2017年03月17日

【回想録】徳間書店旧社屋時代の思い出

なんとあの徳間書店が、レンタルビデオのツタヤを展開しているカルチュア・コンビニエンス・クラブに買われるというニュースを聞いて、びっくり仰天している。
まさか、そういう時代がくるとはなあ……。

徳間書店からは拙著も何冊か出していただいたし、OVA化をはじめメディアミックス展開してくださったので、とてもお世話になっていた。
ファミコン雑誌やアニメージュも元気で、映画の大映、音楽では徳間ジャパン、あのスタジオジブリもまだ擁していた頃である。

徳間書店は、バブル崩壊後くらいに芝大門にピカピカな新社屋を建ててそちらへ移ったが、わたしが知っているのは、JR新橋駅からちょっと歩いたところにある、薄汚れた(失礼)旧社屋の方だ。

といっても、当時はひょっとしたら、編集部ごとに入っていたビルが違ったのかもしれない(というか、遊びに行ったファミコン雑誌の編集部は確かに違うビルだった)。
入り口は「これが出版社!?」と思うくらいに薄暗く、階段を上ったところに、受付嬢ではなく守衛のおじさんがいるのであった。
そのおじさんに、これから行く先を告げて、ノートに行く先と記名をするのである。あるいは、外に出かける打ち合わせだった時は編集者を呼び出してもらう。
当時、アニメージュの呼び方は、内的には「メージュ」だったが、おじさんは「ああ、アニメのね」と言うので、違和感があってちょっと面白かった。

わたしの最初の担当者は、もじゃもじゃ頭が印象的なYさんだった。Yさんは本当に良い人で、細かい気配りをしてくださる、そしてなにより、人情深い人だった。今でも、Yさんの笑顔を思い出すと、胸が暖かくなる。
アニメージュから異動して、アサ芸の編集長になられたと記憶している。ここ最近では「めしばな刑事タチバナ」の巻末でお名前を拝見して「わぉっ! いいお仕事をしていらっしゃるなあ」と嬉しくなってしまった。

次の担当者となったのはNさんだった。Nさんは女性で、美人である。なお、わたしの担当となる女性は例外なく美人であり、男性は全員出世するというジンクスが(わたしの中で勝手に)ある。
Nさんは美人の上に、手練れであった。以前書いた、「こちらが長電話を切った直後の催促電話攻め」「教えたはずがない携帯電話番号への催促電話攻め」を易々とやってくださったのもこのNさん。
Nさんはわたしの人生の転機に担当してくださったこともあり、仕事とは関係ない愚痴なども聞いてくださって、とても頼りになるお姉さん、という気持ちだった。
ジャッキーチェンがお好きで、たしか夢がかなって、徳間でムックを出されたのではなかったかな。
今はジブリ映画のエンドテロップでお名前を拝見したりして「おぉー、こんなお仕事をなさっているのか」とびっくりしたりしている。

当時、アニメージュの編集長だった尾形英夫さんには、旧社屋時代に細君と一緒に編集部へ行き、結婚の報告をした覚えがある。

そうだ、たしかホワイトデーに編集部へ行って、Nさんに「いつもお世話になってますので」とお菓子を渡したら、尾形編集長から「Nさん、ほんとにちゃんとお世話してんの?」と茶化されたのも、懐かしい思い出だ。

どんな出版社にも、その会社独特の色や匂いがあるが、わたしは徳間書店の色や匂いが大好きだった。飾らず、塀をつくらず、仕事の関係を越えた人間同士の交流があった。

そういう社風は現在でも残っているのだろうか。今のわたしにはわからない。
CCCに買われても、徳間書店のいいところは残ってほしいなあ、と思いつつ、筆を置く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録