2017年04月10日

【回想録】モルフィーワンの思い出・その1

今日は税務署が主催する「決算期別法人説明会」で、隣の市の会場まで出張中(これを書いているのは三月中旬)。
うちの会社は三月決算でそういう会社はとても多く、よって会場も広くて出席者も多い。他の月を決算月としている会社もそれぞれの月ごとに説明会が開かれているそうなのだが、うちの税務署管内だと二十社くらいしかいないらしい。

出席人数が多いから、隅っこでこうやってブログの記事を書くという内職もできる(笑)。
いやもちろん、肝心かなめのところは注意して聞いてますヨ。

体調不良その他で休んだ年もあるが、かれこれ十数年以上出席していると、だいたい毎年の話に「同じ部分」と「変わった部分」があることがわかってくる。
同じ部分は聞きとばしていてもかまわないが、「変わった部分」は税務調整等に関わる部分があるので要チェックである。毎年「公益財団法人・全国法人会総連合」が編集した「会社の決算・申告の実務(平成××年度)」が配布されるのだが、そこの「平成××年度法人税関係の改正主要項目一覧」は必ず確認しておかなければならない。

そして思うのは、法人経理の仕組みというものは、とてもパッチが多いということである。もちろんすべてがそうではないが、税法の隙間をついて灰色的な節税をしようとする法人と、その隙間を埋める法改正のイタチごっこ、という感があるのだ。

よく、理系の人間は文系の人間を「論理的ではない」と莫迦にするが、感情の動物である人間が運用するシステムが論理的でないのは当たり前なのである。
そのあたりがわかっていない理系の人間は、「論理的ではない文系人間」が作ったシステムを甘く見て、高い代償を払わされることになる。



前ふりが長くなった。その一例が「モルフィーワン」だと記したかったのだ。
タイトルでは「モルフィーワンの思い出」とつけたが、「思い出」と言えるほど、わたしはモルフィーワンに関わっていたわけではない。オフに出たわけでも、出資したわけでもない。友人は先行予約して被害にあったが、わたし本人は、ただ、外から騒動を眺めていただけだった。まあ、言葉は悪いが野次馬だ。

モルフィーワン騒動というと、おそらくその名前か、Morphy Oneで検索した方が、わたしの記憶に頼ったこの記事より、情報の精度も高く量も多いとは思う。が、あえて、わたし自身の記憶のみに頼ってまとめてみる。ウェブなどで検索していないので、細部は違うところが多々あるかもしれない、と、予防線をはりつつ――

●起

かつてハンドヘルドコンピュータの名機であるHP200LXという機種があり、それが製造中止されたことに、多くの人々が嘆いていた。
そこに颯爽と現れたS氏が、自分ならHP200LXに変わる新しい端末を作れる、とロケットを打ち上げた。ニフティサーブFHPPCと黎明期を過ぎた頃のインターネット(メーリングリスト)が舞台である。
今でいう「クラウドファンディング」だが、当時はまだ、そんな言葉はない。
「オープンソフトウェア」に対し「オープンハード」という旗頭を掲げ、その考えに感銘を受け賛同した人々が、S氏を中心に、新しいハンドヘルド端末を作るプロジェクトを立ち上げた。その端末の名前が「Morphy One」なのであった。

●承

さて、問題は資金をどうするか、である。賛同者からお金をそのまま集めると莫大な額になることが予想された。個人であるS氏が同人ハードとして作成するのでは、お金を受け取った時点で、S氏に贈与税がかかるのでは、と危惧する声があった(個人的にはこのあたりの論理展開が非常に疑問である。なので記憶の変質かもしれない)。
そこでS氏は、営利法人のひとつの形態「合資会社」に目をつけた。

「合資会社」は、とても小さな営利法人形態である。ほぼ99.99パーセント、家族親族数人の出資によって設立され、運営システムもそのためとてもコンパクトになっている。定期的な役員登記の必要もなく、決算公告の義務もない。とはいえもちろんれっきとした法人であるから、儲けがあるなら法人税を、なくても法人市民税、法人県民税は納めなければならない。

このシンプルでスモール、タイトでシンな会社形式を、S氏は裏技的に使えると思ったらしい。合資会社の出資者100余名を、モルフィーワンの先行予約者と重ねて、全員を会社法における「社員」にして出資してもらうというアイデアである。

念のために言っておくと、社会通念上「社員」と呼ばれているものは、実は「従業員」である。「社員」は会社法的には「株主」であり「従業員」とは明確に区別されている。

こうして、S氏のウルトラCな「裏技」で生まれたのが、「合資会社モルフィー企画」であった。

ここで、一枚の写真のURLを貼っておく。リンク先はわたしのサイトではなく、写真の著作権関係もわからないので、直接このブログに貼ることはできない。

http://www.ninjin.net/radica/ohpa991212.jpg

これは、「合資会社モルフィー企画」を設立するために行われた、定款への「割り印オフ」の写真である。
このハンコがたくさん押された定款を見て、おそらく、会社の設立経験がある人ならば、めまいを起こすはずだ。そしてこれから先のこの会社の行く先に暗澹たるものを感じることだろう。

これから先、定款の内容を更新するにしても、役員を変えるにしても、増資するにしても、解散するにしても、すべてこのハンコを押した全員から、またハンコを貰いに奔走しなければいけないのである。しかも全員が見知った仲というわけではない。中には引っ越しして連絡が取れなくなってしまったり、不幸にも亡くなってしまう方も出てくることも考えられる。

要するに、S氏が会社法の隙をついたウルトラC≠セと閃いたこの設立法自体が、「合資会社モルフィー企画」の先行きを暗喩していたのである。

●転

「合資会社モルフィー企画」は文京区湯島に事務所を構え、morphyplanning.co.jpドメインも取得。ちなみにco.jpは日本国内の営利法人でないと取れないドメインである。順風満帆な滑り出しに見えた。当初の資金は、うろ覚えだが、一千万の単位を四捨五入すれば億に近いが、一億には届かない程度であったと覚えている。
Morphy Oneの開発だけでなく、ちょっとしたUSB関係の小物や、「伺か」というアプリケーションの後見者になるなど、S氏は精力的に活動していた。ちなみにS氏は合資会社モルフィー企画の社長(無限責任社員)ではあったが、もともとはどこかのメーカーの技術者であり、兼業でMorphy Oneの開発にあたっていた。

湯島の事務所には、当時まだ個人では手が出しにくかったモデラなども置かれ、オープンハードを標榜するだけに見学することができた。ただし、なぜか「印鑑証明持参のこと」というトンチンカンな条件もあった。

一年、二年が過ぎても、肝心のMorphy Oneの試作機が動き始めたといういいニュースは流れなかった。気長に待っていた出資者(社員)だけでなく、その後、予約者として入金していた者もおり、待っている人々は1,000人を越える人数となっている。
成果物が出てこないという現状に、皆がやきもきしはじめた。わたしのような野次馬まで、なんだなんだ事件か? とワラワラやってくるようになり、Morphy One騒動となっていく(当時は「炎上」とは言わなかった)。

     *     *

わぉ、妙に長い記事になってしまった。わたしはただの野次馬だったというに。
というわけで「転」で引っ張り、この記事、明日に続く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2017年04月09日

【日記】枝の主日

今日4月9日は、カトリックの典礼暦で「受難の主日」、別名「枝の主日」である。
2017年は今日だが、これは移動祝日である「復活の主日(イースター)」の一週間前の日曜日なので、毎年、日付は違っている。今年は遅い目だ。

今日から一週間は、カトリック信徒にとって一年のうちで一番重要な「聖週間」と呼ばれる七日間、イエスの受難を想う、黙想と節制の週である。

しかしこれ、正直なところ日本人としては、桜が開花してからだと、ちょっと気分的にズレが生じてしまうのだ。春の訪れで暖かくなるめでたい気持ちと、イエスの十字架の道行きの苦行が、心の中でシンクロしにくくなってしまう。
年によってはバッチリと、復活の主日直後に桜が開花したりして、そういう年は実にすばらしいタイミングだなぁ、と、主の復活の喜びもひとしお、ウキウキしてしまうものだが。

海外のお祭り大好きな日本でイースターが根付かないのは、この日が移動祝日であるといういうことと、それが、ちょうど春の変わり目に必ずしも一致しないから、という面があるからだと思う。
これから先も、おそらくイースターは日本人の間では定着しないだろう。

さて、今日の「受難の主日」が別名「枝の主日」と呼ばれるのは、ミサの最初に「枝の式」が行われるからである。
イエスは政治的改革者たらんことを期待されてエルサレムへ入城したわけだが、そのときイスラエルの民は、ロバに乗ったイエスを棕櫚の葉を振って歓迎した。
それに倣ってカトリック教会の「枝の式」は、司祭、信徒ともお聖堂の外で行う(ことが奨励される)。司祭は信徒が持った枝(棕櫚の葉、あるいは常緑樹の枝)の祝福を行い、聖書朗読の後、信徒たちの振る枝と能天気な歌に歓迎されながら、お聖堂へ入堂するのだ。



ところが――ミサがはじまると、そのめでたい気分が一転する。
今日の福音朗読は朗読劇となっており、三年周期でマタイ、マルコ、ルカの同じシーンを読むことになっている(今年はA年なのでマタイ)。イエスがピラトに尋問され、イスラエルの民の前に引き出される箇所だ。

そこで、さっきまで棕櫚の葉を振り歌でイエスを歓迎していた会衆(信徒)は、こう叫ぶのである。

「十字架につけろ! 十字架につけろ!」

毎年、この台詞を言うたびに、なんとも複雑で、心苦しい、暗澹とした気分になる。
イスラエルの民は政治的改革者を期待してイエスの入城を祝ったが、イエスが自分たちを目に見える形で解放する者ではないとわかった途端、サンヘドリン(最高法院、ユダヤ教の指導者たち)の扇動で、いとも簡単に寝返り、賛美者から迫害者へと変わる。

これ、現代でも同じことが行われていないだろうか。
マスコミによって持ち上げられ、大衆の人気者となった人が、なにか過去があったりちょっとした過ちを犯したり、マスコミ(所属事務所)の気にくわないことをすると、同じマスコミに扇動されて、大衆が今度はその人を叩く側に回る。こんなことはしょっちゅうである。

「十字架につけろ」と叫ぶのは簡単だ。
しかしその前に、それが正しいことなのか。自分の頭で考えたことなのか、誰かに扇動されてそう言ってしまっているのではないか。あげた拳を降ろし、口をつぐんで、考える時間があってもよいのではないか――
「十字架につけろ」――この言葉を「枝の主日」と「聖金曜日」で言うたびに、そう思う。

特に現代は「十字架につけろ」と同じ意味の言葉をフリック入力し「送信」を押して叫ぶまで、数秒も必要としない時代である。

今、あなたが持っている小さな端末は、ゆがんだ世界を真っ直ぐにすることもできれば、無実の人間を十字架にかけることができるかもしれない機械なのだ。
「送信」を押して「叫ぶ」前に、一息入れて、そのことに心を留めてみる瞬間を持ってみるのも大事かもしれない。

「枝の主日」でいただいた、祝福された枝は、一年間、信徒の家庭で保存され、翌年の「灰の水曜日」の前に燃やされて灰となり「灰の式」で使われる。
家庭祭壇に置くカトリック家庭がほとんどだと思われるが、我が家ではクマのプーさんのぬいぐるみに抱いてもらって一年過ごすのが定番となっている。
今は瑞々しい枝も、翌年には乾燥してパリッパリだ。



一年間、カトリック家庭を見守ってくれる枝である。今年も、神様がともにいてくださいますように。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月08日

【日記】字幕 vs 吹き替え

昼間にぽっかり空いたスケジュールに合わせて映画を観ようとすると、最近はずいぶん、字幕派の時間帯が冷遇されていることに気づく。字幕は朝いち上映とか、夕方とかに回されていて、真昼のいい時間は吹き替え上映が数回。字幕派としては寂しい現実である。

わたしは筋金入りの字幕派なので、吹き替えは時間の調整が取れないとき以外は好んで観ない。
なにしろ、レイア姫を大場久美子さん、ルークを渡辺徹さん、ハン・ソロを松崎しげるさんが吹き替えした、伝説の「スターウォーズ」テレビ放映版を生で観て、それが生涯消えないトラウマになった世代である。
もちろん、上記「スターウォーズ」が例外で、吹き替えの声優さんが上手いことは承知しているし、タレントさんでも上手な方がいらっしゃることはわかってはいるが、やはり字幕と吹き替えの選択ができるのなら、字幕の方を選んでしまうのである。

あ、やむを得ず3Dで観るときは吹き替えを選んでいる。字幕が宙に浮くのが嫌だから。

あと、英語の洋画ならば、字幕をガイドとして、ほとんどの日本人はヒアリングできるのではないだろうか。中学、高校、大学と十年は英語の勉強をしているのである。
映画の決め台詞がスッと英語で頭に入ってくると気持ちいい。こういう感覚は、吹き替えでは味わえない。

字幕が減って、吹き替え上映が増えたのは、若い人が字幕を素早く読めなくなっているからだ、という話を聞いたことがあるが、やにわには信じがたい。それほど若い人の識字率が落ちているわけではないと思う。

おそらく、単に慣れの問題ではないだろうか。劇場映画が吹き替え上映されるようになったのは、ここ十数年くらいだと思う。わたしが子どもの頃は、劇場では半ば強制的に字幕の洋画を観なければならなかった。テレビ放映される洋画は吹き替えだったが、今ほど放映の本数は多くなかった時代である。

今の若い人は、多チャンネルで吹き替えの洋画に慣れているし、DVDなども吹き替えが同録されているので、吹き替えが違和感なく観られる世代なのである。
そう、DVD出現前は、ビデオでもレーザーディスクでも「字幕がフツー」だったのだ。

そんなこんなで、わたしは訓練された字幕世代なので、字幕上映が冷遇されるのは残念だが、吹き替え派を「本物の映画を見ていない」とくさすようなことを言う気はない。
本当に良い映画は、あとで振り返ったとき、それを字幕で観たのか吹き替えで観たのかを思い出せない。そういうものではないだろうか。

いやしかし、冷遇されつつある字幕派も、いいところがあるのである。
今日観てきたハリウッド版「攻殻機動隊 GOHST IN THE SHELL」、もちろん字幕版を選択したのだが、ビートたけしさんだけは日本語で喋っていて、その滑舌が悪いものだから、つけてある英語字幕の方が理解しやすかったのだ(苦笑)。

まさか字幕派にこんな利点があるとは思わなかった。

字幕 vs 吹き替えも、クルマのMT vs ATのように、いつかは吹き替えがメインになってしまうのだろうか。
字幕で育った世代としては、それは寂しいな、と思いつつ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月07日

【日記】充電池

エネループの登場まで、充電池にはいい思い出がない。
特に、わたしはニッカド電池に手を焼かされた思い出のある世代なので、もう充電池というだけで、「どうせ長持ちはしないだろう」という刷り込まれた先入観が働いてしまうのである。

今の人の想像を越える古代には、なんと、普通の電池を充電すると謳った装置もあったのである。容量の切れた普通のマンガン電池を、単一が四本くらい並んで入る機械に入れて、AC電源で充電する、という。
まだ小学生だったわたしと父は「へえー、これはお得だ」と期待をこめて購入してみたのだが、実際に使ってみると、確かに使いきった状態から多少は充電できても、とても新品同様とは程遠い程度にしか復活できなかった。
まだ電池のプラス電極にシールが貼られて売られていた時代である。マンガン電池だけで、アルカリ電池はなかった。当時の電池は質が悪く、よく液漏れしたものだ。
なお、この機械が発売されてから、電池に「充電はできません」と注意書きがなされるようになったと思う。
とはいえ、当時、電池を使う精密機械などはラジカセくらいで、あとは懐中電灯に入れるくらい。
結局、この「マンガン電池を充電できる装置」はいつの間にか我が家から消えていた。

充電池を本格的に使うようになったのは、8ミリビデオカメラを買ってからだ。で、これがニッカド。満充電で二時間は撮れるというスペックだったが、それは最初のうちだけで、使っているうちに、どんどん使用可能時間が減ってくるのである。
しまいには、フル充電しても十分くらいで音をあげるようになってしまう。替えのバッテリと、二倍の容量があるデカバ(という言い方は当時なかったな)も用意したが、頼まれてなにかを録画するときは、いつもバッテリ残量にヒヤヒヤしていた。

今でこそ、充電池の「メモリー効果」は誰でも知っている現象になっているが、ニッカド電池が出始めた当時は、そんなことは誰も知らなかった。学者やメーカーも「そんな現象はない」と断言していた。そういう時代であった。

今のリチウムイオン電池には原理的にメモリー効果はないということで、ひょっとしたらこの言葉を知らない世代もいるかもしれない。なので解説を入れておくと、ニッカド充電池のメモリー効果というのは「一度充電したら最後まで放電させてから再充電しないと、だんだんと放電できる容量が減っていく。浅い充電、浅い放電の繰り返しを行うと、充電池の深い部分がメモリー≠ウれてしまうからだ」というものである。

わたしが知りうる限り、初めてこの「メモリー効果」を公に発表したのは、学者でもメーカーでもなく、ひとりのビデオカメラマン、飯田明氏であった。
飯田氏は自分の経験から、どうもニッカド電池は浅い充放電を繰り返すと容量が減っていくこと、充電池の容量がまだ残っているときは、カメラの電動ズームを繰り返すなどして最後まで放電させてから充電すると、この現象が起きにくくなることを発見し「メモリー効果」と名づけたのである。
前述だが、この現象は当時、メーカーや学者からは否定されていた。

しかし、プロの現場ビデオカメラマンや、当時安くなったので爆発的に増えつつあった民生機のビデオムービー使用者の率直な実感も、飯田氏と同じものであり、やがてメーカーもそれを認めるところとなった。
ソニーの充電器に「リフレッシュ機能」としてバッテリー放電機能がついたときは、「ほうれみろ、やっぱりメモリー効果≠ヘあっったんじゃないか」という腹だたしい気分になったものだ。

その後も、ニッカド電池のメモリー効果には悩まされたものだった。充電池を使うガジェットが増えてきたからである。ノートパソコンのPC9801 NS/EやPC386NW。SONY規格のガム型ニッカド電池を使っていたウォークマンやデジタルカメラDC-1。これは本当にすぐ駄目になる代物だった。
今でも「ガム型ニッカド電池」というだけで忌々しい気持ちがよみがえり、書いている今も口が「への字」になっている。

そんな中、「メモリー効果がない」という惹句で登場したのが「リチウムイオン充電池」。
それはすごい、まるで夢のようだ、と思っていたが、こいつも実際の製品が出るようになり使ってみると、なんだかやっぱり、だんだんと使える容量が減っていくのは、もう、みなさんもご存知の通り。

それはメモリー効果ではなくバッテリの劣化だから、と言われたって、使うほうからしてみれば同じことだ。

そんなガッカリ感の中、彗星のように現れたのが、サンヨーの「エネループ」だった。
いや、これは凄かった! 初めて充電池で「使える!」という感覚を持ったと思う。
エネループのおかげで、それまでニッカド電池がダメになって使えなくなっていた、古いFUJIFILMのデジカメや、風呂場で聞く防水CDプレーヤーが蘇った。こういうのは設計もよかったのである。専用のニッカド電池以外にも、単三電池が使える仕様にしてくれてあったからだ。

そんなわけで、わたしはすっかりエネループに惚れ込んでしまった。今や電池で動くガジェット類のバッテリは、ほとんどエネループで使用している。
エネループ自体、魔法の電池ではないので、劣化して使えなくなることは経験してきたが、旧来のニッカド充電池に比べればはるかに、また現状のリチウムイオン充電池とくらべても、安定した安心感がある。

サンヨーは今はパナソニックに買われてしまったが、実にいいモノを作り出す会社だったと思う。わたしのクルマに乗せているカーナビも、サンヨー製のGORILLAである。
わたしがこんなところで心配しても仕方がないことだが、元サンヨーの優秀な開発陣が、パナソニックで冷や飯を喰う部署に配置されていなければいいのだが。

そうこうしているうちに時代は変わり、今やガジェット内にリチウムイオン充電池を埋め込む製品が大半になってしまった。以前にも書いたが、わたしはこういう製品が大嫌い。なぜって、消耗品であるバッテリにたっぷり煮え湯を飲まされてきた世代だから。
いろいろ言い訳をつけるのは簡単だが、安易にバッテリを内蔵した製品を作ってしまうのは、買い換え寿命を短くしたい経営側の思惑と、創意工夫を諦めた開発側の白旗が重なってできた、妥協の産物だと思う。

と、これは、単四エネループ二本で動くポメラDM5を使って、映画の待ち時間と、観劇後のスターバックスで書いている。いやあ、やっぱりエネループで動くガジェットはすばらしい。

わたしが「もったいない嫌い」であることは、以前「【日記】もったいない嫌い」で書いたが、行政が名ばかりでなく本気でMOTTAINAIを推奨したいのなら、バッテリ内蔵機種には「バッテリ内蔵税」をかけてもいいと思うよ。ホント。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年04月06日

【日記】シールを剥がさない人

さて、一応、流通在庫の残品として、アマゾンで購入したポメラDM5。販売元は新品と明記していたのだが、本当に未開封新品だったのか、疑っているところもある。
というのも、普通なら貼ってあるはずの液晶の初期保護シールがなかったからだ。

もっとも、コイン電池の絶縁シートはちゃんと入っていたので、DM5はキングジムから出荷時から液晶保護シートなしの製品だったのかもしれない。

で、本題。
わたしはけっこう、こういう「電化製品に初期から貼られているシールの類」を剥がさない人なのであった。

ポメラDM100も、液晶画面に貼られていた初期保護シールと、「指を挟まないで」の注意シールを貼ったまま使用している。


(「指を挟まないで」の注意シール)


(よく見ると、液晶画面に貼られていた初期保護シールのままということがおわかりいただけるかと)

これはその昔、ソニー党だった頃からの悪しき習慣なのであった。当時、ソニー製品に貼られていた「It's a SONY」シールを剥がすのがなんとなくもったいなくて、そのままつけておいたのが慣例になってしまったのである。
テレビ画面の隅っこに貼られている「It's a sony」シールすら剥がさないのはどうかと思うが、せっかく貼られているものを剥がすということに、若干、抵抗があったのである。

いやこれ、功利的な意味もあったのだ。とかく電化製品というものは初期不良が多い。そういう製品をつかまされたとき、シールの類が貼ったままならば、小売店で修理扱いではなく、良品交換するなどの交渉がやりやすい、という。

多くはないが、わたしと同じ感覚の人はいるようで、携帯の時代には「初期から貼られていた液晶保護シートをそのまま使っている」人が散見された。画面に触れる必要があるスマホとなると、さすがにそういう人もかなり減ってはいるのだろうが。


(これはノートPCに貼られていたシール。剥がさなーい)


(これも同じ。剥がさなーい)

もっともこれは、電化製品に限ったことで、新車のシートにかけられているビニールなどは納車のその日にバリバリと剥がしている。
昔はこれも剥がさない人が一定数いて、事故などの際、体が滑ってダッシュボードの下に潜り込む危険などが指摘されたものだった。

「使う前に剥がしてください」と印刷してあるシールも、特に問題がなければ剥がさない。この感覚は異常だ、と思われる方も多いかもしれないが、そういう方も「本の腰巻きを取らない感覚」と言えばおわかりいただけるだろうか。むしろ本の腰巻きは、人に貸したときに毟られたりすると怒る方も多いのでは?


(これもノートPCに貼られていたシールだが、これは剥がさない方も多いのでは?)

こんなわたしだが、「体に貼るもの」はすぐ剥がしたくなるタチ。
指の手術をしたとき、抜糸のあと、先生に「傷跡が目立たなくなるメンディングテープがありますので、毎日一ヶ月は貼ってくださいね」と言われたのだが、面倒で半月くらいでやめてしまった。それでも、傷跡は「よーく見ればわかる」程度である。先生の腕が良かったのである。

まったくの余談だが、指の手術に至るまでにはけっこう逡巡した。可及的速やかにしなければいけない手術ではなかったが、ふだんの鈍痛、ときたまの激痛はあり、いつかは踏み切らなければいけないとは思っていた。
ところが、手術してくださった先生に巡り会う前に、別の医者に診てもらったとき「手術後は前と同じようには動かなくなるかもしれませんよ」と宣告されてしまったのである。
「そんなことになったら、俺のピアニスト生命が終わってしまうじゃないか!」と細君に嘆いたら、「ピアニストじゃないからいいじゃん」と冷たくあしらわれてしまったのであった。
いや、確かにピアニストではないが、プログラマであり作家であるわたしはタイピスト≠ネのである。もう高速タッチタイピングはできなくなるのかも、と暗い気持ちでいたら、執刀をしてくださった別の病院のお医者様が「このくらいなら全然平気ですよ」とおっしゃってくださったので手術に踏み切ったのだった。
後遺症もなく、リハビリの必要すらほとんどなかった。
体調のよっぽど悪いときには傷跡がわずかに痛むが、手術をしてよかったと思っている。

そんな大恩ある先生が「毎日貼り変えて一ヶ月は続けてくださいね」とおっしゃったメンディングテープ貼りを「体になにか貼るのはイヤ」という気持ちで、半月でやめてしまったのだった。先生、ごめんなさい。

しかし、わずかに残る傷跡を診る度に「いい先生に巡り会えてよかったなあ」と思い出せるよすがになるから良いのである。

メンディングテープはともかく、電化製品に貼られたシールを剥がさないというこの性癖は、ひょっとしたらいつもの「結城的恒常性維持本能」なのかもしれず。

逆に、ステッカーチューンのような、シールを貼ることもまずしない。以前ヤフオクでお高そうなラッセンのイルカ絵に、子どもがシールを貼ってしまった出品の写真を見て、笑ってしまった。

今ちょっとググってみたら、シール剥がさない派はやはり異端扱いのようである。
くっ、でもやっぱり剥がさない。剥がさなーい!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記