2017年05月22日

【回想録】美佐子さんの思い出

と言っても、実在の人物ではない。
彼女はインターネット黎明期に、A君の理想の女性として、彼の個人サイト上で紹介されていた。架空の人物である。

A君、と書いたが、わたしは彼をネット上でしか知らない。彼もわたしのことなど知らないだろう。
A君というのは、イニシャルでもハンドルでもない。サイト上で彼は、実名かハンドルで名乗っていたはずだが、そちらはもう、忘れてしまったので、失礼ながら本稿ではA君とお呼びすることをお許しいただきたく。サイト作成時、彼はハイティーンくらいだったと思う

彼のサイトは、一部の者にはわりと知られていた。わたしもけっこう、楽しんで読んでいた覚えがある。
その多くは、A君と、架空の理想の女性である美佐子さんのラブラブな話で占められていた。美佐子さんの名は、女優の田中美佐子さんから取られていた。これは確かに記憶に残っている。

そして、彼の話には、なんとも男のツボを押さえたラブラブなストーリーや設定が多かったのである。A君にはそういう才能があった。

2ちゃんねるの独身男性板には、その昔「彼女ができたらしたいこと」というスレがあり、そこにはセクシャルなことよりも、もっと日常にありふれた男女の優しい機微やシチュエーションが良く書かれていた。

A君のサイトは、2ちゃんのそれより前に、そういった「カップルのさりげない日常」を描いたもので、読んでいて、多少、気恥ずかしくなることはあるにしても、微笑ましく、優しい気持ちになり、誰でも、あこがれの異性像を頭に浮かべていろいろと思いを馳せる、そういう時期はあるなあ、と思ったものだった。

ただ、彼のサイトには、弱点もあった、そういうラブラブ譚につけられていた、彼が描いたイラストが、お世辞にも上手いとは言いがたく、ヘタウマではあったが、ストーリーとの落差が大きかったのである。

まだインターネット黎明期である。そんな時代だから、ウェブサイトを作ろうなどという人はたいてい他の一芸にも秀でていて、それを見てもらおう、という意欲に溢れている人ばかりだった。当然、イラストを載せる人は皆上手い。
そんな中で、彼の描く美佐子さんは、一生懸命描いているな、ということは伝わってくるのだが、けっして美少女イラストのような出来映えではなく、むしろイラストはないほうが良いような……という感じではあったのだ。

このサイトに転機が訪れたのは、他の有名サイトから名指しで「童貞の妄想が描かれたページ」というような揶揄をされてからだ。
その有名サイトは、インターネット黎明期とはいえ良く読まれていたので(といいつつ、そのサイトの方をわたしは思い出せないのだが)、A君のサイトは一挙に注目を集めることとなり、イラストとの落差も相まって、だいぶ中傷されることになってしまった。

A君は傷ついただろう。サイト上で反論もしていたような覚えもあるが、そのうち、サイトは閉じられてしまった。

わたしはA君のサイトのいちファンというだけで、交流もなかった。だから当時も経緯も見守るだけで、なにもできずにいた。
あのとき勇気をだして、A君に「わたしはあなたの美佐子さんのお話が好きですよ。中傷に負けずガンバレ!」とメールしなかったことを、今でも悔いている。

この記事は、インターネット黎明期の思い出を書こうと決めたときから、いつか書こうと思っていた。
A君のハンドルも、サイトの名前も忘れてしまった。覚えている人もそう多くないだろう、日本のインターネット黎明期中の黎明期の話である。テレホーダイすらあったかどうかの頃だ。当時のログはCD-Rに焼いたかもしれないが、もうそれは読み出せなくなってしまった。

それでもA君に伝えたい。あなたが生み出して、ネット上で紹介してくれた美佐子さんは、わたしの頭の中に、一人の素敵な女性像として、今も残っていますよ、と。

A君が今でもどこかで、元気でお過ごしになられていることを祈る。意外と、美佐子さん似の素敵な奥様がいらっしゃって、暖かい家庭を築いておられるかも、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録