2017年05月17日

【日記】大胆に主の祈りを唱えましょう

キリストもんの定型の祈りとして「主の祈り」というものがある。古い言い方だと「主祷文」だ。
これはマタイ福音書6:9-13とルカ11:2-4で、イエス自身が使徒はじめ弟子たちに教えた祈りであり、微妙な差異を持ちながらも、各教派で同じような祈りを唱えている。

クリスチャンでなくとも、最初の方は言えるかもしれない。「天にまします我らの父よ云々」というあれだ。なお、エクセルシオールカフェは出てこない。

上記で始まる祈祷文はプロテスタント1880年訳のもので、カトリック教会の場合は、2000年に日本聖公会と共通口語訳を決め、ミサでは下記のものを用いている。

天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国がきますように。み心が天に行われるとおり、地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。


その昔、一人の孤独な聖書読みであったわたしは、どの教派の教会に行こうかどうか迷っていたとき、この基本的な「主の祈り」すら統一されていないということを知り、びっくりしたのであった。
まあ、日本語では統一されていなくとも、これくらいはラテン語で「パーテル、ノステル、クイ、エス、インチェリス……」と言えるのがガチクリスチャンではある。

さて、カトリック教会のミサでは、この「主の祈り」を唱える(歌う)前に、司祭が「祈りへの招き」を述べる。

司祭「主の教えを守り、みことばに従い、つつしんで主の祈りを唱えましょう」
会衆「天におられる、わたしたちの父よ……」


というわけだ。
この司祭の「つつしんで」の部分が、ラテン語ミサの原文では「大胆に」だと聞いたことがある。本当は「大胆に主の祈りを唱えましょう」なのだ。
それがなぜ日本語訳になったとき「つつしんで」になってしまったのか。民族性や、日本人独特の神学の影響を思うと、いろいろと興味深い。

「大胆」というと思い出すのは、パウロの宣教である。使徒パウロは実に大胆な男であった。

パウロは会堂に入って、三か月間、神の国のことについて大胆に論じ、人々を説得しようとした。(使徒言行録 19:8)

わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。(エフェソの信徒への手紙 3:12)

また、わたしが適切な言葉を用いて話し、福音の神秘を大胆に示すことができるように、わたしのためにも祈ってください。(エフェソの信徒への手紙 6:19)

わたしはこの福音の使者として鎖につながれていますが、それでも、語るべきことは大胆に話せるように、祈ってください。(エフェソの信徒への手紙 6:20)


なんかエフェソ書ばかりになってしまったが、同書はパウロが牢獄から送った手紙である(が、真性パウロ書簡かどうかは議論が残っている)。なんとまあ、牢獄からでも大胆な男であることよ聖パウロ。

「大胆」に対する行動としては「慎重」であろうか。よく「警察は慎重に捜査を進めている」と発表されるが、たまにはパウロのように、「大胆に捜査を進めて」みたらどうだろう。

「○○議員の汚職疑惑について、特別捜査部は大胆に調査を進めています」

とても頼もしいではないか。なんとなく、すぐに事件が解決しそうである(笑)。

プロテスタントの方で、聖母マリアへの祈りは唱えたくないが、ロザリオは使いたいので、主の祈りで珠を繰る、という方がいらっしゃる。いや正直、すごいと思う。飽きませんか?(ぉぃ)
正統的なカトリックのロザリオの祈りは、「使徒信条」「主の祈り」「アヴェ・マリアの祈り」「栄唱」の組み合わせで唱えられる。
その中のメイン部で、一環で50回も唱えるのは「アヴェ・マリアの祈り」なのだが、これは主の祈りより短く、続けて唱え続けることが容易なリズムでできている(特にラテン語原文では)。
これを主の祈りで代用するのは、ちょっと苦行である。

いやしかし! その大胆さは見習わなければならない。

わたしは一人で聖書を読んでいた成人洗礼組なので、行こうと思えば、家から五分の「日本基督教団」のプロテスタント教会へ通うこともできた。しかし、実際に選んだのは(主がわたしを配置したのは)、家から一時間かかるカトリック教会の方であった。
初めてカトリック教会に行ったとき、わたしたち夫婦は、なぜか「プロテスタント教会所属の夫婦が交流にきた」と間違われた。
なんか、大胆だったのだろうか?(笑)

そういった経緯は、またの機会があればということで。
それでは、クリスチャンのみなさん。今週主日も、大胆に主の祈りを唱えましょう!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記