2017年05月21日

【日記】ご意見番などと言われまいぞ

お、なんじゃ? わしに聞きたいことがあると?
メールにWSFの拡張子がついたファイルがあるが動かしていいかって?

ばっかもーん。そんなもん怪しいファイルにきまっとろうが。ダメじゃダメじゃ。
いやしかし、日本語ファイル名でWSFのトロイが添付される時代になったんじゃなあ。
わしも歳をとったもんじゃよ。

おまえさんもスマホばっかりいじってないで、PCをちったぁ使えるようにしといたほうがいいぞ。
こら、こらこらこら、聞くだけ聞いて帰る奴があるか。せっかくきたんだからわしの話に最後までつきあえ。
WSFと言えばWSHと関係があるわけじゃが、WSHにはのう、思い出があるんじゃ。

むかーしむかし、まだパソコン通信が全盛期だった頃のお話じゃ。

昔とは言っても、もう、Windows95は出ておった。当時はフリーソフトウェアが、それはたくさん出ていたものじゃ。たいていの作業はフリーソフトで間に合ったし、売っているソフトより、フリーのソフトの方が高機能なことが珍しくない、そんな古き良き時代だったのう。

なにしろその頃は、まだパソコンを使える人口自体が少なかった。パソコン関係の雑誌も多く出ていたし、各社、フリーソフトをCD-ROMに納めた付録をつけていたものじゃ。

え、そんなもん、ネットで落とせばいいだろうって?
そうさのう。今の子はそう思うんじゃなあ。

昔はな――昔のパソコン通信は、パソコン通信にログインするだけで、一分いくらでお金がかかったんじゃ。しかもそれにプラスして、電話代もかかるのじゃよ。テレホーダイ? ないない そんなもん。
だから、ちょっと大きなソフトウェアは、雑誌の付録のCD-ROMについていると、とてもありがたかったんじゃ。

わしもその頃は、現役のプログラマでな。いや今だってそうじゃが、当時は脂が乗っていたのう。X68kやPC9801、Windowsで動くフリーソフトを作っては、雑誌や本に掲載されていたもんじゃ。
中にはフォーラムのSYSOPが直々に「すごいソフトが登場しました」とおっしゃってくれたソフトもあるのじゃぞい。ふふん。

さてそんなご時勢の中、パソコン通信界には「フリーソフトのご意見番」と呼ばれるご老人がいたのじゃ。
いや、本人がそう言っていたのかはどうかは知らんよ。まわりが勝手に担ぎ上げていたのかも知れんな。まあ、本人が言っていたら、チョト痛い人間じゃわなあ。わしは知らんがの。
「フリーソフトのご意見番」とは言われていても、そのご意見番殿はPC-9801をメインフィールドにしておられたようで、わしとはあまり、というか、まず関わりがなかったのう。幸か不幸か、わしが作ったソフトに「ご意見」されることはなかったしな。

ある日のことじゃ、わしがある情報を求めてフォーラムログを読んでいると、あるIDの人が、WSHのことを知らなくて、それで何かがうまくいかず、文句を垂れている書き込みがあったんじゃ。

ん? そうか、おぬしもWSHを知らんか。まあ今の子は知らなくても当然かもしれんのう。
これはな、Windows Scripting Hostと言って、まあ、WindowsにおけるDOSのバッチファイルみたいなもん、じゃな。
わしはWindows Scripting Hostで覚えたが、少し経ってからはingが抜けて、Windows Script Hostと呼ばれるようになったようじゃ。が、わしは今でもWindows Scripting Hostと言っちまうのう。
なんにせよ、今の時代にはほとんど使われることがない、時代の徒花みたいな存在じゃ。

さて、なんの話だったかのう。ばあさんや、晩飯はまだかいな? え? さっき食べた? どうもいかんのう。

ああそうじゃ。でな、WSHというとわしが思い出すのは、あるIDの人がWSHのことを知らなくて文句を垂れている書き込みが……え、さっきも言った? そうじゃっけか?

でなあ、わしは驚いたんじゃよ。なぜって、ほかの人は気づかなかったかもしれんが、そのIDの持ち主は、例の「フリーソフトのご意見番」じゃったんじゃ。よりにもよって、「ご意見番」と称されるような人間が、当時、WSHを知らなかっただなんて、正直、驚くというより、内心、けいべ、ん? なんじゃばあさん、晩飯か? おぉ、甘いものか。よしよし。うまうま。やはり虎屋の羊羹は格別じゃな。

なんの話じゃったっけか。ああそうじゃ。わしが言いたいのはな、自称はもちろんのこと、他人に呼ばれるにしろ「ご意見番」なんて言われるもんにはなっちゃいけねぇぜってことさね。
見てる人間は見てるんじゃよ。その「ご意見番」の中身にゃポーッカリと穴が空いていて、アンコの入ってないマンジュウみたいなできそこないになってるってことをさね。

だって、本当に中身があるなら「ご意見番」になんざならねぇもんじゃからなあ。いちいち人が丹精こめて作ったもんに「ご意見」なんてしないで、自分で満足いくものをつくりゃいい。それができねぇから「ご意見番」になるんじゃねえか。
じゃなけりゃ、いろいろうるせぇから「ご意見番」と名前をつけて隔離しちまおうっていう周りの魂胆もあるんじゃろうなあ。

まあおまえさんも若いからまだわからんと思うが、「ご意見番」の意見なんぞまともに取り合うこたぁねえ、右から左へ聞き流していればいいってことさね。
それとおまえさん自身が「ご意見番」を名乗りたくなったり、人にそう呼ばれるようになったら気をつけろ、ってことじゃなあ。

ん? ばあさんや、なんじゃ? ああそうじゃな。一応、付け足しておくか。

「この記事は耄碌して溶けたわしの脳が書いたものであり、実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません」

これでいいかのう?
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年05月20日

【日記】解離性同一性障害(DID)に関する私的メモ

映画「スプリット」を観てきたら、わたしの半生の中で培ってきた「コモン・センス」による解離性同一性障害(DID)、いわゆる「多重人格」に関する考え方を記してみたくなった。
というわけで、この記事は映画「スプリット」の評にはならなそうなので、カテゴリは「日記」とした。
が、最後の方でネタバレするかもしれないので、例のごとく、ネタバレお嫌いの方は途中で他ページへ飛んでいただきたく。



さて、これも入院中の話である。わたしは青年期からひどい不眠なもので、朝までまんじりもせず、ということがよくあった。入院中に強い睡眠導入剤を処方され、その影響で、起床時しばらく「全生活史健忘」になったことは以前記したが、他の種類の睡眠導入剤を処方されたときに「前方性健忘」、つまり服用してから眠るまでの記憶を失ったことがある。

朝起きてみると、これからやらねばならない、やっかいな仕事のチャートを記したメモが、システム手帳に丁寧な字で記されている。わたしの字だ。しかし、書いた覚えはまったくない。誰かの悪戯という可能性も考えられない。わたし自身の脳にしか収容されていなかった技術的な情報が記されていたから確かである。
記されていたチャートと技術的回避法は明晰で、論理の破綻もなく、正常な思考の持ち主が書いたものだとわかる。それのおかげで、この仕事は実に楽に終えることができた。いやすばらしい。

これは睡眠導入剤を使う人々の間で、通称「小人」とよばれる現象である。こういう現象は珍しいものではなく、睡眠導入剤を服用してから、わざとベッドに入らず起きていると発生しやすいと知られている。
人によっては、「部屋の綺麗に掃除されていた」「洗い物がピカピカに終わっていた」などの良い話もあるが、逆に「なにかを食べ散らかした跡があった」「暴食の名残があった」「SNSに変なことを書き込んでいた」のように、小人が悪さをもたらすことも少なくないようである。

共通しているのは「睡眠導入剤を飲んだ後、横にならず起きていたら、自分の知らないところで、小人がなにかしでかしていた。眠って起きてみると、その記憶はまったくないのだが、どうも自分がやっていたことで間違いはない」というものだ。

面白いのは、この「小人現象」が起きると、前回の「小人現象」のときの記憶が連続しているらしいのである。わたしの場合、前回のチャートにさらにヒントやアイデアが記されていた。もちろん、起きてみて、それを書いた記憶はない。ありがたや(笑)。

わたしはこの自分の小人現象を面白がって(主治医は眉をひそめたが)、「カイリさん」と名前をつけ、覚醒時のわたしが解決できないでいる問題を明快に整理整頓してくれるありがたい存在としてしばらく利用していたのだが、やがてカイリさんも自分にばかりやっかいな仕事を押しつけられるのが嫌になったか、出なくなってしまった。

どうだろう。これはいわゆる「解離性同一性障害(DID)」、いわゆる「多重人格」と、「現象的には」なにも変わらない。
ただ、本人が「これは多重人格ではなく、睡眠導入剤による前方性健忘が起き、小人がやったこと」という認識を持っているから「多重人格」にならないだけである。

わたしは精神科医の春日武彦先生の著作のファンで、先生の著作は目につくとたいてい拝読しているのだが、その中に「ロマンティックな狂気は存在するか」という一冊がある。初版は1993年だから、だいぶ初期のご著作になるので、今の先生の考えと当時の考えとは違っている可能性はあるが、その中の第六章に「文学的好奇心をそそる精神症状」として、「二重人格」があげられている。
そこに、とても重要な段落があると思われるので引用する。

 二重人格に相当する患者が診察室で観察されたとき、カルテの病名欄にはおそらくヒステリーと記されることだろう。二重人格という病気があるのではない、それはただの状態像である。肺炎という病名はあっても、咳という病名はなくそれは症状に過ぎないのと同じことである。そして二重人格はヒステリーの一症状・一状態として把握されるべきものである。


春日先生のこの著述に、わたしのコモン・センスも全面的に共鳴する。先に挙げた「睡眠導入剤による前方性健忘と小人現象の発生」と「二重人格」は、状態像としてまったく同じだからである。

わたしを始め、睡眠導入剤によって「小人現象」を体験したものは、それを「二重人格」としては捉えなかった。不思議な現実である。中には「自分は解離性同一性障害(DID)だ」と言い出す患者がいてもおかしくないと思うのだが、明らかに睡眠導入剤がトリガーになっているという意識があるからだろうか。

春日先生のこの「二重人格」についての章は、精神科医らしく細部に気を遣って記されているが、その行間を読むと、先生が「二重人格」に懐疑的であるということが読み取れる(気がする)。

ここで一度、話を精神科医療の現実について向けてみる。精神科の三大疾病と言えば「統合失調症」「鬱病」「双極性障害(躁鬱病)」だが、教会というものはこういった方々が救いを求めてくることが多いもので、わたしも実際に、そういう方とマンツーマンで勉強会を開いた体験などもあり、ある程度は「本物の」患者像を知っている。
そこで言えるのは「統合失調症患者」というのは「すっげー妄想を持っている人」ではなく、「鬱病患者」というのは「むっちゃ落ち込んでいる人」ではなく、「双極性障害」というのは「バリバリにハイになってるときとむっちゃ落ち込んでいるときの落差が激しい人」では決してないのである。
それらの人々は、上記のような、「すっげー」「むっちゃ」「バリバリ」などといった健常者が想像できる延長線上の精神状態にはない。
彼らは明らかに次元が違うレベルの病層におり、健常者の想像できる延長線上の病層とは断絶している。だからこそ精神病者は「獣偏に王」と書く差別の歴史を歩まされてきたのである。

同様に、「解離性同一性障害(DID)」が現実の病層であるとしたら、それは、「会社では真面目だが、家に入るとDV夫。風俗店では赤ちゃんプレイを楽しみ、友人にとってはいい相談役」といった、誰にでもある「ペルソナ」の延長線上にはないはずなのだ。

前述の「解離性同一性障害(DID)」に話を戻せば、日本はこの病名を名乗る人が多く、そういった人が作っているブログも少なくない。
が、文章読みとして、わたしは彼らの多くが記す「わたしの中の各人格」が、上記「ペルソナ」の想像の延長線上の人格ばかりに読めるのである。「獣偏の王」たる存在の病層にはとうてい至っていない。

はっきり言って、ブログなどで「自分は解離性同一性障害(DID)です」と自己紹介する人々は、時と場合によって「すっげー」「むっちゃ」「バリバリ」態度を変える人、というレベル。あくまで健常者の想像の延長線で作られている「病態」なのである。
果たして彼らは、本物の「解離性同一性障害(DID)」なのだろうか。
それは、精神科医ではなく、直接お会いしたこともないわたしにはわからないことだ。
もちろん、彼らがその病に苦しんでいることは理解でき、また同情も禁じ得ない。だが、これはあくまで私見だが「解離性同一性障害(DID)」を自称する多くの方々は、精神障害というより、いろいろな点で知的障害に近いのだと思う。

ところで、世の中には「時止めAV」というジャンルがあり、なんとこれは男優の超能力によって時間が止められ、セクシー女優に好きなことがし放題、というものである。
しかし世のAVソムリエに言わせると「時止めAV」の八割はヤラセなのだという。さもありなんという感じだが、わたしはもっと懐疑的に、実は九割ぐらいがヤラセではないかと睨んでいる。
そして「解離性同一性障害(DID)」の現実も、この「時止めAV」と同じ割合で、おそらくは「患者の精神的ヤラセ」ではないだろうかというのが、わたしの私感だ。

さて、映画「スプリット」は、この「解離性同一性障害(DID)」で23人格を持つという男が女子高生を誘拐し云々というお話。監督はいつもなにかラストで観客を驚かせるM・ナイト・シャマランだが、「ラストは誰にも内緒だよ」と言うほどのラストがない、というのが衝撃のラストであった。

春日先生は、「ロマンティックな狂気は存在するか」の中で、こうもお書きになられている。

 世界を解釈する方法として「狂気」を持ち出すのは便利至極であり、しかも正鵠を得ているように感じさせる部分がかなりあるから、その「お手軽な」ところが逆に何も語っていないこととなりかねないのである。


 ジャンルを問わず、とにかく狂気を作品の題材とする場合、
(a)蓋然性をいいことに、現象としての狂気を都合良く拡大し、現実の臨床的ニュアンスとかけ離れたものをさも本当らしく流布させる。
(b)自分が安全圏にいるのをいいことに、狂気をまったくの記号として扱い、そのくせ他人の偏見をあげつらうような小賢しい態度をとる。
 以上の二つを私は大いに警戒するのである。


まったくもって、全面的に賛成である。
また、物語を書く者として、狂気を「便利なアイテム」として使うようなことこそが、精神病者に対する差別と偏見を助長することなのだということは、強く指摘し、また自戒しておきたい。

この「スプリット」の映画評でも、まだ「解離性同一性障害(DID)」のことを「精神分裂病」と書いている人がいることに慄然とする。
精神科医療はまだまだ偏見と差別に満ちている。
それはときに、ある種の方々の憧れにもなるほどに。

最後に、有名なコピペを貼って、この記事のしめくくりとしたい。

昔、妹は二重人格だった
中学生の頃、妹は二重人格だった。
なんでも、火を見ると「影羅(エイラ)」という魔族の人格が現れるそうで、真っ暗な部屋の中で唐突にマッチを擦っては、「……ヘヘ、久しぶりに外に出られた。この小娘は意思が強すぎて困るぜ(笑」などと乱暴な口調で叫んだりしていた。
ある日、夕食の時に「影羅」が出たことがある。
突然おかずの春巻きを手掴みでムシャムシャと食べ始めて、「久々の飯だぜ(笑」と言った。
食べ物関係のジョークを一切許さない母が、影羅の頭にゲンコツ振り落とすと影羅は涙目になっておとなしくなった。
それ以来、食事時に影羅が出たことは無い。
そして別人格とやらは、妹が高校に入った辺りでパタリと出なくなった。
最近になって、大学生になった妹にその頃のことを尋ねたら、クッションに顔を埋めて、手足をバタバタさせてのた打ち回っていた。

posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年05月19日

【昭和の遺伝子】レンタルビデオ

もうずいぶん、レンタルビデオ屋さんで映画などを借りるということをしていないのだが、最後に行ったときには、もう「ビデオテープ」は置いていなかった。DVDだけである。
それでも、「レンタルDVD屋」ではなく「レンタルビデオ屋」の名称が今でも残っているのはなんとなく苦笑してしまうが、貸しているのはメディアとしてのビデオプログラムなので、間違いはないのだろう。

今回の記事は、それこそ本物のビデオテープが置いてあった時代の「レンタルビデオ」屋の思い出話。VHSとベータの両方が、まだしのぎを削りあっていた時代のこと。

黎明期のレンタルビデオ屋は、ダークゾーンであった。法的にも、存在感的にも。
映画のビデオテープも、アダルトのそれも、一本が一万数千円していた時代である。それを販売せずレンタルするというのは目利きなアイデアであったと思う。
しかし当時、ビデオは「セル(販売)」が目的で、レンタル業者は著作権的には「法の網をかいくぐって」営業していた。

当然、TSUTAYAのような大きなチェーンはない。みなほぼ、バックがついていそうな個人経営で、それぞれが小さな店舗を構えて、会員を募っていた。
なにしろ、最初に入ったレンタルビデオ屋は、マンションの一室で営業していた。怪しかったが、さほど怖いという感じを受けなかったのは、わたしがまだ若かったからかもしれない。
わたしを含め、当時の若い男の子たち(今のわたしにとって感覚的に20代は青年≠ナはないのである)は、市内あちこちのレンタルビデオ屋の会員証を持っているのが普通であった。なぜって、それぞれの店で品揃えが違うから。A店にはあってもB店にはあるかもしれないからである。お目当てのブツが(笑)。

大抵の店が、一回に借りられるのは二本まで、ではなかったかな。ビデオテープなので、巻き戻して返却する、というマナーもあった。
ビデオデッキがテープを噛み込んでしまい、デッキを分解してテープを取り出して返却した、などという話は、当時、レンタルビデオを利用していた誰しもが一度は経験したことがあるのではないだろうか。

わたしはベータ派だったので、当初はけっこう、寂しい思いをした。レンタルビデオ屋黎明期からVHSとベータは勝敗が決まっていた。ベータの棚は小さく狭く、置かれるビデオも有名作品ばかりで、それもVHSに比べて遅れる始末。こりゃダメだと、ソニーが白旗広告(*1)を上げる前にVHSを買わざるをえなかった。

(*1)いよいよ劣勢になったソニーは、「ベータはなくなるの?」という新聞一面を使った広告を、数日間、連載で出したのである。広告の最後は「そんなことはない。ますます広がるベータの世界」という趣旨でおさめたのだが、消費者にはベータの事実上の敗北宣言と取られ、以降、VHSが趨勢を覇するまでに数年かからなかった。

ベータとVHS、画質はベータの方が優れている、というのが常識だったが、今のDVDやハイビジョンから比べれば、どんぐりの背比べだったなあ、と思う。
ソニーを盟主とするベータが負け、ビクターが開発したVHSが覇権を取ったのは、みなさんご存知の通りだが、その大きなきっかけとなったのは、ベータ派だった東芝のVHSへの寝返りである。
その東芝が、まさか巨額な赤字を抱えて日本のお荷物になる日がくるとは、ベータ派だったわたしは愉快愉快――というわけでもなく、これを書くまで東芝が裏切った会社であるということを忘れていたくらいだ。
ま、ソニーももう好きじゃないしね。
国民の誰しもが、東芝がああなったり、シャープがこうなったり、サンヨーがなくなったりするとは思っていなかった時代である。

当時はビデオにコピーガード信号などは入っていなかったので、借りたビデオをダビングする人も多かった。レンタルビデオはグレーゾーンな時代だったが、そこから借りたビデオをダビングするのは明らかに著作権違反である。しかしそれで捕まった、警察が動いた、などという話は聞いたことがない。
ダビングすれば画質は格段に落ちるので、ビデオの発売元はそれほど問題にしていなかったのであろう。それよりも大元の、野放し状態だったレンタルビデオ屋の問題を解決する方が先決だったはずだ。

当時、絵の出るレコード≠アとレーザーディスクはまだまだ普及しておらず、これを置いているレンタルビデオ屋はほとんどなかった。
ちなみにレーザーディスクはパイオニアが盟主であり、ビクターが開発したVHDというライバルがいたが、これはVHDの負けで最初から勝負がついていた。なんとVHDは再生するたびに画質が劣化していくという情けない仕様だったのである。

レーザーディスクは当時、ビデオテープに比べてずばぬけて画質がよく、これがレンタルされてダビングされるようになったら、ビデオの発売元はさぞや頭が痛かっただろう。
が、肝心のレーザーディスク再生機の普及率が低かったので、これも問題にはならなかった。

さて、そんなこんなで、市内の各レンタルビデオ店の会員であった当時の若い男の子たちは、クルマで各店を回っては、良いビデオを探すのが常であった。
友人Y君はレンタルビデオ通で、映画からアニメからあっち方面まで片っ端から見る趣味人だった。

Y君「イーエッチないかなぁ」
わたし「イーエッチねぇ」
Y君・わたし「イーエッチ・エリック!(笑)」

と笑いあったことを思い出す。って、今の人はE・H・エリックをご存知ないか。

そうこうするうちに、ビデオデッキがほぼ全家庭に普及するようになって、レンタルビデオ屋と販売元はなんらかの協定を結んで手打ちとなったのだろう。街からどんどん、小さなレンタルビデオ屋は消えていき、いまやTSUTAYAばかりである。しかしそのTSUTAYAが徳間書店を買う時代がくるとは思わなかったが。

当時、数人で小さなレンタルビデオ屋を回っていたわたしたちに、今の日本の現状を伝えても、絶対に信じやしないだろうなあ、と思う。

レンタルビデオの思い出、といいつつ、ビデオデッキその他の話ばかりになってしまったのは、やっぱりアレですな。レンタルビデオとは切っても切れない関係のジャンルの話はしにくいというところがありましてなw

それに不思議なことだが、あの時代の雰囲気をそのままビデオテープに磁気転写していた若い女性たちの名前を、今こうして思い出そうとしてみても、とんと思い出せないのである。
彼女たちにとってみれば、思い出されない方がいいことなのかもしれない、とも思う。

若い男の子は、レンタルビデオ屋さんの一角で、紳士同士の礼儀を覚える、そんな時代だったのでありまする。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子

2017年05月18日

【日記】踊り場マンガ

「結城センセーは下ネタ駄目なんですよね」と言われることがあるが、結城恭介として書くときは下ネタを好んで書かないだけで、コモン・センスとして、流行どころは押さえておきたいと思っている。
第一、ずいぶん昔はアダルトゲームをよく遊んでいたことは、旧「深夜のお茶会」のお客さまならご存知なことだし、また、そういうジャンルの制作に関わったこともあった(内緒)。

今はアダルトゲームには疎くなったが、たとえばいわゆるアダルトマンガ雑誌。これらはもう、マンガ文化の一翼を担っているので、無視できるものではないと思っている。
ワニマガジン vs コアマガジン vs ジーオーティの話とか、書店売りとコンビニ売りの違いとかは、現代マンガ読みの常識的知識として知っておくべきではないだろうか。

もう古いマンガになってしまうが、なにかその手の事件があったりすると話題になる、クジラックス先生の「ろりともだち」は、「クライム・ロード・ムービー」ジャンルのマンガとして、本当に優れていた。内容が公序良俗に反しているからといって、その作品すべてが否定されるわけではない。ましてや、ネットで作者の人格をどうこう言うのは、ナンセンスで愚かな行為である。


(クジラックス「ろりとぼくらの。」より引用。救いのない話だが、凡百のアダルトマンガの中で、どのような意味であっても、読者に記憶を残す佳作であることは間違いない)

とはいえ、わたしはスイーツで甘々な話が好きなので、そういうストーリーが多いマンガ家さんが好きだ。お気に入りは、ReDrop先生、鬼束直先生、尾野けぬじ先生、環々唯先生、岸里さとし先生、くどうひさし先生、しらんたかし先生、久川ちん先生、美矢火先生、ぽんこつワークス先生、けろりん先生etc. etc……。

で、わたしは、いわゆるアダルトマンガ雑誌の中にある、「その雑誌の良心的な(笑)<}ンガ」がわりと好きだったりする。そういうマンガを「踊り場的なマンガ」と呼ぶ表現を読んだことがあるので、業界用語ではそうなのかと検索してみたが、特に引っかかりはしなかった。しかし、「踊り場マンガ」とは言い得て妙である。本格的なアダルトマンガの間に載せられる、ちょっとホッと息継ぎできるマンガの意であろうか。

今で言えば――

「コミックアンスリウム」ならクール教信者先生の「ぱらのいあけーじ」。
「コミック快楽天」なら櫻井エネルギー先生の短編。
「コミックLO」ならうさくん先生の「マコちゃん絵日記」。
「コミックメガストアα」なら古賀亮一先生の「ゲノム」。玄鉄絢先生の「イイタさんペイロード」。(この二作品は以前からの掲載誌を変わっているが……)。
「コミックゼロス」なら縁山先生の短編(最終回を迎えてしまったとのこと。残念)。


こういうラインナップが好きだ、と言えば、好事家の方なら「ああ、なるほどね」とわかってくださると思う。
要するに、アダルトマンガ雑誌の中にあって、アダルト要素のほとんどない、ホッとする、その雑誌の「ウチはアダルトばっかりじゃないんだよ」という控えめな意思が見えるマンガばかりである。

新聞でいう、社会面の四コママンガのような存在である。殺伐とした記事の中でホッとできるような、そんなコーナーが「踊り場マンガ」というわけだ。

わたしの友人にも、やはりこういう「踊り場マンガ」ばかり集めているタイプがいるので、同じ嗜好を持った方はわたしだけではないようだ。

アダルトジャンルのメディアの話になると、その悪影響を受けて実際に犯罪に走る者がいる、あるいはそんな者はいない。煽っている、抑止力になる。という議論があるが、ことはそんなに単純ではないだろう。悪影響を受けない者はいない、と断言することはできないし、みなが犯罪に走ることも常識的に考えてあり得ない。

むしろ日本は、とてもゾーニングが甘いことが問題だ、とわたしは思っている。コンビニ売りのアダルト雑誌にはもうしわけないが、売り上げが落ちても、やはりアダルト雑誌はコンビニに並べるべきではない。
一般書籍店であっても成年ゾーンを設けて、子どもは入れないようにしてそこで販売するのが良いと思われる。

このあたり、勘違いする人も多いのだが、日本は大人に甘いのではなく、子どもに甘いのである。子どもには「ここはおまえらの世界ではないよ!」と厳しくしつけなければならない時期があるのだ。

インターネット黎明期から、わたしは「インターネットを子どもに使わせるな」という主張をしていた。逆に言えば、「インターネットを使っている人間は全員大人扱いしてよし」ということである。なにかあったとき「子どもだから許してやって」という言い訳を聞いてやるな、ということである。

「これは大人の楽しみ。子どもは手を出してはいけない」というのは、成熟した社会のみが持ちうる感覚である。
今の日本は、大人が幼形成熟している。みなが子どもである。いい大人が、自分より二回りも三回りも歳下のステージ上のアイドルに熱を上げるというのは(個人の趣味趣向をどうこういいたくはないが)、気持ちが若いというより、心が成熟していないと思えてならない。

いやいや、そんな風に感じるのは、わたしがいくつもの病気や、息子の死を通して、心の歳を取り過ぎたひがみなのだろう。きっと。

ちなみにわたしは、「深夜のお茶会・いまさら」や、この「いまさら日記」を、特に排除はしていないが、子どもが読むことは想定していない。これはウェブサイトを始めた当初からそうである。

話を元に戻して「踊り場マンガ」。アダルトマンガという縛りがある雑誌の中で、アダルト色を抜かし、なおかつ面白いマンガを書き続けるというのは、むしろアダルトマンガ連載陣より難しいことなのかもしれない、とも思う。
みなさん、才能ある方々ばかりである。これからも楽しい「踊り場マンガ」をお描きくださることを祈って。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年05月17日

【日記】大胆に主の祈りを唱えましょう

キリストもんの定型の祈りとして「主の祈り」というものがある。古い言い方だと「主祷文」だ。
これはマタイ福音書6:9-13とルカ11:2-4で、イエス自身が使徒はじめ弟子たちに教えた祈りであり、微妙な差異を持ちながらも、各教派で同じような祈りを唱えている。

クリスチャンでなくとも、最初の方は言えるかもしれない。「天にまします我らの父よ云々」というあれだ。なお、エクセルシオールカフェは出てこない。

上記で始まる祈祷文はプロテスタント1880年訳のもので、カトリック教会の場合は、2000年に日本聖公会と共通口語訳を決め、ミサでは下記のものを用いている。

天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国がきますように。み心が天に行われるとおり、地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。


その昔、一人の孤独な聖書読みであったわたしは、どの教派の教会に行こうかどうか迷っていたとき、この基本的な「主の祈り」すら統一されていないということを知り、びっくりしたのであった。
まあ、日本語では統一されていなくとも、これくらいはラテン語で「パーテル、ノステル、クイ、エス、インチェリス……」と言えるのがガチクリスチャンではある。

さて、カトリック教会のミサでは、この「主の祈り」を唱える(歌う)前に、司祭が「祈りへの招き」を述べる。

司祭「主の教えを守り、みことばに従い、つつしんで主の祈りを唱えましょう」
会衆「天におられる、わたしたちの父よ……」


というわけだ。
この司祭の「つつしんで」の部分が、ラテン語ミサの原文では「大胆に」だと聞いたことがある。本当は「大胆に主の祈りを唱えましょう」なのだ。
それがなぜ日本語訳になったとき「つつしんで」になってしまったのか。民族性や、日本人独特の神学の影響を思うと、いろいろと興味深い。

「大胆」というと思い出すのは、パウロの宣教である。使徒パウロは実に大胆な男であった。

パウロは会堂に入って、三か月間、神の国のことについて大胆に論じ、人々を説得しようとした。(使徒言行録 19:8)

わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。(エフェソの信徒への手紙 3:12)

また、わたしが適切な言葉を用いて話し、福音の神秘を大胆に示すことができるように、わたしのためにも祈ってください。(エフェソの信徒への手紙 6:19)

わたしはこの福音の使者として鎖につながれていますが、それでも、語るべきことは大胆に話せるように、祈ってください。(エフェソの信徒への手紙 6:20)


なんかエフェソ書ばかりになってしまったが、同書はパウロが牢獄から送った手紙である(が、真性パウロ書簡かどうかは議論が残っている)。なんとまあ、牢獄からでも大胆な男であることよ聖パウロ。

「大胆」に対する行動としては「慎重」であろうか。よく「警察は慎重に捜査を進めている」と発表されるが、たまにはパウロのように、「大胆に捜査を進めて」みたらどうだろう。

「○○議員の汚職疑惑について、特別捜査部は大胆に調査を進めています」

とても頼もしいではないか。なんとなく、すぐに事件が解決しそうである(笑)。

プロテスタントの方で、聖母マリアへの祈りは唱えたくないが、ロザリオは使いたいので、主の祈りで珠を繰る、という方がいらっしゃる。いや正直、すごいと思う。飽きませんか?(ぉぃ)
正統的なカトリックのロザリオの祈りは、「使徒信条」「主の祈り」「アヴェ・マリアの祈り」「栄唱」の組み合わせで唱えられる。
その中のメイン部で、一環で50回も唱えるのは「アヴェ・マリアの祈り」なのだが、これは主の祈りより短く、続けて唱え続けることが容易なリズムでできている(特にラテン語原文では)。
これを主の祈りで代用するのは、ちょっと苦行である。

いやしかし! その大胆さは見習わなければならない。

わたしは一人で聖書を読んでいた成人洗礼組なので、行こうと思えば、家から五分の「日本基督教団」のプロテスタント教会へ通うこともできた。しかし、実際に選んだのは(主がわたしを配置したのは)、家から一時間かかるカトリック教会の方であった。
初めてカトリック教会に行ったとき、わたしたち夫婦は、なぜか「プロテスタント教会所属の夫婦が交流にきた」と間違われた。
なんか、大胆だったのだろうか?(笑)

そういった経緯は、またの機会があればということで。
それでは、クリスチャンのみなさん。今週主日も、大胆に主の祈りを唱えましょう!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記