2017年05月31日

【日記】(ピー)とJASRACは使いよう

JASRACと言えば、ネットユーザーなら知らぬ者のない、泣く子も黙る著作権管理団体である。
正直、この団体の姿勢は、音楽を愛する一般ユーザー側にも、当の音楽著作権保持者であるミュージシャン側にも向いておらず、ただひたすら銭ゲバのように「自らの団体の維持のために演奏者から金を取り続ける行為ばかりしている」という悪評から、通称「カスラック」などと呼ばれているのはご存知の通り。
そのうち、鼻歌からすら著作権料を取るようになるのではなどと揶揄されている始末だ。


(ヘンなロゴの憎いやつ)

さて、そんなJASRAC。別に肩を持つわけではないが、「使いようによっては便利だな」と思った一件があったのである。

以前、100人程度が集まると予想されたあるイベントがあり、そのとき、皆で合唱する歌を、きちんと著作権関係をクリアして歌おうではないか、と、チームリーダーが言い出したのである。
特に反対する理由もなかったので、会議では「それでいきましょう」という結論になり、どういうわけか、そのあたりに詳しそうな結城さんに著作権関係クリアの作業をお願いしますよ、という流れになったのだった。

ここでJASRACの登場である。こちらの組織名をJASRACに登録し、歌いたい曲がJASRAC登録曲ならば、これこれこの場合、いくらくらい払えば良い、というものが、ウェブサイトには明確に掲示されていた。
このあたり、評判と違って、けっこう明朗会計である。
金銭が後払いだったのか、前払いだったのかは覚えていないが、とにかく、提示されるお金を支払ってしまえば、その曲を歌う著作権関係はクリアになってしまうのだから楽だ。

問題はむしろ――JASRAC非登録曲であった。「この曲を歌いたい」という合唱の選曲担当者から受け取った一覧の中に、数曲、JASRAC非登録曲があった。
この場合、作詞者と作曲者に別々に話を通して、それぞれ、合唱するという了解を得なければならない。もちろん、著作権料が必要ならそれをお支払いする用意があるともお伝えする。

で、これが――見つからないのよ! はああー(ため息)。

作曲者、作詞者に接触できないのである。日本語の曲でも、今はどこにいるかすらわからない方もいらっしゃる。ましてや、海外の作詞者など、まず、どこの国の方なのか、その方にどういった伝手でアクセスして話を通せばいいものやら、初手からもう頭を抱えてしまった。
ネット時代で、いくらでもメールで海外とやりとりできる時代だというのに、検索しても検索しても、その作詞者の情報のきっかけすら見つけることができない。

そうこうしているうちに、イベント期日は迫ってきてしまう。ロードマップでは、もう著作権関係はクリアしていなければいけないのだが、とても間に合いそうにない。

仕方ないので、チームリーダーと選曲担当者にことの次第を伝え、結局、JASRAC非登録曲は歌わない、ということで落ち着いた。

この一件で、わたしは「(ピー)とJASRACは使いようだなぁ」と、痛感したのであった。

JASRACのサイトを眺めていると「のれんに歌詞を使う場合はいくら」「扇子に使う場合はいくら」などとも決められている。
著作権者を探して直接交渉し、いくらいくら払うと決めて契約書を交わして――などという手間をブッチして、JASRACを通せば、そのあたりは全部クリアできてしまう、というのは、確かに楽だ。もちろん、権利者に黙って歌詞、曲を利用し、後ろめたい気持ちを抱かなくていい、という精神的安定感もある。

わたし個人は、著作権についてはもっとラジカルな思想をもっているのだが、あまりに過激過ぎると思われるのでここでは書かない。少なくとも、世界の著作物のすべては神の啓発により与えられたものであると信じている。
現実的な落としどころとしては、著作者が他界したら即フリーでもいいと思っているくらいなのだが、実際には死後、遺族が著作権保持者となり、50年それを維持できる。しかも、その期間を伸ばす方向で進んでいるのがなんともである。

なお、日本の現行法では、著作者が法人の場合、公表後50年で著作権切れとなる。こちらの方がよほど現実的ではなかろうか。文語訳、口語訳聖書は、すでに日本聖書協会の著作権が切れているので、誰でも自由に配布できる使える聖書となっている。

というわけで、忌み嫌われるJASRACも、まあ時と場合によっては便利に使える組織なんだよ、というお話。
でも嫌いだけどね、JASRAC。


(あるクリスチャン関係のCDに挟み込まれていたリーフレット。クリックで拡大できます。これはJASRACではないが、さすがにここまでやられると、「引く!」。正直、逆効果だと思う。まるで詩篇にも【指揮者によって。「はるかな沈黙の鳩」に合わせて。ダビデの詩。ミクタム。ダビデがガトでペリシテ人に捕えられたとき。著作権料は支払いましょう】と書きそうな勢いである)
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年05月30日

【書評】きみはペット

小川彌生「きみはペット」全14巻(完結)

その昔、「年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ」ということわざがあった。過去形で書いたのは、このことわざも今ではとんと聞かなくなったから。
聞かなくなったということは、もう、年上女房もフツー、珍しくない存在になったということだろう。

わたしと細君は、昭和の時代に知りあったので、当然というか、その時代のフツーというか、わたしの方が年上であった。
というか、わたし自身が年上の女性を配偶者にするという目で見られなかったし、細君も、年下の男性と結婚するということは考えもしなかったろう(第一、わたしと細君が婚約したのは、細君がハイティーンのときであった)。

「年上の女房は金の――」ということわざがあったということは、逆に言えば昭和の時代は、これは年上女房をめとった男へのエールというか、まあ、こう言ってはなんだが、慰めの言葉だったのである。

いつ頃から年上女房が珍しくなくなったのかなぁ、と、細君と雑談をしていたら、小川彌生先生の「きみはペット」が連載されて評判となり、テレビドラマ化されて「きみペ」ブームとしてヒットした頃からではないか、という。
調べてみると、同作は2000年に連載が開始され、2003年にテレビドラマ化されている。わたしは同作をマンガもドラマも見ていないので評することができない。

というわけで、上記の段落を書いてから、五月の連休第一日目に、「きみはペット」全巻をオトナ買いして拝読してみた。

ヒロインのスミレは新聞社に勤めるキャリア女性。表向きは隙のないクールビューティな雰囲気を漂わせているが、内面には弱いところがある。そんな彼女が、ある日、マンションの前で、ダンボールに入った美少年を拾った。ひょんな流れから、彼を「飼う」ことになったスミレは、彼に、昔飼っていた犬の名前から「モモ」と名付け、飼い主とペットという不思議な共同生活が始まる。




スミレキャプション「浮気したのは向こうなのに、社会的に優位に立ってるだけで、わたしがワルモノになるわけね」
スミレ「あー頭痛い……」
スミレ「?」
スミレ「なに、これ。粗大ゴミ? ゴミ置き場はここじゃないっつーの」
段ボールをガッと蹴るスミレ。中を見ると、青年が眠っている。
驚くスミレ。


という設定。もちろん、レディスコミックである。男性向けではない。
こういう話なので、読み始めは、男性読者として、ちょっと居心地が悪い感じがしないではない。というのも、このお話のちょうど逆「家出娘を拾ってどうこうする」ストーリーというのは、わりと男性向けアダルトマンガでは定番だからだ。


(悠木しん「 えっちライフ!」より引用)


(美矢火「純愛リリシズム」より引用)


(ペテン師「 おんなのこのまんなか」より引用)


(ZUKI樹「家出娘拾いました」より引用)

これこの通り。他にも探せば、多数見つかるはず。こういうお話が多い、ということは、「家出娘を囲ってどうこう」という内なる欲望が、多くの男性性にはあるのだろう。その逆を見事に逆転しパロディ化して突いてみせた「きみはペット」の主眼は実に面白いと感じた。

とはいえ、ストーリーが進むにつれて、男性性としてのその居心地の悪さといったものは消えていく。
ペットとなった青年「モモ」は、コンプレックスを持ちながらも、実はとても才能のあるダンサーであったこと、機能不全の家庭出身なのかと見えて、実は名家の子どもであることがわかったりしてしまうのである。
スミレのあこがれの人であった同僚男性とスミレの恋も進展し、奇妙な三角関係の中でストーリーは進む。端的には、面白い。が、巻数が進むと「家出娘を囲いたい」という男性性の醜悪さを笑うパロディではなく、普通のラブ・ストーリーとなっていってしまう。いや、普通の良質のラブ・ストーリーで良いのだけれども。

ここまで書けばわかるとおり、実はこのお話、発端の大胆さから想像されるような、フェミニズム的なストーリーではない。むしろそれとは正反対、「女は女らしく。男は男らしく」という大枠を最大限に使い、そこから一歩踏み出すような冒険はしていないのである。

「家出娘を囲いたい」という、あまり品性よろしくない男性性へのカウンターパンチとしてのストーリーテリングがメインテーマだったのならば、スミレはモモを捨て、また、恋人の同僚との結婚もやめ、ひとりの人間として過ごしていく決意をする、というエンディングが思いつくが、それをやってしまったら、おそらく読者からはブーイングをくらい、「きみペ」ブームは起きなかっただろう。

時代はけっこう、2000年を越えても保守的なものである。

スミレは紆余曲折の末、同僚男性と別れ、年下の青年モモ≠ニ結ばれるのだが、作中、その課程の中で、相手が年下男性であること≠気にするような迷いは描かれていなかったように思う。ラストの結婚時、確かモモ≠ヘ22歳、スミレは29歳だから、けっこうな逆・歳の差カップル≠ナはあるのだが。
ドラマの方では、そういった逡巡も描かれていたのであろうか。

振り返れば「年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ」というのも、男性から見た一方的な言い方なのである。女性の心を慰めるものではない。「きみペ」のブームで「年下の旦那を金のわらじを履いてでも探したーい」という女性たちが出てきたのなら、それはそれで良いことだったのだと思う。

わたしは昭和の男であるので、やはり男が女より年上の方がなにかとうまくいくと思ってしまうのであるが、これはもちろん、偏見である(念のため書いておくが、わたしはフェミニストでもヒューマニストでもないので、そういう指弾は痛くもかゆくもない)。

ふと思い出した聖句をひとつ。思えば、聖書は旧約の時代から、ときにここまで思い切ったフェミニズムを記していたのである。

「いつまでさまようのか。背き去った娘よ。主はこの地に新しいことを創造された。女が男を保護するであろう。(エレミヤ書 31:22)」


まあ、解釈はいろいろではある、が。

ところで、ここしばらくネットでよく見かける婚活関係のグラフとして「ウッダーソンの法則」のグラフがある。原典はクリスチャン・ラダー著「ハーバード数学科のデータサイエンティストが明かす ビッグデータの残酷な現実――ネットの密かな行動から、私たちの何がわかってしまったのか?」によるものらしい。
著作権関係があるので、ここにそのグラフは貼らないが「ウッダーソンの法則」で検索すればおそらく「ああ、このグラフのことね」とみなさん思われるのではないだろうか。

それによると、女性はほぼすべての年齢で、だいたい同世代の男性を魅力的と思うが、男性はほぼすべての年齢で20代前半の女性を魅力的だと思う、というのである。
なんと「きみペ」現象はビッグデータには反映されていないのであった。

このグラフの背景がわからないので確定的な評価はできないのだが(ネットではこのデータのみ取り出していろいろ言われすぎていると感じる)、ひとりの男性として、わたしはこのデータをやにわには信じがたい。これは「独身者に取ったアンケート結果」ではないだろうか。
少なくとも、人生の半分を過ぎた一人の男性として、わたしは20代前半の女性よりも、いろいろと人生経験を積み成熟した同世代の女性に魅力を感じる。20代の女性などは、「まだまだ子ども」「世間知らずのお嬢さん」である。

同時に、30、40、50を過ぎて「20代前半の女性に魅力を感じる」という男性も「まだまだ子ども」「世間知らずのお坊ちゃん」であると、返す刀で斬っておこう。

「婚活」関係の話題については、いろいろと思うところもあるのだが、なかなかまとまった記事にならないので、なにか形になりかけたら、そのうちに。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評

2017年05月29日

【日記】字下げふたたび

もうすぐ、このブログ「いまさら日記」を始めてから一年になる。
そのとき始めたチャレンジが「段落の字下げをしないこと」であった。そのことは「【日記】字下げ」にも書いた。

当初は慣れず、どうしても段落の頭でスペースバーをポンと叩いてしまうクセが治らなかった。
が、半年くらい経った頃だろうか、今度は逆に、ブログの記事ではない仕事のレジュメや、顧客にお渡しするマニュアル文書などで、字下げを忘れてしまい、「ああいかん」ということが増えてきてしまったのである。

そして今や、そういう文書の方で字下げを忘れてしまうことの方が多くなってしまった。
縦書き文章ならば字下げは忘れないのだが、横書きだともう、字下げなしがデフォルトになりつつある。そのあたり、自分があまり器用ではないことを、改めて知った。

どうにも、困っている。
ブログなどで字下げをすると、「こいつ、ネットに慣れてないな」と思われかねないというデメリットがある(実際にはそう思う人より、わたしのネット暦ははるかに長いと断言できるのだが)。
逆に、ネット外の正規の文書で字下げをしていないと「この人、国語の高等教育を受けていないのね」と判断されかねない。

かれこれ一年、このアンバランスな状態を続けてきて、やはりこれは、どちらかに統一せねばならんだろうなあ、という気がしてきた。
統一するのなら、断然「字下げ敢行」である。もともと、字下げをしないネット書き込み文化の方が未成熟だし、現状、正しい文章の書き方ではないのである。

ひとつには、わたしが長文派ということもある。ネットの書き込みの大半は、ツイッターを見るまでもなく短いセンテンスで完結するものが多い。2ちゃんなどでは「長い三行で」が慣行になってしまっているくらいだ。

わたしは、文章を削りに削って書くのが嫌いなタチなのである。おしゃべりなのである。言いたいことはすべて書くべきだと思っている。行間に漂わせて「書き手の意図を感じて欲しい」というのは書き手のエゴだ。もちろん、そういうテクニックを使うときはあるが、それは必要があるときだけで、通常、伝えたいことは千の言、万の語を使ってでも文章にしないと、本来、相手に届かないと信じている。

その上で、必要なときは文章を削る。千の言、万の語を使って書いた後、削るのである。

ネットに流れる文章の多くは「削った文章」ではない「言葉足らずの文章」だ。そこを多くの人々は勘違いしている。変に言葉足らずの文章を何度も連ねるより、一本、長文を書く方が、よほど誤解を生まずに済むというものだ。

そして長文を書く上で、やはり段落は見やすい方が良いし、そのためには行頭の字下げはあった方が、読者にもわかりやすいはずである。

というわけで、話を戻して、ブログで「字下げなし」を続けるかどうか、迷っている。
このブログを開始したのが、2016年6月13日だったから、2017年6月13日まで迷って、結論を出すつもりだ。

もし、字下げを敢行するのなら、過去の書き込みもスクリプトを通さず、一年かけて前年の書き込みを校正しつつ、直していくのもいいかな、と思っている。けっこう「このことはあとで書くよ」と記しつつ、忘れている事柄も多そうだからだ。

また、カテゴリわけ、タグの利用があまりうまく行われていないことも反省材料である。もともとあまりカテゴリやタグを増やすのが好きなタチではないというのはあるのだが、読者の利便性を考えると、ここはもうちょっと自分の頭の柔軟性を増さなければいけないのかもしれない。

まあ、あと数週間、迷わせてくださいな。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年05月28日

【回想録】miyuki.comの思い出

今では、個人が独自ドメインを取ることなど、簡単なことになった。その手の業者を通して、年額数千円で、.comや.net、.jpなどのドメインを取れる。わたしが個人および会社で管理しているドメインも、過去には数十個あったが、譲渡したり、整理したりして、今はかなり数を減らしている。

ちなみに、「深夜のお茶会いまさら」の(oops.)eek.jpと、この「いまさら日記」の(toolate.)sblo.jpは、独自ドメインではない。両者ともさくらインターネット所有のものである。どちらもシンプルでいいものが借りられ気に入ったので、これでいくことにした。

Googleで検索してサイトに飛ぶ今の時代、組織か法人でもなければ、独自ドメインを取る必要はないかな、とも感じているのが正直なところだ。
一昔前は、コンサルの顧客にも独自ドメインの取得を勧めていたが、最近は積極的に水を向けることはない。独自鯖を建てるなら別だが、なるべく安くということでレン鯖を使うのなら、そこが用意した適当なドメインにサブドメインを振って使うほうが、お客さまのためにもいいと考えを変えた。

ちなみに、相手が商業法人や、教育組織(幼稚園など)なら話は別である。強くco.jpかad.jpの取得をお勧めする。これは商業法人や学校組織でないと取得できないドメインで、それだけで、ニセでない正規の法人、教育組織であることを主張できるからである。
逆に、商業法人なのに.comとか.jpなどを会社のメインのウェブサイトとして使っている会社は、ちょっとどうかと感じてしまう。実際、そういうサイトの「会社」は登記されていないニセ法人ということもないとは言えないから、読者諸氏も注意されたい。

ある炎上事件で飛び火した「会社」が、実は法人ではなく個人事業であったことが、ドメインひとつでバレてしまった実話もあるのである。

さて、これもインターネット黎明期中の黎明期の話。
当時は、個人が独自ドメインを取ることはとても難しかった。たいていの個人サイトは、プロバイダが用意したドメインの下に個人ディレクトリを用意してもらって、bekkoame.ne.jp/~kyosuke/のように、チルダつきのダサいURLで我慢していたのである。

そんな時代に、miyuki.comというドメインを取って個人サイトをつくっている方がいたのである。ウェブマスターのお名前はもちろん「みゆきさん」。

「みゆきさん」は、決して「こちら側」の人、つまりIT関係の人ではなかった。サイトの内容をほぼ覚えていないのが残念なのだが、それはそれだけ、中身が薄かった(失礼)ということだろう。
ただ、本当に個人でドメインを取ることが珍しい時代だったし、まだGoogleのような高性能な検索サイトもなく(千里眼はあった)、ブラウザのURL欄に文字列をタイピングしてアクセスすることも珍しくない頃だったので、miyuki.comは知る人ぞ知るサイトではあった。

「みゆきさん」がこちら側の人ではないのに、miyuki.comドメインを取得できたのは、こちら側の協力者である男性がいたからであった。これは確実である。
というのも、「みゆきさん」ご自身が、自分の名前を冠したドメインがとれたことを喜んで書いているページがあり、そこに「詳しいことがわからないのですが、お友だちが、わたしの名前がついたドメインを取ってくれたのです」といったことを書いていたからだ。

ここから先は本当に勝手な想像だが、「みゆきさん」は、「お水」関係の人っぽいな、という印象を感じた。その「みゆきさん」のパトロンか、あるいは気をひこうとしていた男性が、当時は珍しかった個人名のついたドメインを取得してくれた、という感じ。
「みゆきさん」当人は、多少、当惑していたが、あまり独自ドメインの意味もわからず、それでも喜んでいたのだと思う。
今でも思い出せるのが、3Dレンダリングされた「miyuki.com」という文字列のグラフィックである。

ただ、「みゆきさん」をウェブマスターにしたこのサイトは、一年続かなかった、というような覚えがある。「みゆきさん」本人が、あまりインターネットに興味がなかったのかもしれない。

このmiyuki.com、アクセスしてみればわかるのだが、今はもう個人サイトではない。whoisを確認すると、ドメイン管理会社として有名なenom社が所有権を保持しているようだ。

「miyuki.com」のようなシンプルで覚えやすいドメインである。インターネットがどんどん隆盛を極めていくのに比例して、欲しい人はたくさん出てきたであろう。ドメインは売られたのであろうか。

わたしが覚えている中では、「みゆきさん」は、日本国内で最初に、個人名でドメインを取った方だった、という記憶である。

まだ「サイバースクワッティング」などという言葉すらない時代であった。
今となっては「惜しかったな。あのドメイン、手放さなければ良かった」とお思いになられているであろうか。

そんなわけで、けっこう当時でも謎のサイトであったmiyuki.com。ご存知の方がいらっしゃいましたら、懐かしいお話と思ってくだされば幸い。
もし、もっと詳しい内情のお話をご存知の方がいらっしゃいましたら、コッソリとメールでお教えくだされば、とも。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2017年05月27日

【日記】不二家のスイーツバイキング

不二家レストランには「ケーキバイキング」あるいは「スイーツバイキング」というメニューがあって、これを頼むと、ショウケースに入っている持ち帰り販売ケーキが、時間内ならいくつでも食べられるのであった。

ご興味のある方は、詳しくは不二家のサイトでお調べいただきたく。


(春はやっぱりイチゴですな)

以前は「ケーキバイキング」だけだったのだが、去年あたりから「スイーツバイキング」と名を変えて価格もアップし、その代わり、ショウケース以外のパフェやあんみつなども個別注文できるようになっている。
店舗によっては、「ケーキバイキング」と「スイーツバイキング」を併用しているところもあるようだが、わたしの行きつけの不二家は「スイーツバイキング」だけになってしまったので、選択の余地はない。


(「スイーツバイキング」ならパフェも食べられます)

甘い物に目がないわたしは、なにかお祝い事があると、細君とこの不二家レストランへ寄って「スイーツバイキング」を楽しんでいるのであった。今回は復活祭のお祝いで同店へ。
「ケーキバイキング」から「スイーツバイキング」になったメリットは、正直、あまり感じない。なにぶん、おなかの量に限りがあるので、ケーキバイキングだけでも十分、というところがあるから。


(だんだん甘さの差がわからなくなってくる……)

一回にサーブできるのは、ひとりふたつ。最初のうちは、甘さの違いを楽しめるのだが、二回、三回とおかわりをしていくうちに、だんだんと「ただ甘いだけ」に感じてきてしまう(苦笑)。

わたしは甘ちゃんの甘い物好きなので、フライドポテトを一緒に取って、塩味でリセットしながら、おかわりを楽しんでいる。


(ポテトとケチャップの塩味がありがたい)

細君は、プチフールのような小さなケーキを多種類食べられる方がいい、と言うが、わたしは、不二家のショウケースに並んでいる大きなケーキをバンバンバンバンッと食べられる今の「ケーキバイキング」が好きだ。

不思議なもので、ショートケーキ一個を買って家で食べるときは「あーあ、これ1ホールくらい簡単に食べられるのになぁ」と嘆くのだが、実際にこうやっていくつでも食べられる状況だと、時間を余してギブアップ、である。実に悔しい。

いつも記録を取っているのだが、だいたいショートケーキ5、6個は食べている。ちょうど小さなホールケーキ1個くらい、だろうか。

上で「おなかの量に限りがある」とは書いたが、甘みのバイキングというのは不思議なもので、実際には「おなかの量にはまだ隙間があると感じるのだが、もう甘い物は食べられない」という状況になるのである。胃に隙間はあっても、脳がもう満腹信号をピーピー出しまくるので、手が止まってしまうのだ。

人間の体というものは、本来、これほど大量の甘い物を短い時間で摂取できるようにはできていないのだと思い知らされる。

大食いコンテストなどの舞台裏では、選手は実は過食嘔吐をしていて、食べては吐き、食べては吐きを繰り返している、と聞いたことがある。そういう番組で、あまりスイーツ大食いがないのは、こういう理由があるからではないだろうか。
いや、そういう選手は脳の満腹ロジックそのものがもう常人と違っているので、比べることはできないかもしれないが。

ただ、少なくともわたしに限っていえば、もし、不二家のスイーツバイキングで胃の中身をいったん出すことができたとしても、もうおかわりはできなさそうに思える。脳が満腹信号を解除してくれないように思うからだ。


(いよいよ二個サーブが怪しくなってきたので一個づつに。が、このモンブランは強烈に「甘いヤツ」でした。これでギブギブ)

この「胃が満腹ではないのに脳が満腹悲鳴をあげる」という落差は、細君も毎度感じているようで、「もう食べられない」と満足しながらも「なんか微妙におなかいっぱいではないね」と、二人でちょっと楽しい愚痴をこぼし合ったりする(笑)。

甘い物も取れる食事としての満足具合は、「スイーツパラダイス」の方がいいかもねー、などといいながら帰宅するのが常だ。
それでも、しばらくすると「不二家のスイーツバイキング」をやりたくなって、性懲りもなくまたチャレンジしてしまう。なんとも、さもしいものである。

今回のチャレンジでは、ショウケースに並んでいるケーキの種類の半分も食べられなかった。そういうときは、とても悔しい。
プリンやゼリー系のものがないというのもつらかった。クリーム系ケーキの連続の中で、プリンなどはいい合いの手になるからである。

ネットで「不二家スイーツバイキング」を楽しんでいる方のブログとかを拝見すると、とてもわたしの比ではない分量のスイーツを召し上がられていらっしゃる。すごい。そういう方は、普段の食事の量も多いのか、それとも甘い物だけそんなに入るのか、少し興味があるところだ。

ちなみにわたしは、病気をしてから、こんなにおなかに一杯食べ物を詰められるのは、甘い物だけである。ラーメンなど「大盛り無料」のお店であっても残して迷惑をかけてしまうのは心苦しいので並盛りでお願いする。

甘い物は別腹というが、わたしの場合、別腹ばっかり大きくなってしまったのかもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記