2017年05月04日

【日記】デフォルト主義

わたしはわりと「デフォルト主義」な方だと思っている。

WindowsなどのOSは、もちろん、自分が使いやすいようにある程度カスタマイズするが、カリッカリにチューンはしない。デフォルトから一歩か二歩いじるくらいで我慢しておく。

アプリケーションはもっとデフォルト主義。基本、インストールされたままで、なるべくユーザー(自分)の方を合わせていく。いろいろカスタマイズが用意されているアプリでも、あまりいじらない。

これはなぜかというと、OSやアプリの使い方を「人に教える」ことがままあるからである。自動車教習所の教習車にごく普通のセダンが多いように、あまりデフォルトの状態から逸脱していると、自分でも標準の状態がわからなくなってしまい、人に教えられなくなってしまう。

逆に見れば、OSやソフトをカスタマイズして使っているユーザーは「教えてください」と言ってくることが少ないし、そういうことがあっても「どこそこのチェックが外れているのではないでしょうか?」とアドバイスすればすぐにわかってくれるタイプなのだ。

デフォルトのままで使っているユーザーは、上記のようなアドバイスではダメ。「では、まず左下のスタートボタンにマウスカーソルを持っていって、左クリックしてください」から始めなければいけない。
こんなふうに電話などでコンサルするとき、自分のマシンがあまりデフォルトから離れていると、シンクロできずに難儀するのである。
だからわたしは、基本、デフォルト主義でやっている。

Webサイトについても、同様のポリシーを持っている。一時、スクロールバーやカーソルをいじるのが流行ったが、あれはユーザーの領域であり、ウェブデザイナーがいじってよい場所ではない。今でもやっているサイトはあるが、わたしは自前のCSSを優先にして、そういう気持ち悪いインターフェイスは無効にしている。

ラーメン屋さんの「一蘭」に行っても、カスタマイズシートには「普通」「普通」「普通」……。
スタバでシーズンの甘い物をとってもカスタマイズしない。デフォルトで。

こんな感じで、世の中には、「どうでもいいから普通」なのではなく、意識して「マシマシしない」タイプがいるということをご存知いただきたく。

なにしろもう、人生がカスタマイズされすぎているので、日常生活にまでトッピングを増やしたくないのである。

おそらく生まれてくる前、神様が「こいつ賞トッピングして会社アドショットで労働懲罰ダブル。病気マシマシ。子どもは奪ってエクストラ涙」なんてオーダーにしたのである。おかげで甘さ控えめな、しょっぱい人生だ。サイズはショートではなかったようだが、ベンティまでいけるかどうかは不明である。途中でこぼしちゃうかもしれないし。

五体が不満足なテーマでご本を書かれた作家先生は、デフォルトから大きくかけ離れたお体をもっておられる上に、異性関係もまた、かなり好んで甘々にカスタマイズされていらっしゃるようである。なんとも、ご立派なことだ(これは皮肉←こう書かないとわからない方もいらっしゃるので)。

わたしはそちら方面のカスタマイズはサッパリで、肋骨一本減っただけである(これは比喩表現←こう書かないとry)。

IT関係も人生も、人になにかしらお教えしようとするなら、デフォルト主義が一番なんですよ。ほんと。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記