2017年05月02日

【日記】クリスチャンずれ

「♪よろこべや、たたえよや。シオンの娘、主の民よ」

この歌詞で、すぐにメロディを口ずさめるのは、キリストもんである。特にプロテスタントの方には馴染み深い歌だろう。「54年版賛美歌」だと130番。「賛美歌21」には見当たらなかった。この歌詞、教派によっては、歌詞が「♪いざひとよ」になることもあるという。
カトリックでは、通常使用する「典礼聖歌集」や「カトリック聖歌集」には載っていないが、やはりめでたいときには歌ったりする。

メロディはこれである。

http://www.mu-tech.co.jp/midi/traditional/brave_man_returns_strings.mid
「音楽研究所」様より)

そう、一聴しておわかりのとおり、日本人には「得賞歌」として、表彰式などでよくかかる曲として有名なのである。



原曲はヘンデルのオラトリオ「マカベウスのユダ」三幕より、「見よ、勇者は帰る」。
ということはこれ、旧約外典の「マカバイ記」が元になっているわけで、同書はプロテスタントの聖書には入っていない。
後発の「賛美歌21」にこの「よろこべや」が入っていないのは、そのあたりの事情もあるのだろうか?

「プロテスタントの聖書に入っていない書がモチーフとなっている曲が、プロテスタントに馴染みの深いよろこべや≠ノなっているプギャー」とカトリックがホルホルするのはいささか恥ずかしい。元はカトリックの曲だったのに認められず、その後プロテスタントに評価されて、カトリックも歌うようになった曲もあるからだ(確か「水のこころ」)。

音楽は教派の壁を軽々と越えていく。良いものだ。
では、宗教の壁を越えられるかというと――以前、確か「知恵袋」かなにかで、こんな相談を見かけたことがあった。

「このたび、クリスチャンの彼と結婚することになりました。彼の所属教会で、牧師先生に式次第と讃美歌をお教えいただいたのですが、その入場の曲が、運動会で表彰されるときの曲なのです。ウェディングドレスで入場するのに運動会の曲なんてって、ちょっと驚いてしまいました」


いやぁ、花嫁さんには申しわけないが、笑ってしまった。
そうだよねぇ。ガチクリスチャンでもなければ、この曲は標準的日本人にとって、表彰式の歌だ。
「♪チャーン、チャーチャ、チャーチャー。チャチャチャチャ、チャーチャーチャー」の歌にのって新婦が入場してきたら、新婦の友人たちが「ざわ……ざわ……」とどよめきそうである。
しかもその後、「あの子、本物の教会で結婚式挙げるって喜んでたのに、入場の曲が表彰式のアレだったのよ、もうおかしくて」とか言われて、陰で「チャチャ子」とかあだ名がつきそうだ。
って、こんなことを書いている自分の方がよっぽど意地が悪い(笑)

まあこれは、この曲を選択した牧師先生が「クリスチャンずれ」していたのである。我々キリストもんにとっては、めでたいときの歌リストの中にこの曲が入っているが、キリストもんでない99パーセントの日本人にとっては「得賞歌」なのだ。そのことを忘れてしまっていたのである。

ヅラのずれが自分ではわからないように、この「クリスチャンずれ」も自分ではなかなか気づかないものだ。
わたしも、家のエアコンが故障して、業者さんに立会い工事をお願いしたとき――

業者さん「では来週の日曜日の午前中は?」
わたし「日曜日の午前中!? ちょっとダメですね」
業者さん「じゃあ再来週の日曜日の午前中はいかがでしょう?」


どうして日曜日の午前中ばかり? と一瞬、考え、「あっ、そうか」と自分の「クリスチャンずれ」に気がついた。わたしが毎週教会へ行っている日曜の午前中は、普通の日本人にとって、たいていは在宅していて、立会い工事ができる時間帯なのだ。

以前にも書いたが、イエス・キリストをキリストもんではない人の前で「イエス様」と呼んでしまうのも、この「クリスチャンずれ」のひとつである。

わたしはなるべく、この「クリスチャンずれ」を自覚できるよう努めているつもりだが、やはりそこはそれ、ヅラのずれが自分ではわからないように(二回目!)、やはりどこかずれているところはあってもおかしくない。

もっとも、それを自分で発見して楽しんでいるところもあるのだけれど、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記