2017年05月18日

【日記】踊り場マンガ

「結城センセーは下ネタ駄目なんですよね」と言われることがあるが、結城恭介として書くときは下ネタを好んで書かないだけで、コモン・センスとして、流行どころは押さえておきたいと思っている。
第一、ずいぶん昔はアダルトゲームをよく遊んでいたことは、旧「深夜のお茶会」のお客さまならご存知なことだし、また、そういうジャンルの制作に関わったこともあった(内緒)。

今はアダルトゲームには疎くなったが、たとえばいわゆるアダルトマンガ雑誌。これらはもう、マンガ文化の一翼を担っているので、無視できるものではないと思っている。
ワニマガジン vs コアマガジン vs ジーオーティの話とか、書店売りとコンビニ売りの違いとかは、現代マンガ読みの常識的知識として知っておくべきではないだろうか。

もう古いマンガになってしまうが、なにかその手の事件があったりすると話題になる、クジラックス先生の「ろりともだち」は、「クライム・ロード・ムービー」ジャンルのマンガとして、本当に優れていた。内容が公序良俗に反しているからといって、その作品すべてが否定されるわけではない。ましてや、ネットで作者の人格をどうこう言うのは、ナンセンスで愚かな行為である。


(クジラックス「ろりとぼくらの。」より引用。救いのない話だが、凡百のアダルトマンガの中で、どのような意味であっても、読者に記憶を残す佳作であることは間違いない)

とはいえ、わたしはスイーツで甘々な話が好きなので、そういうストーリーが多いマンガ家さんが好きだ。お気に入りは、ReDrop先生、鬼束直先生、尾野けぬじ先生、環々唯先生、岸里さとし先生、くどうひさし先生、しらんたかし先生、久川ちん先生、美矢火先生、ぽんこつワークス先生、けろりん先生etc. etc……。

で、わたしは、いわゆるアダルトマンガ雑誌の中にある、「その雑誌の良心的な(笑)<}ンガ」がわりと好きだったりする。そういうマンガを「踊り場的なマンガ」と呼ぶ表現を読んだことがあるので、業界用語ではそうなのかと検索してみたが、特に引っかかりはしなかった。しかし、「踊り場マンガ」とは言い得て妙である。本格的なアダルトマンガの間に載せられる、ちょっとホッと息継ぎできるマンガの意であろうか。

今で言えば――

「コミックアンスリウム」ならクール教信者先生の「ぱらのいあけーじ」。
「コミック快楽天」なら櫻井エネルギー先生の短編。
「コミックLO」ならうさくん先生の「マコちゃん絵日記」。
「コミックメガストアα」なら古賀亮一先生の「ゲノム」。玄鉄絢先生の「イイタさんペイロード」。(この二作品は以前からの掲載誌を変わっているが……)。
「コミックゼロス」なら縁山先生の短編(最終回を迎えてしまったとのこと。残念)。


こういうラインナップが好きだ、と言えば、好事家の方なら「ああ、なるほどね」とわかってくださると思う。
要するに、アダルトマンガ雑誌の中にあって、アダルト要素のほとんどない、ホッとする、その雑誌の「ウチはアダルトばっかりじゃないんだよ」という控えめな意思が見えるマンガばかりである。

新聞でいう、社会面の四コママンガのような存在である。殺伐とした記事の中でホッとできるような、そんなコーナーが「踊り場マンガ」というわけだ。

わたしの友人にも、やはりこういう「踊り場マンガ」ばかり集めているタイプがいるので、同じ嗜好を持った方はわたしだけではないようだ。

アダルトジャンルのメディアの話になると、その悪影響を受けて実際に犯罪に走る者がいる、あるいはそんな者はいない。煽っている、抑止力になる。という議論があるが、ことはそんなに単純ではないだろう。悪影響を受けない者はいない、と断言することはできないし、みなが犯罪に走ることも常識的に考えてあり得ない。

むしろ日本は、とてもゾーニングが甘いことが問題だ、とわたしは思っている。コンビニ売りのアダルト雑誌にはもうしわけないが、売り上げが落ちても、やはりアダルト雑誌はコンビニに並べるべきではない。
一般書籍店であっても成年ゾーンを設けて、子どもは入れないようにしてそこで販売するのが良いと思われる。

このあたり、勘違いする人も多いのだが、日本は大人に甘いのではなく、子どもに甘いのである。子どもには「ここはおまえらの世界ではないよ!」と厳しくしつけなければならない時期があるのだ。

インターネット黎明期から、わたしは「インターネットを子どもに使わせるな」という主張をしていた。逆に言えば、「インターネットを使っている人間は全員大人扱いしてよし」ということである。なにかあったとき「子どもだから許してやって」という言い訳を聞いてやるな、ということである。

「これは大人の楽しみ。子どもは手を出してはいけない」というのは、成熟した社会のみが持ちうる感覚である。
今の日本は、大人が幼形成熟している。みなが子どもである。いい大人が、自分より二回りも三回りも歳下のステージ上のアイドルに熱を上げるというのは(個人の趣味趣向をどうこういいたくはないが)、気持ちが若いというより、心が成熟していないと思えてならない。

いやいや、そんな風に感じるのは、わたしがいくつもの病気や、息子の死を通して、心の歳を取り過ぎたひがみなのだろう。きっと。

ちなみにわたしは、「深夜のお茶会・いまさら」や、この「いまさら日記」を、特に排除はしていないが、子どもが読むことは想定していない。これはウェブサイトを始めた当初からそうである。

話を元に戻して「踊り場マンガ」。アダルトマンガという縛りがある雑誌の中で、アダルト色を抜かし、なおかつ面白いマンガを書き続けるというのは、むしろアダルトマンガ連載陣より難しいことなのかもしれない、とも思う。
みなさん、才能ある方々ばかりである。これからも楽しい「踊り場マンガ」をお描きくださることを祈って。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記