2017年06月21日

【日記】自分が殺人を犯す想像力がないものが小説を書いてはいけないか

 映画「22年目の告白――わたしが殺人犯です――」は面白かった。トレーラーから「おっ、これは」と感じてはいたのだが、邦画だしなぁ(偏見)と横目に見ていると、2ちゃん映画板でかなりの評判。レスバトルも妙な粘着もなくレス数が多いというのはかなり良作の証拠。おかげでネタバレを読んでしまったが、それでも観て面白かった。

 ストーリーは、22年前の連続殺人事件の犯人が、時効後、告白本を書いて一躍マスコミの寵児となり、当時その犯人を逮捕直前まで追いつめたことがある刑事と丁々発止――というものだ。なんだか、最近、出版の方では似たような事件があったばかりであるが、映画の方は格段に面白い。
 この映画について、本記事を最初に読んだ方は幸いである。ネタバレをどこかで仕入れる前に、この映画を見ることができるかもしれないからである。マジでけっこういいですよ、この映画。
 元は韓国映画でそれのリメイクだそうだが、両方観た方によると、邦画の方がシナリオが練りこまれ良い出来になっているそうだ。
 わたしがネタバレしつつ映画評を書くよりも、2ちゃんのスレを読む方がよほど楽しいので、この記事は特に映画評とはしなかった。

 さて、タイトルの「自分が殺人を犯す想像力がないが小説を書いてはいけないか」というのは、大幅に略しているが、まあ、思い出せる方は想起できるだろう。1990年に起きた、当時の死刑囚・永山則夫氏が「日本文藝家協会」に入りたいと希望を出したときの論点のひとつである。
 もうちょっと正確には、「自分だって人を殺すかもしれないという認識や想像力のないものが小説を書いてはいけない」だったようだ。発言者は筒井康隆先生のようである。筒井先生らしいなあ。
 このときの騒動はWikipediaなどを引けばだいたいのことはわかるだろうが、もう四半世紀以上も前のことなので、知らない方も多いかもしれない。

 なので、さらりとコトのいきさつと顛末を書いておくと――

 当時、死刑囚・永山則夫氏は死刑を待つ獄中で良い文学作品を書いており、つきましては日本文藝家協会に入りたく存じます候と要望を出したところ、理事会において全員賛成とはならず入会が認められなかった。それに抗議して中上健次、筒井康隆、柄谷行人、井口時男が同会を脱退するという結末で、だからと言ってその後、日本文藝家協会が分裂することも崩壊することもなかった(いまさらながら各氏敬称略)。


 当時、わたしはもう日本文藝家協会の一員だったが、この問題について、本当に腹の底から本心を言ってしまえば――

「どうでもよかった」

 のであった。
 いや、「どうでもよかった」と書いてしまうと、ちょっと誤解を生みかねないか。正直、わたしごときペーペーが何を言っても微塵の影響力もないし、文学者然としてなにかを語るほどの著作活動も人生経験もない。だから、名だたる文士たちがああでもないこうでもないと論戦しているのをただ「すごいなあ」と眺めて、日本文藝家協会の方針には従うまで、と、思っていただけである。

 ただ当時「あー、犯罪者になると日本文藝家協会は除名されるんだな」と思ったことは覚えている。あれから数十年、除名されていないところをみると、わたしは犯罪者になってはいないらしい(なんだこの妙な論法w)。

 ああそうだ、なじみの編集者とこの話をしたことはあった。そのときわたしはこう答えたのであった。
「永山被告が改悛し、刑法で自分に科された罪を償った後なら、日本文藝家協会の入会もありじゃないですかね」
 その編集者はコーヒー吹いた(誇張表現)。まあ、わたしなりのブラックユーモアである。

 しかしこれが笑い話で終わればいいのだが、たとえば、上でもちょっと触れた、最近起こった似たような事件――はっきり言ってしまえば、元少年A氏が書いた「絶歌」事件のようなものもあり、元少年A氏が日本文藝家協会に入会したいと打診してきたら、果たしてどうなるか。
 元少年A氏はすでに罪を償った後であり、理事会が入会を許すかどうか、興味あるところである。

 まあ実際のところ、死刑に「永山基準」というものができてしまったように、日本文藝家協会にも「永山基準」はできてしまったのではないかな、という気もする。

 永山則夫氏も不思議な人だなあ、とは思う。どうして「日本ペンクラブ」ではなく、「日本文藝家協会」を選んだのか。「日本ペンクラブ」だったらむしろ喜んで入会させてくれたのではないかしら。
 そんなに安っぽいラミカードの会員証が欲しかったの? という感じだ。ちなみに今はプラカードだが期限なしである。身分証にもならないのは【回想録】職業欄でボヤいた通り。
 わたしはキリストもんだから、死刑には基本的にも応用的にも反対の立場だが、もし永山則夫氏が日本文藝家協会に入会したところで、死刑廃止のきっかけにすらならなかったろうと思う。日本文藝家協会は、そういう政治的な団体ではなく、職能団体だからである。

 永山則夫氏の死刑は1997年8月1日に執行された。「刑が執行される時には全力で抵抗する」という言葉通り、実際にかなり抵抗したらしい。また、自分が死刑になれば「著作を通して自分を支持してくれている人達が一斉蜂起し、内乱になるぞ!」とも語ったという(Wikipediaより)が、もちろんそんなことはなく、日本は平和なものだった。

 さて、タイトルの命題に戻って、「自分が殺人を犯す想像力がないものが小説を書いてはいけないか」だが、もちろん、そんなことはない。そして、想像するのと実行するのとではまったく違うのである。あまりに常識的過ぎてつまらない答えだが。
 永山則夫氏が名作を書けたのは、やはり本人が犯罪を犯し、死刑囚になったからこそなのだ。彼の作品を評価している者は、この点から、故意に目をそらしている。つまり、どんな「名作」であろうが、それを書くために殺された人々がいる、人生を奪われた方々がいる、苦しんでいる遺族がいる、という視点を忘れてはならない、絶対に。

 わたしはごくつまらない常識人で、一般的な感覚を備えた社会人でありたいと思っている。たとえ「これを行えばナニナニ賞を取れる名作が書けるよ」という悪魔の囁きがあっても、絶対にそれを行ったりはしない。普通の人でありたいというのがわたしの矜持である。

 人生の半分を過ぎて、いろいろな経験も積み、ごく普通の市井人として暮らしてきて思う。どんなジャンルであっても、「作者の人間性は悪いが作品は良い」というものはない。巧妙に隠蔽していても、作者の性格や品格といったものは、作品のどこかににじみ出る。
 いや、こう書いてはいるが、これは、わたしが、ただ、そう信じたいだけだ。それもまた、わかってはいるのである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記