2017年04月07日

【日記】充電池

エネループの登場まで、充電池にはいい思い出がない。
特に、わたしはニッカド電池に手を焼かされた思い出のある世代なので、もう充電池というだけで、「どうせ長持ちはしないだろう」という刷り込まれた先入観が働いてしまうのである。

今の人の想像を越える古代には、なんと、普通の電池を充電すると謳った装置もあったのである。容量の切れた普通のマンガン電池を、単一が四本くらい並んで入る機械に入れて、AC電源で充電する、という。
まだ小学生だったわたしと父は「へえー、これはお得だ」と期待をこめて購入してみたのだが、実際に使ってみると、確かに使いきった状態から多少は充電できても、とても新品同様とは程遠い程度にしか復活できなかった。
まだ電池のプラス電極にシールが貼られて売られていた時代である。マンガン電池だけで、アルカリ電池はなかった。当時の電池は質が悪く、よく液漏れしたものだ。
なお、この機械が発売されてから、電池に「充電はできません」と注意書きがなされるようになったと思う。
とはいえ、当時、電池を使う精密機械などはラジカセくらいで、あとは懐中電灯に入れるくらい。
結局、この「マンガン電池を充電できる装置」はいつの間にか我が家から消えていた。

充電池を本格的に使うようになったのは、8ミリビデオカメラを買ってからだ。で、これがニッカド。満充電で二時間は撮れるというスペックだったが、それは最初のうちだけで、使っているうちに、どんどん使用可能時間が減ってくるのである。
しまいには、フル充電しても十分くらいで音をあげるようになってしまう。替えのバッテリと、二倍の容量があるデカバ(という言い方は当時なかったな)も用意したが、頼まれてなにかを録画するときは、いつもバッテリ残量にヒヤヒヤしていた。

今でこそ、充電池の「メモリー効果」は誰でも知っている現象になっているが、ニッカド電池が出始めた当時は、そんなことは誰も知らなかった。学者やメーカーも「そんな現象はない」と断言していた。そういう時代であった。

今のリチウムイオン電池には原理的にメモリー効果はないということで、ひょっとしたらこの言葉を知らない世代もいるかもしれない。なので解説を入れておくと、ニッカド充電池のメモリー効果というのは「一度充電したら最後まで放電させてから再充電しないと、だんだんと放電できる容量が減っていく。浅い充電、浅い放電の繰り返しを行うと、充電池の深い部分がメモリー≠ウれてしまうからだ」というものである。

わたしが知りうる限り、初めてこの「メモリー効果」を公に発表したのは、学者でもメーカーでもなく、ひとりのビデオカメラマン、飯田明氏であった。
飯田氏は自分の経験から、どうもニッカド電池は浅い充放電を繰り返すと容量が減っていくこと、充電池の容量がまだ残っているときは、カメラの電動ズームを繰り返すなどして最後まで放電させてから充電すると、この現象が起きにくくなることを発見し「メモリー効果」と名づけたのである。
前述だが、この現象は当時、メーカーや学者からは否定されていた。

しかし、プロの現場ビデオカメラマンや、当時安くなったので爆発的に増えつつあった民生機のビデオムービー使用者の率直な実感も、飯田氏と同じものであり、やがてメーカーもそれを認めるところとなった。
ソニーの充電器に「リフレッシュ機能」としてバッテリー放電機能がついたときは、「ほうれみろ、やっぱりメモリー効果≠ヘあっったんじゃないか」という腹だたしい気分になったものだ。

その後も、ニッカド電池のメモリー効果には悩まされたものだった。充電池を使うガジェットが増えてきたからである。ノートパソコンのPC9801 NS/EやPC386NW。SONY規格のガム型ニッカド電池を使っていたウォークマンやデジタルカメラDC-1。これは本当にすぐ駄目になる代物だった。
今でも「ガム型ニッカド電池」というだけで忌々しい気持ちがよみがえり、書いている今も口が「への字」になっている。

そんな中、「メモリー効果がない」という惹句で登場したのが「リチウムイオン充電池」。
それはすごい、まるで夢のようだ、と思っていたが、こいつも実際の製品が出るようになり使ってみると、なんだかやっぱり、だんだんと使える容量が減っていくのは、もう、みなさんもご存知の通り。

それはメモリー効果ではなくバッテリの劣化だから、と言われたって、使うほうからしてみれば同じことだ。

そんなガッカリ感の中、彗星のように現れたのが、サンヨーの「エネループ」だった。
いや、これは凄かった! 初めて充電池で「使える!」という感覚を持ったと思う。
エネループのおかげで、それまでニッカド電池がダメになって使えなくなっていた、古いFUJIFILMのデジカメや、風呂場で聞く防水CDプレーヤーが蘇った。こういうのは設計もよかったのである。専用のニッカド電池以外にも、単三電池が使える仕様にしてくれてあったからだ。

そんなわけで、わたしはすっかりエネループに惚れ込んでしまった。今や電池で動くガジェット類のバッテリは、ほとんどエネループで使用している。
エネループ自体、魔法の電池ではないので、劣化して使えなくなることは経験してきたが、旧来のニッカド充電池に比べればはるかに、また現状のリチウムイオン充電池とくらべても、安定した安心感がある。

サンヨーは今はパナソニックに買われてしまったが、実にいいモノを作り出す会社だったと思う。わたしのクルマに乗せているカーナビも、サンヨー製のGORILLAである。
わたしがこんなところで心配しても仕方がないことだが、元サンヨーの優秀な開発陣が、パナソニックで冷や飯を喰う部署に配置されていなければいいのだが。

そうこうしているうちに時代は変わり、今やガジェット内にリチウムイオン充電池を埋め込む製品が大半になってしまった。以前にも書いたが、わたしはこういう製品が大嫌い。なぜって、消耗品であるバッテリにたっぷり煮え湯を飲まされてきた世代だから。
いろいろ言い訳をつけるのは簡単だが、安易にバッテリを内蔵した製品を作ってしまうのは、買い換え寿命を短くしたい経営側の思惑と、創意工夫を諦めた開発側の白旗が重なってできた、妥協の産物だと思う。

と、これは、単四エネループ二本で動くポメラDM5を使って、映画の待ち時間と、観劇後のスターバックスで書いている。いやあ、やっぱりエネループで動くガジェットはすばらしい。

わたしが「もったいない嫌い」であることは、以前「【日記】もったいない嫌い」で書いたが、行政が名ばかりでなく本気でMOTTAINAIを推奨したいのなら、バッテリ内蔵機種には「バッテリ内蔵税」をかけてもいいと思うよ。ホント。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記