2017年05月07日

【日記】デスクトップ

これが今のわたしのWindowsデスクトップである。



なんとも殺風景だが、Windowsを使い始めて20余年、結局これに落ち着いてしまった。
これでも自分にとってはアイコンが多いほう。定期的に掃除して減らすことにしている。
右側はマルチディスプレイを縦で使っている。そちらにはアイコン類をいっさい置かない。主にブラウザを全画面にして使っている。

実はWindows3.1や、それ以前にX68000でSX-Windowを使っている頃から、わたしは壁紙にいろいろ貼ったものだった。
昔のWindowsは壁紙を貼ると確実にパフォーマンスが落ちたのだが、それでもこれだけは譲れん、みたいな。

当時のコンピュータ屋らしく、ゲームの萌え二次絵もよく貼っていたし、キャラクタで再帰画像を作って連続で違和感なく貼れるようにしたり、緩やかにスクロールさせたりなどのギミックも入れたりしていた。
えっ、客先でノートPCを出すとき? もちろんMYSTの美しい風景画にしてましたよ。恥ずかしいじゃないですか(笑)。

WindowsではIE4以降の拡張機能としてActive Desktopというのがあったが、あれは大嫌いだった。廃れて良かったと本心から思っている。
デスクトップはユーザーの領域である。コントロール権を奪われるのは気持ちが悪い。同じ理由で、ウェブサイトでスクロールバーやカーソルをcssでいじってくるサイトも嫌いである。そういうのは自分のcssで無効にしている。

キリストもんとなってからは、そのときそのときで気になる聖句や、キリスト教関係の名画、写真などを貼っていた頃もあった。
海外にはけっこうキリスト教系の素材をダウンロードできる有料サイトがあり、ShareFaithというところの会員になって、いろいろ美しい写真やイラストをダウンロードしては壁紙にしていた。

ある教会のコンサートポスターを見て「あ、これ、ShareFaithのあれを使ったな」とニヤリとわかってしまうこともあったり。

そんな風に、おりおりでいつもデスクトップにはなにか画像を置いていたのだが、今はごらんの通り。
いつからこんな殺風景なデスクトップになったのだろう、と、今、振り返ってみると、そうか、息子が帰天した後あたりからかもしれないな、と気づく。

この灰色のデスクトップは、今のわたしの心を反映しているのだろうか。
それでも、二十余年の試行錯誤の末、たどりついたこのデスクトップは、それなりに良いと思っている。シンプル・イズ・ベストである。
いまさら萌え絵を貼る歳でもなく、聖句や名画でも心に開いた穴は塞ぐことはできない。たかが作業場のデスクトップは、これでいい。

これから先、おそらく、どんなに美麗な壁紙を見つけたとしても、わたしがそれをデスクトップに貼ることはないだろうと思う。
なぜだか、そんな気がするのである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記