2017年03月10日

【日記】ポメラDM200いらっしゃい・その3

キングジムのポメラDM200の私的感想。実際に打ちながら、いろいろ感じたことを脈絡なく書いている。



さて、DM200では日本語IMEのATOKがパワーアップしているという。そのために乾電池駆動を諦めて、内蔵リチウムイオンにしたというのがキングジムの弁だし、レビュアーの評判もいい。
その実際の使い心地だが、わたし的に、数記事書いてみての感想は――

「あんま変わらない」

である。
なんとも拍子抜けでドッチラケだが、他のDM200ユーザーからは反論があるかもしれない。「こんなに良くなっているじゃないか」と。
いや、マジでそう変わらないんですよ、わたしの場合。
なぜかというと、以前も何かの記事で書いたが、わたしは「単文節変換」の人だから。古くからのワープロユーザだと、やはり指や頭がそれに慣れてしまっているのである。
それより、ローマ字入力で「変換」すると、候補にアルファベットの羅列(たとえば「いまさら」で「変換」すると候補の中に「imasara」が出る)ような要らない機能がDM100そのままで継承されているのがガッカリである。この変換は要らないんじゃないかなぁ。キングジムさん。


(こういう変換。便利だと思って使う人がいるのだろうか……)

おそらく、実際には単文節変換でもDM100より頭が良かったり、反応が速かったりするのだろう。けれど、わたしはもともと訓練された単文節変換の人なので、辞書にないときは語句の組み合わせで合成してしまうのに慣れているのである。
「羸痩」なんて単語はDM200の標準辞書にも入っていない(「ツール」の「明鏡国語辞典MX」にも入っていない)ので、「羸弱」と打って「弱」をctrl-hで削除し「痩せる」と打ち込んでctrl-h、ctrl-hで合成。こういうことが、それほど苦にならない打ち手なのであった。
なにしろ、黎明期のワープロから始め、超絶お莫迦と定評のあったX68kのFEP「ASK68K」なども長く使ってきた身である。連文節変換そのものを元から信用していないのである。
「貴社の記者が汽車で帰社した」、おぉすげーなDM200のATOK。連文節変換でも一発だ。「隣の客は欲か効く右脚だ」。なんだよやっぱり駄目じゃん。
正直、わたしは単文節変換でいいし、その方がよっぽど速くて正確だ。

画面が白黒反転できる点を「良い」と評価しているレビュアーも多いが、わたしはコレ、ダメだった。やはり白地に黒文字の方がいい。黒地に白文字だと目がチカチカしてきて、閃輝暗点のトリガーになりかねない(ちなみに「閃輝暗点」も変換できないから「閃光ctrl-h輝くctrl-h暗いctrl-h点」で合成している。エディタ内でctrl-hがバックスペースになったのはとてもとても素晴らしい! 何度でも賞賛したい)。



DM100のときは貼らなかったが、DM200には「PDA工房」が出しているノングレアの画面フィルムを貼ってみた。不器用ゆえ、最初、盛大に気泡が入ってしまったが、丁寧に端へ抜いていったら、なんとか見栄えのよい貼り具合になってホッとしている。

他には、そうだな――滅多に持ち運ぶ気はないのに、キングジム純正のケースを買ってしまった。こういうのは買えるときに買っておかないと、あとで入手できなくて悔しい思いをする可能性があるからである。



DM100のケースがソフトケースだったのに対し、DM200のそれはハードケースである。といっても、カチカチに堅牢なわけではない。たとえるなら「段ボール並の堅さ」である。これに入れておけば、ポンとカバンに放り込んで折り曲げ耐性も万全――とはとても思えない。
わたしはDM100の頃から、カバンに硬性アクリル板を二枚入れ、その間にDM100を挟んで持ち運んでいた。DM200も「このケースに入れれば安心」とは思えないので、もしモバイル運用するときは、同じようにしようと思っている。
「このケース本体がパームレストになるよ」というのがウリのひとつだが、使わないなあ、そういう風には。DM200のキーボード自体が十分薄いので、パームレストの必要がないのだ。これは褒め言葉である。ちなみにHHKではパームレストを常用している。
あと、ケースの蓋がマグネットというのは、ちょっと唸ってしまう。今どきフロッピーなどを使うことはないにしても、帯磁するとまずい精密機器はあるはずだ(時計とかね)。
正直、ケースの出来は、DM100専用のそれの方がおシャレで良かったかな、と感じている。どうせハードケースにするなら、もっと硬く、剛性の高いものにしてほしかった。


(ちなみにこちらがDM100のソフトケース)

キーボードに関しては、DM100よりはチャタることは少ないが、やはりある程度気を遣って打たないと、HHKのように快適にはならない。DM100のときにも書いたが、カーソルキー以外にキーリピートは不要だと思う。
こういうのは欲を言い出せばきりがないが、ctrl-mでEnterになるとさらに良かった。現状、ctrl-mにはなにも機能が当てがわれていないのだから、これもctrl-hのように実現してくれてもいいのではないか(ATOK内ではctrl-mでEnterである)。

ハード&ソフト的な不具合としては、DM100のときは何度も何度もトラブルに巻き込まれたが、今のところ、わたしの手元にあるDM200は快調に動いてくれている。ネットでみなさんのレビューなどもひと通り読んでみたが、DM100のときのように個体差が大きいようなこともなさそうである。

総論としては、やはり大きな画面と、アウトラインフォント、エディタ内でctrl-hがバックスペースになったことが、わたしにとってはとても良い。メールを使った原稿送信機能も便利である。FlashAir+Evernoteなんぞを使わなければならなかったDM100とは雲泥の差である。
DM100に比べて悪くなったのは、諸般の事情とはいえ乾電池使用ではなくなってしまったことだ。いくらモバイルバッテリーが使えるからと言って、それは乾電池の代用になるものではない。これから先、内蔵バッテリーが弱ってきたときにキングジムで修理扱いの交換になることは、正直、億劫だ。
内蔵バッテリーの充電コントロールがちゃんとしているのかも気になる。リチウムイオン関係は下手な充電コントローラだとすぐにヘタってしまうからだ。


(左DM100、右DM200を並べて横から撮影。DM100は電池ボックスの分、左側に空間ができて斜めになっているが、DM200はリチウムイオン充電池を内蔵したためまっ平らだ。剛性感はDM200に軍配があがる)

とはいえ(今の人は知らない世界だが)、わたしは単一乾電池四本駆動のOASYS Lite K FD20や、単三乾電池4本駆動のOASYS30ADを使っていた世代である。これらの機種はバックライトもなく、電池も二時間くらいしか保たなかった。エネループなどという便利なものはなく、いつもカバンに量販店で買った交換用乾電池を入れて持ち歩いていたものだ。機能もDM100の足下にも及ばないほど貧弱だった。
なので、これから先の技術革新で、このDM200と同等の機能を乾電池駆動で実現できる日が来る、と信じている。
キングジムさんには「やっぱりポメラは乾電池駆動」という信念を忘れないでいただきたいなあ、と、切に願う。
DM200は、これからのポメラの「目標」の現実解のひとつだと。これから、これだけの機能をもったワープロを、乾電池でも動くようにつくりますよ。という気概を、是非とも持っていただきたい。

なんにせよ、DM100でお終いか、と半分諦めていたポメラの火が、どんな形であっても再び灯されたのは嬉しいことだ。
素晴らしいプロダクトを世に送り出されたキングジムの皆様に、感謝の声をお伝えしたい。ありがとう! と。
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posted by 結城恭介 at 08:00| 日記