2017年06月10日

【日記】同じ映画を何回も観る人

春になってから、変動はあるものの体調が良く、劇場で映画を良く観られる元気が出ているのが嬉しい。
病気で状態が悪かった頃は、劇場どころか家を出ることさえままならず、数ヶ月間、週に一回の教会と、集積場への可燃ゴミ出し、それと通院でしか家を出られなかった。

そんなこんなで、このところ、観たい洋画はだいたい劇場で観られているのだが、フツーの映画好きのわたしは、2ちゃんねるの映画板などを読んで、鑑賞後の皆さんの意見などを聞き、なるほどなあと思ったり、そんな見方があるのか、と感心したりしているのである。

その中でも凄いなあ、と思うのは、同じ映画を、二度、三度、いや四度、五度と観る方がいらっしゃることである。揶揄でも茶化しでもなく、本心から「凄いなあ」「映画好きなんだなぁ」と尊敬してしまう。

わたしは吝嗇家なので、観て、気に入った映画があっても、パンフを買うくらいで、劇場で再びお金を払って観ようとは思わないタチ。
いや、その昔はできたのである。シネコン形式ではなく、一度劇場に入れば、ずっと中にいられた時代は、同じ映画を続けてもう一回観るなどということができた。その頃は、スターウォーズとか、マトリックスとかを続けて観たものだった。

しかも昔は、二本併映が普通だったし、料金も今ほど高くなかった。
今は通常、大人一人で1,800円。それで一本だけ鑑賞で、一回観たら即退場である。昔を知っていると「とても高くなったなぁ」と嘆息だ。
カップルで入って、パンフも買ったら、ヘタしたら、後から出てくるDVDを買うのとそう変わらない額になってしまうのではないだろうか。
「映画は本当に高くなったよ」と、映画好きの父とわたしはよく嘆くのである。父はもうシニア割引が効くし、わたしも細君と行けば夫婦50割が使える年齢だが、それでも、高くなった、という印象は否めないのであった。

こんな時代に、同じ映画を何度も劇場で観る、という方は、本当に映画好きなのだな。
映画業界はこういう方のために、リピート割とかを作ってもよいと思う。前回の半券があれば、同じ映画を1,100円で観られる、とかね。

でも、リピート割がもしあっても、わたしはやっぱり、同じ映画を劇場で観ないと思う(苦笑)。それはそういうタチなので仕方ない。

なにしろ、書いていて気づいたのだが、気に入った映画をDVDで買っても、何回も観たりはしないのである。
LDの頃から何十回となく観ているのは「コヤニスカッティ」と「2001年宇宙の旅」くらい。この二本は疲れているときに流すと良い。
十数回なら「マトリックス」と「ザ・ロック」、それに「恋はデジャ・ブ」。これは観た後に元気が出る。
あとは気分が乾いているときに「イレイザーヘッド」。さらに気分が滅入りそうだが、不思議と観てしまう。たぶん、若い頃に本作を東京へ観にいったときの色々な思い出が、多少なりとも心を強くしてくれるから。

細君とのデートも、初期はたいてい、映画だった。当初は細君と自分の分、二冊のパンフレットを買っていた。そのうち「いつかは一緒になるんだから」と一冊にしたのは、プロポーズ前だったか、後だったか。「もったいないから」と言い出したのは、たぶん細君の側からである。

女性は細君一筋の人生なのに、映画は「同じお金を払うなら別のを観たいな」と思ってしまうタチの自分。
ほんと、人間てのはいろいろだなぁ、と思う。いろいろだから素晴らしい。「見よ、それは極めて良かった(創世記1:31)」である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年06月09日

【日記】半永久的

CD-Rドライブを入れたのは、早い方だったと思う。定評のあるYAMAHAのCRW4260tx。SCSI接続の製品だった。

当時、CDを自分で焼ける、というのは、PCユーザー皆の夢であった。CD-ROMドライブはほぼ100パーセント普及し、MOもけっこう持っている人が多かったが、やはり、「半永久的にデータを残せる」(という惹句の)CD-Rというものは夢のデバイスだったのだ。
音楽CDプレイヤーで、自分が焼いたCD-Rを再生できる、というのも大きかった。まだシリコンプレイヤーが出始める前である。車載のオーディオが、カセットから、やっと「フツーCDでしょ」と言われる時代になった頃だ。
わたしは10連装のCDプレイヤーを車載していたので、自分がCD-Rで焼いた音楽CDがクルマで再生できるのが、ことのほか嬉しかった。

さて、そのCD-Rだが、10年ほど前から、読めないものが増えてきたのである。どころか、当時焼いたものでまともに読めるものの方が少ない、という事態になってきてしまった。
CD-Rが出始めた当初は、確かに「半永久的」という言葉が使われていたと思う。
当時でも、安物のメディアは良くない、とは言われていた。ただ、「焼き失敗」はあっても、太陽誘電などの名の知れたメーカーのメディアならば、保存状態が良ければ「半永久的」じゃないかな? ぐらいの楽観視はあったのである。
ところが現実は、太陽誘電の良いメディアを使って、綺麗に焼き(当時、焼き方もけっこう流儀があった)、保存状態も低湿低温暗所に置いておいたディスクが読めなくなっている。
表に油性マジックでデータ名を書いたところなどが透明に抜けてしまって、ひと目で「こりゃもうダメだなあ」とわかるようなものも多い。油性マジックでデータ名など書かず、ただ付箋を貼るだけにしておいた方がまだましだったかも。
こうなるとわかっていたら、定期的にHDDに移してバックアップしなおしておくべきだった、というデータも少なくなく、少なからずショックである。

わたしが子どもの頃は「半永久的」というのは、実に魅力的な言葉であった。それは、数年でダメになるメディアが多かったからである。
レコードは再生するたびに原理的に音が劣化するし、カセットテープも録再ヘッドは確実に削れていく。両者とも熱に弱く、レコードは傷をつけないよう丁寧に扱わねばならなかったし、カセットは機構に巻き込んでしまったら悲惨だった。

「半永久的」という言葉を、もう少しわかりやすく捉えれば「その人の人生の中で変わらず使えるくらいの耐久性」なのだろう。
CD-Rの実際は長く保って20年くらいだそうである。30歳の自分は、50歳の自分を想像できなかった。そういう意味では確かに「半永久的」だが、実際に50を越えてみると、冗談じゃない、なのである。

わたしが一番最初期に買ったCDは「オーディオチェックCD」「シンセサイザーによる四季」だったが、これはまだ問題なく聞ける。CDは「半永久的」と言っても大丈夫そうだ。今のところ。
LDは発売当初からしばらくは「半永久的」と言われていたが、やがて「メディアが錆びる」と言われ、確かに画像にノイズが乗るようになってしまった。これは「半永久的」ではなかった。それ以前に再生機がなくなってしまったのだから、もう笑い事ではない。

ビデオカセットが普及した頃、アイドル番組を録り溜めて「老後の楽しみにするんだ」と言っていた友人がいた。今となっては再生機がない。なんとも、彼のお宝がどうなったのかはわからない。

こういう経験をしてきたので、DVD-Rにもデータを残しておこうとは思わない。これから先、どんなに容量の大きなレーザー系デバイス、メディアが出てきても、データの保存には使おうとは思わないだろう。

結局のところ、一番古いデータはHDDをリレーしてきたものである。HDDをダメにした経験はそれはたくさんあるが、HDDがそういうメディアであることは承知しているからバックアップも取っているため、それからリカバーできることも多く、助かる率が高いのだ。

HDDもどんどん規格やフォーマットが変わっていくので、やはりコピーして乗り継いでいくのが正解のようである。

コンピュータ系メディアの中で、一番保存性が高いのはMOだと聞いたことがある。MOは磁気で記録し、レーザーで読む。MOが完全に普及する前にCD-Rが出て一般化してしまったのは、人類にとって不幸だったかもしれない。

わたしの一番身近で、かつ、完全に半永久的だと保証できるのは、わたしの脳である。人間の体というものは動的平衡を保ち、数年ですべての分子が入れ替わるそうだが、わたしの脳は最古のデータとして、半世紀前ほどのそれを保つことができている。

もっとも、こいつはデータの取捨にムラがあるのと、変質するのがやっかいだ。
このブログを始めた頃に書いたとおり、実際に活発に思い出せるのは10年ほどの容量しかなく、あとはFIFO(First In First Out)で適当に消去されてしまっているようである。

ああ、あとは紙に万年筆で書いた日記があるか。ずいぶん前に書いた日記を読むと、まるで自分が書いたものとは思えず、他人の生活史を覗いているようでびっくりしたり。ちなみに、わたしは日記に思ったこと、感じたことは書かない(要するに業務日誌みたいなもの)なので、再読しても気恥ずかしさなどは起こらない。

半ば本気で思っているのであるが、我々人類の歴史もいつなにが起こって終わってしまうかわからないので、是非とも月の内側(地球を向いている側)に、なにかモニュメントを設置しておくべきではないだろうか(外側だと、隕石などで破壊される可能性が高いため)。

今の世界は、もう月には興味がなく、行くなら火星という雰囲気だが、もっと調査してみたら、月には先史文明からのメッセージなどが残っているのではないか、などと思ったりする。


(原作:J・P・ホーガン/漫画:星野之宣「星を継ぐもの」1巻より、月面での異星人遺体発見シーン。本当はエウレカセブンのエンドシーンを貼りたかったのだが、マンガ版はアニメ版と違って、月に大きなハートマークではないのですな……)。

なんにせよ、人生の半分をすぎて「半永久的」という言葉は信用できない、という真実を知ったわたしである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年06月08日

【日記】「土の家」健在なり

復活節も半ばを過ぎた主日の午後、甘い物好きとしては押さえておきたい「シロノワール」を食べに、細君と一緒に、少し離れたところにある「コメダ珈琲店」へ。

もう少し近かったら頻繁に立ち寄れるのだが、クルマでないと行けないショッピングセンター敷地内にあるので、たまの贅沢である。

というわけで、「シロノワール」と「キャラノワール」を注文。うん、美味い。



細君と「このあたりもずいぶん変わったね」と話しているうちに、ここが、その昔噂になった「土の家」のすぐ近くであることを思い出した。

「土の家」とは、2011年に「ドリームハウス」というテレビ番組で、放送された番組で建てられた注文住宅である。
「ドリームハウス」公式のウェブサイトで、当時の放送を振り返ることができる。これがそのURL

施工主のTさん夫妻は、建築家・山下保博氏の作品がお好きであり、同氏の建てたユニークな家に住みたい、というのがご希望であったとのこと。
そこで山下氏は土の日干しブロックを使って作るという、コンパクトな「勾玉型デザインの家」を設計し、建築。完成したのであった。

ところが当時は、この家のあまりのミニマムさと、それを土の日干しブロックで作るという建築方法にネット中が衝撃を受け、口さがない意見としては「狭っ」「公衆トイレじゃん」「鳥葬のベッド」「地震ですぐ壊れそう」などと、陰口讒言が絶えなかったのである。

上記の公式ウェブではなく、Googleで「土の家」で検索してみれば、当時、この番組を見ていたネット民の衝撃が伝わると思う。

わたし個人としては、けっこうミニマムな暮らしが好きなこともあって、「言われているほどひどくはないのでは。むしろ憧れるなあ」と思っていたものだった。
もちろん、広角レンズによる映像マジックは重々承知しているので、実際に居住したら本当に狭いのだろうが、多くの人が陥りがちな、不必要なものに溢れて過ごす生活よりも、必要なものだけに囲まれて過ごすという、この施工主のご夫婦のライフスタイルに共感するところは多々あったのである。

あれから六年。T氏邸は「あまりの住みにくさにすぐ売られた」とか「落書きされている」とか「荒れている」とかの噂が絶えず、掲示板にはそういう画像も貼られていたりした。

コメダ珈琲で一服したあと、細君と野次馬心を出して、ちょっとその「土の家」を拝見してくるか、と、足を向けた。なにしろ、このコメダ珈琲から徒歩数分のところに、その「土の家」はあるのである。


(クリックで拡大可能。なお、公共の路上から建築物の撮影をすることは著作権法第46条により居住者の許可を得ずとも合法である。しかし表札は個人情報であるため、モザイクをかけさせていただいた)

「土の家」は健在だった。寂れたところなどまったくない。もちろん、拝見したのは路上からの外側だけだが、とても美しいたたずまいである。プランターなども飾ってあり、居住者の心が庭の細部まで行き届いているのがわかる。日々の生活を愛する人が住んでいる息吹がする。
そして表札にも、きちんとT氏の名前が記されている。売却も、引っ越しもされていないということだろう。

今もネットで流れている「売られた」「寂れている」「落書きされている」などというのは、全部、無責任な噂、面白半分につくられたコラージュであった。

この邸宅にお住まいのT夫妻は、あまり騒がれるのがお好きではないのだろう(そりゃ、好きな人がいるわけがない)。ネットでの反論なども一切なさっていらっしゃらないようだ。
この記事もお節介かとは思ったが、あまり無責任な噂や面白半分のコラが真実として流布されるのは、ネットの信憑性の価値を裏打ちできなくなってしまうきらいがあると思い、真実をひとつ、伝えることにした。

現実にお宅を(外側からでも)拝見すると、確かにミニマムである。しかし前記の通り、この居住地は歩いて数分のところに大きなショッピングセンターがあり、モノをため込んでおく必要がないのだ。
正直、生活に一定のテンションをお持ちの方でないと、この家には住めないとは感じた。しかし、モノに溢れ、モノの洪水の中でアップアップしながら生きているわたしは、この小さな家に、憧憬を禁じ得ない。

「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」という西村ひろゆきさんの名言もある。

しかし、「それはうそだ」というリソースがひとつもなければ、ネットではうそが真実として定着してしまいがちなパワーがないとは言えない。特にそれが面白半分であればあるほど。

この「土の家」に関して、当時騒いだあなたは、今、どちらの側であっただったろうか?
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年06月07日

【映画評】ラプチャー――破裂――

 いやぁ、いいなぁ。こういう、公開直後なのに、2ちゃんの映画板でスレすら立たない映画って(笑)。

 というわけで、わたしの住む地方都市では、興業的にあまり稼げない名画系や、B級映画ばかりをラインナップにしている劇場のみで上映の始まった「ラプチャー――破裂――」を鑑賞。

 蜘蛛嫌いのシングルマザーが蜘蛛攻めにあう映画、というところまではトレーラーで十分わかるので、まあそういう映画、ということで。
 ちなみに日本の病院ジャーゴンには、血管が破裂する「ラプる」という言葉があり、もろ、この「ラプチャー」からきている。

 以下、ネタバレ含むので、枠内は文字色をバックグラウンド色と同じにしておく。お読みになりたい方は反転でヨロ。

 蜘蛛嫌いのシングルマザーが謎の組織に誘拐される。その組織は多くの人間を誘拐しては、その者が「恐怖を感じること」を体験させている。
 その理由は、「適性を持つ人間に、死を越える恐怖を与えることにより、特殊な遺伝子に急激な変化を与え、新人類へと進化させること」。その組織自体が、彼ら新人類たちによって構成され、仲間を増やそうとしていたのだ。
 いろいろあって、ヒロインも蜘蛛攻めによって新人類にラプっちゃう(ここが最大のネタバレね)。
 組織は次のターゲットに、ヒロインの血を引く彼女の息子を選択。新人類化しているヒロインは、それでも息子を逃がすのだが、きっとやがておそらくは……。で、ジ・エンド。


 まあ、大した内容ではないですな(笑)。数年後に午後ローの「恐怖の昆虫ウィーク」とかで流されそうだ。
 まあ、テレビ放映ならば、時間分は損しませんよ、という評価ということで。

 で、なぜそういう映画で一文書いているかというと、評と言うより、蜘蛛の思い出話と細君が嫌いな昆虫の話でも、と。【映画評】より【回想録】カテの方が良かったかな。まあ、わたしが普通の映画評を書いてもつまらないでしょう。

 あれは書斎がまだ古い頃だったから、三十年以上も前の話。深夜、古いオアシスで原稿を書いていると、壁に這うものがいた。げぇ、蜘蛛である。
 わたしは蜘蛛がそれほど苦手というわけではない。かといって、素手で掴めるほど平気というわけでもない。
 そこで、常備してあるハエタタキを取り出して、じりじりと目標に近づき、パチーンとやったわけだ。
 標的の破壊に成功。敵、完全に沈黙――しなかった! なんとその蜘蛛、子蜘蛛を背負った雌蜘蛛だったのである。
「蜘蛛の子を散らす」という慣用句があるが、わたしはそのとき、その言葉の意味を現実に味わった。部屋中にザーッと這い散っていく小さな子蜘蛛たち。サーッと青ざめるわたしの顔。
 迷う余裕はなかった。深夜だが仕方ない。掃除機を取り出してとにかく吸い取る、吸い取る。
 当時はまだ、掃除機は紙フィルターではなかった。もう半泣きになりながら、殺虫剤を掃除機ホースに突っ込んで噴射。ホースの出口をガムテで封印し、翌日、軍手と作業服を着て掃除機を野外に持ち出して、布バッグの中身を掃除。このあたりの記憶はあまりない。
 もう、こめかみの血管がラプっちゃうほどの体験であった。

 が、このヒロインのように新人類にはならなかった。いちお、朝日ジャーナルで「新人類」とは言われていたんだけどね(笑)。
 それほど蜘蛛に恐怖はなかったということでしょう。


 二つ目。細君は、まあ普通の女性がそうであるように、昆虫一般が苦手であるが、特に嫌い、滅ぼしたいというくらいに「蚊」を憎んでいる。
 蚊に刺されるのが嫌で、真夏でも長袖、足までぴっちりのパンツ姿というのも珍しくない。部屋に一匹の蚊でも紛れ込んだら大騒ぎである。
 わたしだって、蚊は人並みに嫌いだし、刺されてかゆい思いをするのはまっぴらだが、細君ほど憎んではいない。聞けば刺す蚊は雌だけというし、叩いてしまったときは、失われた小さな命に「ごめんね」と謝ったりしてしまう。

 そんなわたしが、もし億万長者になったときの夢は、研究室で無菌の蚊を繁殖させて、細君が入浴中に風呂場にバーッとそれを解き放つことである(ひでぇ)。
 そして「俺のことを好きだと言ったら蚊取り線香を焚いてやるよ」と、一言、言うのである。ふっふふ。好きだと言えー。
 という妄想を細君に話したら、そんなあなたは大嫌いだ、そんなことをするなら絶対に好きなんて言ったりしないと、こめかみの血管ラプりそうな顔で吐き捨てられた。ムッキー! もう絶対、億万長者になったらやってやる。
 宝くじ、当たらないかなぁ……。

 しかしこの映画のロジックだと、きっとそれをやったら、細君はDNAがラプってしまって新人類になってしまうに違いない。うわ引くわー。


 というところで、レンタルビデオで見つけるか、テレビ放映でもあったら見てくださいな。「ラプチャー――破裂――」。
 ちなみに出てくる蜘蛛は、日本ではあまり見かけない、足が太く短く、毛の生えた蜘蛛である。そのせいか、わたしはそれほど恐怖を感じなかった。あれが足が細くて長い日本の蜘蛛だったら、嫌がるヒロインにもっと感情移入できたと思う。
 このあたりの蜘蛛に対する感覚は、西洋と日本とでは違うかもしれないな、と思ったりも。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評

2017年06月06日

【日記】ブリューゲル「バベルの塔」展

 世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。
 東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。
 彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。
 彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。
 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
 こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。(旧約聖書「創世記」第11章1-9節)


 というわけで、ミュシャ展はもう終わってしまったので、それに絡む思い出話はまた今度にして、本記事は、まだ7月2日まで会期が残っている、上野は東京都美術館で開かれている『ブリューゲル「バベルの塔」展』に細君と行ってきたお話。

 さて、上記の囲みが「旧約聖書」に書かれた「バベルの塔」についての全文である。おそらく、多くの方が勘違いなさっていたのではないだろうか。
 神は決して、人が天まで届く塔≠建てようとしたことに怒ったわけではない。そしてその塔を、怒りの雷で破壊したわけでもない。
 やったのは「言語を混乱させた」ことである。バベルの塔は、人間の言語が多種多様に分派分裂していったので、意志の疎通ができずに建設が断念されたのだ。

 そんな「バベルの塔」を描いた有名なブリューゲルのこの絵を「聖霊降臨の主日」直前に見られたことを幸せに思う(イエス復活後の五旬祭の日に使徒や弟子たちに聖霊が満ち、多種多様な人種の人々の意志の疎通ができたことを「聖霊降臨」と呼び、教会では「聖霊降臨の主日」、別名「ペンテコステ」と呼んで祝っている)。

 ブリューゲルの「バベルの塔」には二種類あり、ひとつは1563年に描かれた、ニムロド王の一行が左下にいるバージョン大バベル=B



 もうひとつが、1568年頃に制作された小バベル≠ナある。



 美術史的には小バベル≠フ方が評価されているという事だが、わたしはなんとなく、子どもの頃から複製本などで見慣れてきた大バベル≠フ方が好きだ。
 が、今回、展示されたのは、この小バベル≠フ方である。



 実は当日、午前中は六本木の国立新美術館で「ミュシャ展」。昼にサントリー美術館で「神の宝の玉手箱」展とハシゴしてきて、けっこうクタクタであった。なのでまずは甘いものを補給。
 美術館併設カフェに「バベルの塔展コラボメニュー」があったので、迷わずそれを注文。





 トッピングにレンガ色ということでイチゴや、雲のミントが乗っていても良かったんじゃないかなー、などと細君とおしゃべりしながら、美味しくいただきました。

 そして展示会へと。目的は「バベルの塔」だが、それにいたるまでのネーデルランド美術品の数々が実に素晴らしい。最初、この展示会の図録はどうしようかと迷っていたが、すぐに購入を決めたくらい。

 そしてたどりついた本物の小バベル=B人の集まりの中に展示されているそれは、実に小さかった! この一言につきる。大きさは59.9センチ×74.6センチである。購入した図録に「実物大ポスター」が入っているのだが、広げれば、小さなテーブルに十分乗ってしまう大きさなのだ。
 そしてそこに、微細に細密に筆が乗せられている。これからご覧になろうという方は、ぜひともオペラグラスなどをお持ちになっていかれることをお勧めする。

 もちろん、触れられる距離に人が入れないよう、壇は設えられているが、特にガラスケースなどに入れられることもなく、自らの目でこの小バベル≠フ本物が見られたのはまさしく眼福であった。

 芸術こそが、言語を越え感動を人々に伝えてくる「バベルの塔」そのものなのではないか? などと、ふと思ったりもした。

 他にも、カトリック系の美術作品などが見られて実に興味深い展示会であった。細君の洗礼名の聖人画がわりと多かったのも嬉しい。
 展示会を出たところにある、公式おみやげ物コーナーにその聖人の複製画があったので、これは買っておかなければあとで後悔する、と、即決でバスケットに入れてしまった。
 ほかにも、「創造主になった気持ちで、お召し上がりください」と謳った「バベルの塔展公式手作りシフォン」なんてのも。



 甘いもの好きとして食指は動いたが、ちょっと自宅まで持ち帰るのが大変そうだったので、これは断念。



 図録もフルカラーのハードカバー仕様。実に豪華で中身も充実している。しばらく楽しめそうだ。上に乗っているのはメッセージカードとバベルの塔キャラメル。と言ってもバベルの塔は箱だけで、中身は普通のキャラメルである。

小バベル≠フ複製画も、七万にいかない額で予約受付中であった。どこぞのエウリアンとくらべたら実に良心価格である。

 あと、『ブリューゲル「バベルの塔」展』の公式おみやげ物コーナーではなく、東京都美術館のほうのおみやげ物コーナーで、「バベルの塔」ブックカバーを販売していた。これはすでに販売終了しているグッズセット前売り券Dについていたものかもしれない。買い逃して悔しい思いをしている方は、急げばまだ残っているかもしれない。

さて、『ブリューゲル「バベルの塔」展』を見たあとは、すぐに上野を後にしないで、藝大の「Study of BABEL」展へと足をお運びすることを強くお勧めしたい。
 ここでは3メートルを超えた大きさで立体化したバベルの塔を観ることができる。撮影もフラッシュをたかなければOKとのこと。





 その場で自分の顔を撮影し、自分が建築現場で働いているところが見られるなど、遊び心もいっぱいである。



 わたしはキリストもんだし、ガチカトなので、午前中の美術館のハシゴの疲れも忘れるほど、実に充実した時間を過ごせたが、宗教色を離れても、すばらしい美術品の数々だと思う。

 それにしても「ミュシャ展」と『ブリューゲル「バベルの塔」展』をハシゴして感じるのは、やはり西洋美術史とキリスト教史は切っては離せぬものなのだなぁ、ということ。
「聖クリストフォロス」の絵画を見て「ふーん、綺麗」と思うのと「おぉ、聖クリストフォロス様!」と感じるのとでは、根源的になにかが違う。世界を外側から見るか、内側から見るか、の差とでも言おうか。
 これは西洋音楽史にも言えることなのだと思うが、そういった諸々は、またいつか、別の記事で。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記