2017年04月15日

【日記】聖土曜日

「聖木曜日」「聖金曜日」ときたので、今日は「聖土曜日」である。

「聖土曜日」が、一年に二日しかない、カトリック教会でミサがない日の一日であることは、昨日述べた。
しかも典礼もない。空白の一日である。

そして「聖土曜日」には、謎があるのであった。

質問:「聖土曜日の典礼色は何色でしょう?」


カトリック教会には、その典礼暦や特別な祝日によって、司祭の祭服やストラから、あるいは司祭が座る椅子の座布団まで、使う色があらかじめ決められているのである。それを「典礼色」という。
基本的には――

待降節:紫
降誕節:白
年間:緑
四旬節:紫
復活節:白

と、なっている。
また、受難の主日、聖金曜日や、聖霊関係の日(聖霊降臨の主日や堅信、叙階関係など)および殉教者の諸祝日などには「赤」。
ちょっと洒落て待降節第三主日および四旬節第四主日は「バラ色」を用いることもできる。
「黒」はほとんど使われないが、習慣のある教会では葬儀ミサで使われることがあるという。わたしは経験がない。

気を遣う信徒は、この典礼色に合わせて、服や身につけるアクセサリなどを工夫したりする。が、そこまで気にする信徒はあまりいないのも現実である。

さて、問題は「聖土曜日の典礼色」だ。
これが、調べても調べても、どこにも明記されていないのである。

土曜日の夜に行われる「復活徹夜祭」の典礼色は「白」だが、それは「復活の主日」の先取り(復活の主日イブですな)なので、聖土曜日の色ではない。

聖金曜日の典礼色は「赤」である。しかし司祭の祭服はともかく、他の場所(祭壇など)は聖木曜日の夜から裸にしておく決まりなので、聖土曜日も赤が続くということはないだろう。

他に消去法で、年間ではないから「緑」はありえない。四旬節は「聖木曜日・主の晩餐の夕べのミサ」の直前で終わるので「紫」もなさそう。

ちなみに上記の点、現時点のWikipedia日本語版の「四旬節」と「聖土曜日」のページは間違っている。Wikipediaには「四旬節の終わりは聖土曜日」となっているが、「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則」の28項より、四旬節は灰の水曜日で始まり、主の晩餐の夕べのミサの前まで、というのが正解である。

こんな感じで、ネットや文献で調べに調べまくっても、「聖土曜日」の典礼色は「不明」なのであった。

司祭や司教にお尋ねしたこともたびたびある。が、真剣に考えて「聖土曜日にバチカンへ行ってみればわかるのではないか」と答えてくれた司祭、「知りません」とすげなくスルーした司教、と、いろいろである。

この質問への答え方で、その司祭の姿勢がわかったりするな、と、最近は意地悪く思っていたりする。

聖土曜日にはあらゆる典礼が行われないので、典礼色は存在しない、と、書いてある英語のページもあった。
なるほどな、と納得しかけたが、たとえば、聖土曜日に緊急で「病者の塗油」や「ゆるしの秘蹟」を頼まれるようなケースがないとは言えない。そんなとき、司祭はどの典礼色の祭服を着ていくのだろうか。

というわけで、いまのところの答えは――

解答:未定義?


である。



もしあなたがガチカトで、正解をご存知なら、是非ともメールで(バチカン由来のソースつきで)教えてくださいまし。
また、もしガチカトの友人がいるのなら「聖土曜日の典礼色ってなに色?」といじめてみるのも一興かも。

追記:あっ、そうそう! 今夜の復活徹夜祭の「使徒書の朗読(ロマ6:3-11)」は朗読奉仕者の指定を忘れやすいので、典礼奉仕者は要注意ですぞ(カトリック教会あるあるのひとつ)。

追記その2:っと。なんと、ひょんなことから、わたしは「聖土曜日の典礼色」の正解を見つけてしまった! それは日本のカトリック信者にとって身近なところにあった。さっそくお教えしたいところだが、ここはひとつ、来年の聖土曜日までのロングパスのクイズとしたい。
「聖土曜日の典礼色ってなーんだ?」
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月14日

【日記】聖金曜日

昨日の聖木曜日「主の晩餐と夕べのミサ」に続いて、今日は聖金曜日、「主の受難の祭儀」である。今日の典礼では「聖変化」がないため、「ミサ」ではなく「祭儀」と呼ばれる。

さて、あまり雰囲気暗く進行しても、ガチカト以外には面白くないと思うので、ここでちょっとしたクイズを。

問題:「カトリック教会の典礼で、ミサが行われない日はいつでしょう?」


毎日、世界中のどこかのカトリック教会でミサはあげられているのだが、典礼上、それが行われない日がある。ヒントは上にすでに書いてしまった(汗)。が、話はそれだけではない。
実はわりとこれ、簡単なようで難しい問題なのである。

まず、上記ヒントから導かれる通り「聖金曜日」の祭儀はミサではないので、「聖金曜日」があげられる。
現時点の日本版Wikipediaの「聖金曜日」の項目にも「一年間で唯一ミサが執り行われない日」と書いてある(後述するが、これは間違いである)。

ところが、本当は、翌日、聖土曜日も、ミサがない日なのである。
なので正解は「聖金曜日と聖土曜日の二日間」だ。

教会の一日というものは、本来、日没に始まり日没に終わる。これと日常の感覚がズレるので、Wikipediaの「聖金曜日」のような誤解(一年の間でミサがない日は聖金曜日だけ)が生じるのであった。

教会暦本来の典礼から言えば、「聖木曜日」は水曜日の日没から木曜日の日没まである。実際、1955年までは木曜朝に「主の晩餐の夕べのミサ」をやっていた。が、さすがに現代ではそれでは信徒が集まらないので、木曜夜に回したのが、今の「聖木曜日・主の晩餐の夕べのミサ」。

「聖金曜日」の「主の受難の祭儀」は、本来、木曜日の日没〜金曜日の日没の間、理想は金曜の午後三時に行うべきとされていた。しかしこれも現代的でないので、夜に回すようになったのである。祭儀なのでミサはない。

そして「聖土曜日」がくる。これは金曜日の日没〜土曜日の日没の期間である。この日、(教会暦的には)ミサはない。

土曜日の日没からは翌日日曜日の典礼を先取りして行う「復活徹夜祭」があり、これはミサである。しかしこれは、日曜日の昼のミサを早朝に≠竄チているだけであり、聖土曜日のミサではないのである。

このあたり、現役の司祭でも混同して「聖土曜日のミサ」と言ってしまったりする。

というわけで、解答をまとめると――

・聖金曜日は「主の受難の祭儀」であってミサではない。
・聖土曜日はミサも祭儀もなにも行われない日。
・カトリック教会でミサが行われない日は上記の二日。


が、正解である。
まあガチのカトでもなければ関係ない細かい話だが、設定厨としては譲れない。
わりと信徒歴が長くても言っちゃう人がいるんですよ。「聖金曜日のミサ出ます?」とか「聖土曜日のミサは晴れるといいね」とかね。



ちなみに、聖金曜日の祭儀は、英語圏だと「Good Friday」。キリストの受難を想う日なのに、なぜGoodなのかというのは――覚えていたら、来年のネタにすることにしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月13日

【日記】聖木曜日

カトリックの聖週間のうち、最後の木金土は「聖なる過ぎ越しの三日間」と呼ばれ、クリスマス以上のダイナミズムを持ったミサ・祭儀を行う期間となる。

今日はその「聖木曜日」。「主の晩餐の夕べのミサ」と呼ばれる。四旬節の間、歌われることがなかった「栄光の賛歌」が高らかに鳴り響くカンパネラともに聖堂に満ちる。
だが以降、この教会の鐘は復活祭(復活徹夜祭)まで鳴らされることがない。

この「動」から「静」へ、「静」から「動」への典礼を通し、カトリック信徒はキリスト・イエスの死と復活のダイナミズムを自らのうちに再現させるのである。

「主の晩餐と夕べのミサ」では、ヨハネ福音書13章で、主イエスが弟子たちの足を洗ったことに倣い、司祭が、祭壇前に並んで座った信徒たちの足を洗う「洗足式」がある。

洗足と言っても、石鹸とタオルでゴシゴシ、というわけではない。信徒の素足に暖めたお湯をかけて、タオルで拭く、というもの。
この信徒は十二使徒に準じて12人であることが望ましいが、事情によって少ない場合もないではない。また、足を洗われる信徒に女性を入れるかどうかも、司祭の考え方による。



この式の元となったヨハネ13章での、ペトロの調子に乗り具合が好きだ。最初は遠慮していたくせに、いざイエスに足を洗ってもらうとペトロは図に乗って――

そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」(ヨハネによる福音書 13:9)


イエスは答えて、お前はもう全身清いのだから足だけでいいよ。と言うのだが、きっと、苦笑していたと思う。聖書にも聖伝にも、イエスが笑ったという伝えは一箇所もないのだが。

洗足式では、わたしも何度か、足を洗ってもらったことがあるが、脱いだ素足が臭かったら申しわけないなぁ、と、実はたいていミサ前にエタノール消毒などしてスリッパに履き替え、そのときを待っていたりしたのだった。
司祭よりもむしろ、こちらの方が気を遣ってしまったり。

聖体拝領後、ご聖体は仮祭壇へと移される。祭壇布も取り去られ、聖櫃は空となり、つねに点灯していた聖体ランプも消される。
いつも点灯している聖体ランプが消えているのは、例えようもない喪失感である。

というわけで、今日はしんみりと筆を置く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月12日

【日記】ビアードパパの飲むシュークリーム

さて、甘いもの好きとしては見逃せなかった、JRエキナカの自販機「acure」でしか買えない(4月24日からは全国発売)という、話題の「ビアードパパの飲むシュークリーム」をやっと入手。
販売元はあの「永谷園」である。子どもの頃、東海道五十三次のカードを集めたものだ。



外見はこんな感じで、自販機の中に並んでいると目立たない。最初、ウチの地方都市のJRにはまだ入っていないのかと思ってしまったほど。

一本のお値段は190グラムで140円。ちょっとお高めだ。
早速、グラスに注いでみる。ごらんの通り乳白色で、ちょっとだけトロミがついている。



さっそくいただきます。天に射祷を飛ばして――ゴクゴクゴク。

ふむ。味的には「濃いヨーク」みたいな感じ。って、今の方は「ヨーク」をご存知ないかな?
肝心の甘さは「こんなものかなぁ」という程度。先行記事では甘い甘い言われているが正直なところ「それほど甘かぁない」ですな。甘党には。

もちろん、美味しい。けれど、同じ値段でもっと甘いものが買えるなぁ、と、甘さスカウター装備のトウサ人としては思ってしまうのでした。ハイ。


(鳥山明「ドラゴンボール完全版14巻より引用)

このぐらいですかね?
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月11日

【回想録】モルフィーワンの思い出・その2

「ただの野次馬だったくせに思い出を語るたぁ、ふてぇ野郎だ。この桜吹雪が黙っちゃいねぇぜ」
「そ、その刺青は、へへーっ。なんとも、申しわけございやせん。まことにあっしゃ、ただの野次馬でごぜえやした」
「しかし途中で終わるというのも後味悪い。この金さんが聞いてやらぁ。土下座ついでにこのお白州で最後まで語ってみな」

というわけで、昨日の続きでごぜぇやす。

     *     *

●結

騒ぎが大きくなり、S氏もいよいよなにかを提示せねばならない状況となる中で、モデラによって切削されたMorphy Oneのモックアップが公開される。わたし自身は「モックアップならこんなものだろう」という印象は受けたが、口さがない2ちゃんねるモバイル板上の野次馬たちは「なんだこれは」「新手のブラクラ!?」と大爆笑。このツッコミにはわたしもつられて笑ってしまった。不覚。

湯島事務所で協力を申し出たが断られたという、出所不明のエンジニアの書き込みがあり、その中で「事務所には女玩(女児向け玩具の業界用語。フィギュアの類)が置かれていた」という話があって、以来、「ニョガン」という言葉が2ちゃんスレ住民の間で隠語化していく。またMorphy One自体も「漏貧」と当て字で呼ばれるように。

そして実機でDOSが動く動かないの話や、あれは画面偽装だという疑惑までも(ネット上の)大声で言われる始末の中、S氏から資金残金が300万にまで減っている、という事実が伝えられ、これには出資者、予約者、そして野次馬まで、一気にマジになり、言葉を失ったのだった。

当時の雰囲気を残すフラッシュがまだオンラインに残っている。これがそうだ。
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Sunnyvale/5500/toyo.swf
これまでの解説で、上のフラッシュでババンと出る「ニョガーン」や「残金三百万」の意味が、少しはおわかりいただけるだろうか。

さて、結論を言ってしまえば、Morphy Oneは完成しなかった。それにすらほど遠かった。
すでに資金の大半を使って部品は購入済みとなっており、それらを使ってどうこうできるレベルではなかった。
S氏はその後も、会計報告の貸借対照表の数字を(悪意はないが文系的な会計の知識がなかったため)勝手に改竄したりと、トンチンカンな対応を続け、結局、合資会社モルフィー企画と一緒に個人破産宣告を受ける。
残った部品は二束三文で買い取られ(買い取ってくれるだけでありがたいレベルだったと記憶している)、出資者はもちろん、予約者にもお金は戻らなかった。
結局、誰しもが得をしなかったプロジェクトとして、Morphy One騒動は幕を閉じたのであった。

     *     *

うむ。再度書いておくが、これらはわたしの記憶のみを頼りに書いた文章であり、細かいところは全然違っているかもしれない、と、念を押しておく。
それにしては、わりと自分でも覚えているものだなあ、と思ったり。なぜかというと、実は当時、Morphy One騒動のまとめWikiサイトがあり、わたしはけっこうそのページを作ったり編集していた一人のAnonymousだったのだ(笑)。
「秋葉原チムニーに奥座敷はない」などと、記事の細かいところまで訂正したりして、ね。
そのWikiがオンラインで残っていれば、当時の状況や混乱を今の人に伝えるいい資料になったのだが、いつの間にか消えてしまった。特に管理者のいないWikiの難点である。わたしもバックアップを取っていなかった(と思う。NASのどこかにある、かも)。

さて――
モルフィーワンがうまくいかなかったのは、S氏の過ぎた拙速主義や、実力の伴わないビッグマウスによって、ハード畑の人材が集まらなかった(ソフト面ではかなりすごい実力者が協力していた)など、いろいろ要因はあっただろうが、わたしは個人的に、モルフィーワンは、失敗を約束されたプロジェクトだったと思っている。

その分岐点は、やはり「合資会社モルフィー企画」を作ってしまった時点なのだ。100余名の出資者で合資会社を作るというアイデアを、S氏は裏技ウルトラCの閃きだと思ったようだが、文系的頭脳からすると、あれは、そんな莫迦なことをする者はいないだろうから禁じていないだけで、絶対にやってはいけないことだったのである。
理系の人々にわかりやすく言うなら、硫酸の瓶に「飲用不可」とわざわざラベルを貼らないでしょう? そんな感覚。

だから、かなり早い時点でモルフィーワンの失敗は決まっていた。わたしは、そう思っている。

もはや記録が残っていないので、わたしの一方的な印象論になってしまうのだが、S氏はモルフィーワンプロジェクトの中で、やたら文系を莫迦にし「これだから文系は理解できない」「文系は仕事が遅い」というような理系的感想を何度も述べていた記憶がある。

確かにS氏は純理系の人だった。だから妙にトンチンカンだったのだ。事務所の見学に「印鑑証明」が必要だったり(なぜ?)、貸借対照表の資産と負債の数字が同じなのはおかしいと書き換えてしまったり(どうして?)、聞いた話だが、役員報酬を受け取っていないなら個人破産はないと思っていたという話も聞く(なんで?)。

とても残念に思う。「会社」というのは、文系が作った文系のシステムで動いているのである。経理ってのは数字を扱うけれど、あれは文系でしょう? この勢いなら言える。2ちゃんのアイドル経理の智子さん、あなたも文系出身ですよねきっと。
それをS氏は理系的感覚で突っ走ってしまった。資金のほとんどを使って部品の大人買いなんていう博打は、まともな経理感覚があったらやらない。できないのである。文系なら。

文系がつくった文系のシステム、それにもっとS氏が敬意を払ってくれていれば、こういう幕引きにはならなかったのではないかな、と思う。
合資会社モルフィー企画には、社長はいたが、経営者はいなかった。これに尽きる。会社というものは、ゴーイングコンサーンが前提である。Morphy Oneができあがったら解散しよう、という当初の考えからして間違っていたのである。

本当は、会社組織になどする必要はなかったのだ。「モルフィー企画」という個人事業としてS氏が税務署に登録、税金関係は青色にし、出資者からのお金は「前受金」で処理すれば、少なくとも経理面においては、なにも問題なかったはずである。

わたしは、理系のセンスを持った文系という中途半端な人間なので、両方の感覚がわかる(こともある)。


(島本和彦「炎の転校生」7巻より引用)

なので、「これだから文系は」という理系の方には、一言、ご忠告申しあげておきたい。会社だけでなく、社会というものは、文系がつくった文系のシステムで動いている。それに相応の敬意を払っていただきたい、と。

理系の人間から見ると、文系は莫迦かもしれない。しかし文系の人間から見ると、理系の人間は利口ではないのだ。
この感覚がわかるなら、あなたは理系でも文系でもきっと大丈夫。大丈夫じゃないかな? うーん、わかんない。まぁいいや。俺、文系だし。



S氏のその後を、ネットではもう見つけることはできない。ネットがこれだけ進化している時代に、ひたすら沈黙を守られているのは、さぞやお辛いことだろう。
モルフィーワンは失敗してしまったが、S氏自身は、もう十二分にその咎を受けたと個人的には思う。多くの出資者、予約者に金銭的迷惑をかけてしまった以上、表舞台に顔を出せないというお気持ちはわかる。まだお怒りの出資者や予約者もいらっしゃるのかもしれない。そういうことについては、当時、ただの野次馬だったわたしに何かを語る権利は一片もない。

ただ、S氏が今も、どこかで元気でお過ごしになられていることを祈るばかりである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録