2017年06月16日

【日記】イメージ

 いくえみ綾先生原作のマンガ、「あなたのことはそれほど」がテレビドラマ化され、作中の不倫ヒロインを演じている波留さんが、あまりにドラマの「不倫妻」をうまく演じすぎていて、これまでの好印象がガタ落ちになっているという。

 わたしは原作しか読んでいないので、ヒロイン美都は品行よろしくない女性だとはもちろん感じるが、不倫相手の光軌の方が、なんとも「人間のクズ」で鼻持ちならないと感じるのは、わたしが男性だからであろうか。
 光軌を演じている俳優さんがどなたかは存じ上げないので(テレビドラマは見ていない)、波留さんだけがバッシングされるのは、なんとも不公平に感じる。それとも、ドラマのシナリオではヒロイン美都の幼児性がさらにアップして描かれているのであろうか。

 なんにしろ、役を演じている俳優さんと、その役自身が別物であるのは当然のこと。同一視されてバッシングされるのは「役者冥利」につきるのかもしれないが、迷惑なことでもあろうと思う。

 と、書きつつ、実は俳優さんではないが、自分にもこういう莫迦莫迦しい先行イメージがついてしまって、聞けなくなってしまった「曲」がある。
 それはアンドレ・ギャニオンの「めぐり遭い」「愛につつまれて」という、美しいピアノ曲である。今も、それをBGMにこれを書いている。柔らかい旋律と優しいタッチ。本当に素晴らしい曲である。
 しかし、わたしはこの曲を素直に聞けるようになるまで、けっこう時間が必要だった。

 なんとなれば、この両曲、柴門ふみ先生の「Age, 35」のテレビドラマで使われており、このドラマのストーリーは、そう、不倫ドラマだったのである(これが放映されていた時代は、細君と一緒に、けっこうテレビドラマを見ていたのだった)。
 ドラマに出てくる俳優さん、女優さんは、その役柄を演じているだけだし、嫌悪感を覚えるようなことはなかった。
 しかし、不倫のシーンで流れてくるこの二曲、「めぐり遭い」「愛につつまれて」を聞くと、条件反射的に「不倫UZeeeee!」となってしまい、美しいメロディだというのに、脳が拒否反応を起こしてしまうのである。

「不倫ぶっこいてんのに、自分に酔った美しい曲流してんじゃねーよ!」
 そんな感じ。えらい八つ当たりである。

「これは曲だ。ドラマとは関係ない。ドラマとは切り離して聞こう」とできるようになったのは、かなり経ってからだった。
 今はこうして、BGMにしながら書けるくらいだから、そういったものを乗り越えて、いい曲だと思えるようになっている。

 自分にも、こういう、どうしようもなかった条件反射的な経験があるので、今、波留さんに「不倫妻」のイメージを重ねて、根拠のないバッシングをしてしまう、という人の気持ちもわからないではない。

 波留さんご自身は、「ヒロインに共感はできないが与えられた役を演じるだけ」とおっしゃっているとのこと。ヒロインにシンパシーを持てないのに、役を自分と同一視させるほど視聴者を惑わす演技ができるというのは、役者として相当の実力があると言うことだろう。こんなバッシングが、後々、笑い話になってくれることを祈る。

 ところで「あなたのことはそれほど」の作中で、ヒロインは陶芸教室に通うようになる。「Age, 35」の「サレ妻(不倫をされた側の妻を指していう隠語)」も、陶芸教室で大学時代の同級生と遭い、自分も彼と不倫してしまうのである。
 陶芸教室には、不倫を呼ぶなにか負のオーラが満ちているのであろうか!


(いくえみ綾「あなたのことはそれほど」2巻より。陶芸教室への熱い風評被害w)

 あと「あなたのことはそれほど」のドラマで、美都の不倫を知りつつ離婚しない彼女の夫、凉太が、「冬彦さんの再来?」と言われているという。
 彼については原作中で、母の家がカトリック、父も母の死後洗礼を受けた、という描写がある。ひょーっとしたら、その影響で、息子である凉太もカトリックの洗礼を受けたという可能性があるのではないか(堅信はまだとしても)。


(いくえみ綾「あなたのことはそれほど」4巻より)


(いくえみ綾「あなたのことはそれほど」4巻より)

 ご存知の方も多いと思うが、カトリックでは離婚は許されていない。
 美都と涼太は結婚式をあげず、ハガキ一枚で友人らに結婚を伝え、そのうちお披露目会を、という過去があったことが描かれているので、式はあげなかったのだろう。涼太がもし子どもの頃に洗礼を受けていたとしても、今は敬虔な信徒ではないことは確実である。

 ただ、カトリック家庭で育った凉太が、美都の不倫を承知しつつも離婚しない、というのは、ひとつの心理的通奏低音として、そういうものもあるのかもしれないな、というような感想を持った。
 まあ、こんなのは妄想レベルの、微レ存な可能性だが。

 カトリックの離婚に関しては、実は裏技があるにはあるのだが、それはまた、今度の機会にでも。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記