表現してしまうのは、むしろ今の若い人は、感情表現に躊躇しないからだとも言える。

昔は、男は黙ってムスッとしていて、あまり喋らないのが良いとされた。お喋りなわたしなどは、そのことであまり良い評価を受けたことがない。決して人の秘密をバラしてしまうというようなお喋りではないのだが、男の子というものは黙っているもの、感情表現はしない方が男らしい、というのが昭和の遺伝子だったのである。
映画「幸福の黄色いハンカチ」で、高倉健演じる島勇作は寡黙で不器用で男らしい。反面、武田鉄矢演じる感情表現豊かでお喋りな花田欽也は軽い男と見なされていたでしょう? 昭和は総じて、あんな感じであった。

まあそれでも、なんでも「やばい」で済ませてしまうのは大人ではないだろう。ネコだって「ニャーン↓」、「ニャーン→」、「ニャーン↑」で感情を表せてしまうのである。これでは若者が皆、けものフレンズ化してしまう。すっごーい。
禁止令は大げさだが、大人の自覚を持つまでには、もうちょっと表現力を高めようね、というような教育自体に反対するところはない。

さて、タイトルの「アーメン」である。キリスト者だと一回は「アーメンソーメンヒヤソーメン」とカビの生えたギャグでからかわれるアレである。
これはヘブライ語で「そうなりますように」という意味だ。
イエスはわりとこれが口癖だったようで、新共同訳聖書などでは「はっきり言っておく」と訳されている新約聖書の部分(74箇所もある)は、ウルガタ訳ラテン語聖書では「アーメンアーメン」となっている。そう、イエスは二回繰り返して言っていたのである。

これ、今の言葉に超訳すれば、「マジでマジで」だろう。

上記の「はっきり言っておく」が含まれている部分をいくつか差し替えて引用してみよう。「はっきり言っておく」の部分を抜いて、最後に「マジでマジで」をつけるだけ。

すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。マジでマジで。(マタイによる福音書 5:18)

人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。マジでマジで。(マルコによる福音書 3:28)

そして、言われた。「預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。マジでマジで」(ルカによる福音書 4:24)

更に言われた。「天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。マジでマジで。」(ヨハネによる福音書 1:51)


ほら、違和感ないでしょう?(笑)

イエスの伝道行は苦難ばかりに光が当てられ、笑わないイエス像というものが当然のようになっているが、わたしはイエスの伝道は、もっと笑顔に満ちていたように思うのだ。アーメンアーメン。
このことはわたしの中でもっと掘り下げて思索が進んだら、あるいは、なにか書くことで整理できそうだという感触をつかんだら、一筆記してみたいと思っている。

ミサの中で、信者は典礼の流れに従い、司祭に呼応して、何度も「アーメン」と唱えるのだが、中でも一番大事なアーメンは、「奉献文の結びのアーメン」である。
聖変化後、司祭が「キリストによって、キリストとともに、キリストのうちに、聖霊の交わりの中で、全能の神、父であるあなたに、すべての誉れと栄光は、世々にいたるまで」と唱えたあとに、我々会衆が「アーメン」と応える。

これが以前の日本では、会衆も「すべての誉れと栄光は――」から唱えるのが普通であった。
原因はけっこう明白。歌ミサで会衆が歌う部分が「すべての誉れと栄光は(中略)アーメン」となっているからである。

一昨年くらいだったかな。カトリック中央協議会からのお達しで、ここの部分、会衆は「アーメン」だけを唱えること、となった。というか、それが元々正しいのであるからそれは良い。
しかし、依然として歌ミサの場合「すべての誉れと栄光は(中略)アーメン」が残っているというアンバランスさが目立つようになってしまった。ちょっとこれ、やばいんじゃないだろうか。

おそらく、そのうちまたカトリック協議会からお達しがあって、この歌ミサの部分もやばい改善がなされると思う。でないとやばいっすよね。やばいミサになりますように。アーメン、アーメン。

うーむ、やっぱりこう書いてみて、なんでも「やばい」は「けものフレンズ」より知能低下しているのかもしれず。
やばいっすよこれ、いやマジでマジでやばいっす。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記