2017年06月07日

【映画評】ラプチャー――破裂――

 いやぁ、いいなぁ。こういう、公開直後なのに、2ちゃんの映画板でスレすら立たない映画って(笑)。

 というわけで、わたしの住む地方都市では、興業的にあまり稼げない名画系や、B級映画ばかりをラインナップにしている劇場のみで上映の始まった「ラプチャー――破裂――」を鑑賞。

 蜘蛛嫌いのシングルマザーが蜘蛛攻めにあう映画、というところまではトレーラーで十分わかるので、まあそういう映画、ということで。
 ちなみに日本の病院ジャーゴンには、血管が破裂する「ラプる」という言葉があり、もろ、この「ラプチャー」からきている。

 以下、ネタバレ含むので、枠内は文字色をバックグラウンド色と同じにしておく。お読みになりたい方は反転でヨロ。

 蜘蛛嫌いのシングルマザーが謎の組織に誘拐される。その組織は多くの人間を誘拐しては、その者が「恐怖を感じること」を体験させている。
 その理由は、「適性を持つ人間に、死を越える恐怖を与えることにより、特殊な遺伝子に急激な変化を与え、新人類へと進化させること」。その組織自体が、彼ら新人類たちによって構成され、仲間を増やそうとしていたのだ。
 いろいろあって、ヒロインも蜘蛛攻めによって新人類にラプっちゃう(ここが最大のネタバレね)。
 組織は次のターゲットに、ヒロインの血を引く彼女の息子を選択。新人類化しているヒロインは、それでも息子を逃がすのだが、きっとやがておそらくは……。で、ジ・エンド。


 まあ、大した内容ではないですな(笑)。数年後に午後ローの「恐怖の昆虫ウィーク」とかで流されそうだ。
 まあ、テレビ放映ならば、時間分は損しませんよ、という評価ということで。

 で、なぜそういう映画で一文書いているかというと、評と言うより、蜘蛛の思い出話と細君が嫌いな昆虫の話でも、と。【映画評】より【回想録】カテの方が良かったかな。まあ、わたしが普通の映画評を書いてもつまらないでしょう。

 あれは書斎がまだ古い頃だったから、三十年以上も前の話。深夜、古いオアシスで原稿を書いていると、壁に這うものがいた。げぇ、蜘蛛である。
 わたしは蜘蛛がそれほど苦手というわけではない。かといって、素手で掴めるほど平気というわけでもない。
 そこで、常備してあるハエタタキを取り出して、じりじりと目標に近づき、パチーンとやったわけだ。
 標的の破壊に成功。敵、完全に沈黙――しなかった! なんとその蜘蛛、子蜘蛛を背負った雌蜘蛛だったのである。
「蜘蛛の子を散らす」という慣用句があるが、わたしはそのとき、その言葉の意味を現実に味わった。部屋中にザーッと這い散っていく小さな子蜘蛛たち。サーッと青ざめるわたしの顔。
 迷う余裕はなかった。深夜だが仕方ない。掃除機を取り出してとにかく吸い取る、吸い取る。
 当時はまだ、掃除機は紙フィルターではなかった。もう半泣きになりながら、殺虫剤を掃除機ホースに突っ込んで噴射。ホースの出口をガムテで封印し、翌日、軍手と作業服を着て掃除機を野外に持ち出して、布バッグの中身を掃除。このあたりの記憶はあまりない。
 もう、こめかみの血管がラプっちゃうほどの体験であった。

 が、このヒロインのように新人類にはならなかった。いちお、朝日ジャーナルで「新人類」とは言われていたんだけどね(笑)。
 それほど蜘蛛に恐怖はなかったということでしょう。


 二つ目。細君は、まあ普通の女性がそうであるように、昆虫一般が苦手であるが、特に嫌い、滅ぼしたいというくらいに「蚊」を憎んでいる。
 蚊に刺されるのが嫌で、真夏でも長袖、足までぴっちりのパンツ姿というのも珍しくない。部屋に一匹の蚊でも紛れ込んだら大騒ぎである。
 わたしだって、蚊は人並みに嫌いだし、刺されてかゆい思いをするのはまっぴらだが、細君ほど憎んではいない。聞けば刺す蚊は雌だけというし、叩いてしまったときは、失われた小さな命に「ごめんね」と謝ったりしてしまう。

 そんなわたしが、もし億万長者になったときの夢は、研究室で無菌の蚊を繁殖させて、細君が入浴中に風呂場にバーッとそれを解き放つことである(ひでぇ)。
 そして「俺のことを好きだと言ったら蚊取り線香を焚いてやるよ」と、一言、言うのである。ふっふふ。好きだと言えー。
 という妄想を細君に話したら、そんなあなたは大嫌いだ、そんなことをするなら絶対に好きなんて言ったりしないと、こめかみの血管ラプりそうな顔で吐き捨てられた。ムッキー! もう絶対、億万長者になったらやってやる。
 宝くじ、当たらないかなぁ……。

 しかしこの映画のロジックだと、きっとそれをやったら、細君はDNAがラプってしまって新人類になってしまうに違いない。うわ引くわー。


 というところで、レンタルビデオで見つけるか、テレビ放映でもあったら見てくださいな。「ラプチャー――破裂――」。
 ちなみに出てくる蜘蛛は、日本ではあまり見かけない、足が太く短く、毛の生えた蜘蛛である。そのせいか、わたしはそれほど恐怖を感じなかった。あれが足が細くて長い日本の蜘蛛だったら、嫌がるヒロインにもっと感情移入できたと思う。
 このあたりの蜘蛛に対する感覚は、西洋と日本とでは違うかもしれないな、と思ったりも。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評