2017年07月11日

【日記】見える!

 5年前の朝のこと。寝ぼけ眼にメガネをかけて、雨戸を開けに行こうとして足を滑らせ、ちょうどそこにあった家具に右の瞳をもろにぶつけてしまった。メガネと瞳の間に家具の一部が突っ込んできた形である。
 突然のことだったので、反射神経も間に合わず、瞼を閉じて避けることもできなかった。家具の一部が、それほどとがっていなかったことが幸いし、目を貫通するようなことがなかったのが不幸中の幸いである。

 が、激痛である。角膜をザックリやってしまったらしい。鎮痛剤を飲み、横になって氷で冷やすしか手がない。
 細君がネットで調べて、一番早くやっている近くの眼科へクルマで連れて行ってくれたのが2時間後くらい。日記によると、「その時点で痛みはだいぶひいているが、視界はぼやけている」となっている。

 眼科では視力検査などをしてから診察。なんか、事態の急に比べて、のんびりとしたものだ。この時点で、あまり大事なことではないのかな、とも思い始める。
 目薬を差して、機械で覗き込まれる。先生によると「角膜がえぐれている」とのこと。「もっと痛くてもおかしくない」とも言われた。
 元来、痛みには弱い方なのだが、ハードコンタクト歴が長い(それこそ、酸素無透過の頃からの使用者だった)のが良かったのかもしれない。
 きちんと治療をすれば治る、と言われ、ホッとする。
 ケガ直後は、それはそれは痛かったが、この時点で痛みはだいぶ治まっていたので、痛み止めも必要なかった。目に軟膏を塗り、眼帯をして、また明日行くことに。



 翌日の朝、再び同眼科へ。眼帯を取って再び機械で覗き込まれると、先生は「九割五分治っている」という。角膜の治癒力は高いのだ。まだ傷はあるということで、レボフロキサシン点眼薬が処方される。
 病院では気づかなかったが、家に戻って落ち着いてみると、両眼視がおかしくなっている。いや違う。右目がひどい乱視状態なのだ。視力は多少あっても、遠くにも近くにもピントが合わない。これは治るのだろうか、ちょっと不安になってくる。

 夜。角膜はたまにチクチク、ヒリヒリ痛む程度。視力のボケは直らない。
 しかし、である。ここで面白い現象が発生した。わたしの視力はふだん、左右とも0.1以下なのだが、なんとケガをした右目の視力が上がっていて、メガネをかけていないのに、遠くが見えるのである。かすんでいはいるが、確かに視力があがっている。

 作:勝鹿北星/画:浦沢直樹「マスターキートン」9巻の「瞳の中のハイランド」に、似たような現象を扱った話があることを、すぐに思い出した。
 ストーリーの中で、ド近眼の老人が目を傷つけられる。と、一時的にその視力が復活して、敵を反撃できた、というシークエンスである。





(作:勝鹿北星/画:浦沢直樹「マスターキートン」9巻「瞳の中のハイランド」より引用)

 この現象は翌日にはなくなり、角膜は多少ヒリつくが、視界も前のように戻ってきた。稀有な体験であった。
 ケガをして四日目。視力は元に戻ったが、ヒリつきはまだ続く。日記には「けっこう一日ヒリヒリ。昨日の方が痛くなかった?」と記されている。
 が、翌日の日記には特に何もふれられていないので、5日でほぼ治ったようである。

 ケガをして一週間後、再び眼科へ。まだ右目にはチリチリ、ヒリヒリする感覚があるが、もう治っているとのこと。処方の目薬の必要もない。水泳をしても大丈夫、と言われた。テストをされて、ドライアイでもない、という。

 ケガをした当初は、それはもう耐えられないほどの激痛だったが、本当に角膜の治りというものは速いのだな、と知った。
 そして、身をもって、上記「マスターキートン」のような現象が現実にあるとことも体験したのである。

 上記「マスターキートン」9巻の「瞳の中のハイランド」は、次のナレーションでしめくくっている。

事故などで角膜の表面に傷がつき、近視者が視力を回復する場合がある。これは角膜が変形し、屈折率が変わって網膜に正しい像を結ぶからである。現在、視力回復治療法として、この原理を応用した放射状角膜切開手術(RK)が行われている。


 今で言う「レーシック手術」である。
 この「レーシック手術」が、日本では2008年の54万件をピークにどんどんと減り、2014年には5万件にまで激減したというニュースが入ってきた。
 ご存知の方には言うまでもないだろうが、レーシック手術は賭けのようなところがあって、うまくいけば良い視力環境を得ることができるのだが、失敗するとドライアイを始めとする視力環境の悪化を招くことになる。「やらなければよかった」という怨嗟の声がこもった告発サイトも少なくなかった。

 わたしがこの「視力を上げる手術」を知ったのは高校生の頃だから30年以上も前のことだ。
 当時はレーシックではなく「角膜放射状切開術」と言われていた。ソ連では患者を並べて、次々と手術している、そのうちメガネは不要になるだろう、といったテレビのドキュメント番組であった。「マスターキートン」9巻の奥付は初版1991年となっている。その頃はまだ、この手術は夢の手術法であったわけだ。

 近眼で、自分のメガネ姿があまり好きではない自分としては、当時、いつかはそういう未来がくるのかなぁ、と思いつつ、ソフトコンタクトを毎日洗っていたわけだが、レーシックもいいことばかりではないということが明るみに出てしまい、また、メガネが安い今の時代は、ファッションとしてメガネをいろいろ変えられる楽しみもでてきた。
 今となっては、コンタクトすら面倒になってしまった。自分はおそらくこれから、死ぬまでメガネとともに過ごすに違いない。

 それにしても「角膜のケガで視力があがった」体験は、実に興味深かった。もしあの事故の体験が、レーシックの悪い噂が広まる前だったら「レーシックってこんな感じなんだ。受けてもいいかもしれない」と思っていたかもしれない。

 今、裸眼で良い視力を保てている方は、あまりスマホなどを近くで見たりしないように。それは神の恩寵である。
 ホラホラ、もうちょっとスマホを離して見たほうがいいかもよ。時には遠くに視線をあげて、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記