2017年05月08日

【日記】カタツムリ

ずいぶん前のこと。細君と一緒にドライブしていたときの出来事。
交差点の赤信号で止まったとき、後続の小型トラックのドアが開き、ドライバーがのっそり降りてきた。いかつい男性である。バックミラーでそれがわかったとき、なにか難癖をつけられるのではないかと身構えてしまった。

が、彼はわたしたちのクルマの運転席にくることはなく、後部のバンパーからなにかをそっと両手でとると、路肩の草むらへそれを放したのである。

わたしと細君は顔を見合わせて、すぐになにが起こったかを理解した。
というのも、当時、わたしたちが借りていた駐車場は屋外で、クルマをバックで入れると草の茂みにバンパーが接触するようなところで、しかもその茂みには、カタツムリが繁殖していたのである。

おそらく、クルマを出して走っているうちに、茂みから移ってきたカタツムリがノソノソと這いだして、バンパーの上に顔を覗かせたのだろう。
それを見つけた後続のドライバーさんが、このままではカタツムリも大変だろうと、助けてあげてくれたのである。
この大柄な男性の両手の優しさに、二人で和んだひとときであった。

当時「カタツムリは寄生虫の温床である」という事実は、まだ語られていなかった。

そう、今でこそカタツムリは寄生虫の温床であると知られ、素手で触ってはいけないということが常識化しているが、それが言われるようになったのは、今世紀に入ってからだと思う。

わたしが子どもの頃は、「♪でーんでんむしむしカタツムリ」という陽気な歌とともに、カタツムリは愛される虫であった。
数ミリの小さなカタツムリから、5センチ大の大きなカタツムリまで、よく掴まえては腕の上を這わせたものである。
ニョキニョキと上下する触覚が可愛らしく、触れては縮ませ、伸びては触れて、と繰り返したものだった。

調べればすぐにわかる時代なので、詳しくは触れないが、カタツムリは広東住血線虫の寄生主となってヒトへそれを媒介する可能性がある。他にも多種の寄生虫の温床であるという。
当時の子どもたちは、今の子と比べて、体が強かったのであろうか。

旧約聖書には食事禁忌が山ほど記載されているが、カタツムリに関する記述はない。
聖書の舞台となっているパレスチナの荒れ野にも生息しているカタツムリはいるそうだが、食べる≠ニいう発想にはならなかったのだろう。

新共同訳聖書の詩編58編9節には「なめくじのように溶け」という一文があり、同箇所は口語訳で「溶けてどろどろになるかたつむりのように」となっている(ちなみに翻訳により節番号は微妙に違う)。文語訳だと「蝸牛(かたつぶり)」。新改訳第二版でも「かたつむり」である。フランシスコ会(原文校訂による口語訳)だと「なめくじ」。
英語聖書だと、NIVは「Like a slug」だからなめくじ派、KJVだと「As a snail which melteh.」だからカタツムリ派だ。プロテスタントリベラル派福音派あるいはカトリック問わず、統一性を感じられない。
ヘブライ語原典にあたる元気はないので、上記のことから類推するに、ここの原文は「なにかネバネバトロトロした生き物」を指していたのだと思われる。カタツムリもナメクジも同じ扱いだ。

日本では背中の貝がないだけでナメクジは忌み嫌われ、カタツムリは愛唱歌までつくってもらえたのだから、不思議なものである。

小学生のとき、グループの自由研究で、このカタツムリをテーマにしたことがあった。友人宅に集まり、カタツムリを刃物の上に這わしたり、水につけてみたりと実験をしたことを思い出す。
その中で、ナメクジと同じように塩には弱いのか? という実験があり、実際にカタツムリに塩をかけてみると、ナメクジと同じようにシオシオになっていくのであった。水分を吸われるのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
一緒に実験をしていた女子から「可哀想だよー」という声があがり、すぐに水洗いをして飼育ケースに戻した。

まだカタツムリが「可愛らしい虫」であった頃の思い出である。ナメクジなら可哀想ではなかったのだろうか、当時、女子に聞いてみなかったことが悔やまれる。

今は駆虫されたのか、都市部ではカタツムリをみかけることも少なくなった。
カタツムリ自身は、昔からなにも変わらないのに、可愛らしい存在から、害虫扱いになってしまった。そのこと自体を、可哀想に思う。

でももう、うちのクルマのバンパーには乗らないで。お願い。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記