2017年08月21日

【昭和の遺伝子】心霊写真

 わたしが子どもの頃の夏のテレビ番組の定番と言えば、「心霊写真」であった。
 集合写真の背後に映り込んだ人の顔のようなものを拡大すると、ワイドショーの客が「きゃーっ」と騒ぐ。それに、自称・心霊研究家が「これは本物ですね。ここで亡くなった方の怨念が写っています」などと訳知り顔で解説し、また会場がざわめく。
 テレビの前で、ぬるいスイカを食べながら見ていたわたしも、子ども心に「ほー、そんなもんかねぇ」と納得したりしなかったり。
 新書の「恐怖の心霊写真集」などがよく売れていた時代である。

 けっこう有名な心霊写真の話と言えば、生首の描かれた巻物があり、その目が閉じていたのに、生放映中に開いた、というもの。これは検索すれば出てくると思う。
 タネを明かせば、ただ、目のところにハエが止まり、解像度の低い昔のテレビではそれが瞳のように写って、目が開いたように見えた、というだけなのだが、かなり話題になった心霊写真関係の話だ。

 心霊写真にもトレンドというものがあり、ごく普通の集合写真の後ろにいる幽霊が飽き足らなくなってくると、テレビに写った幽霊の写真、写っている人の手足が消えている写真、と、次々とテレビ局は新しい心霊写真を紹介し、紹介する度に、同じような心霊写真が視聴者から送られてくるのであった。

 今、これだけデジカメが普及して、当時の数万倍の写真が、毎日、人々に撮られているというのに、心霊写真が撮れた、という話は増えるどころか、もうそんな話をする人すらいない。
 昔は現像代が高かったので、カメラの中にいれたフィルムは大事に入れっぱなしにしておき、イベントごとに一枚とって、一年に一回、現像する、などという家庭は少なくなかった。
 自然、カメラ筐体からの光漏れや、写したフィルムを進めるパーコレーションの不具合で感光したり、二重写しになってしまうことも多かった。その結果、「心霊写真」ができあがってしまっていたのである。
 フィルムにだけ感光し、CCDには写らない幽霊なんぞ、恐くもなんともない。
 心霊写真も、技術の進歩で消えた、昭和の遺伝子のひとつと言える。

 こんなわたしも、心霊写真を一枚撮ったことがある――と書ければ良いのだが、実は一枚も撮れたことがなかった。
 修学旅行で行った先の京都の旅館の目の前がなぜか墓地で、そこで「幽霊さん、いるものならぜひ写ってください」と念じながら一枚撮ってみたが、現像して紙焼きしてみると、ただの墓地の写真である。なんとも、つまらない結末だった。

 その修学旅行の夜。誰かがエロ本を持ち込んできていた。そのタイトルは「痴漢教師」。
 当時のエロ本は、肝心な部分がマジックで塗りつぶされていた。見えなくて良いものが見えてしまうのが心霊写真なら、このエロ本は見たくてたまらないところが見えない逆・心霊写真である。
 心霊写真研究家なら「うーん、この部分、黒い怨念が写ってますね」とでも言いそうだ。

「この黒い部分にバターを塗れば落ちるって聞いたぜ」
 と、誰かが言い出し、どこからかバターが現れた。
「なんでバターなんて持ってるんだよ!」と全員で爆笑。そして、交代で、指先にバターを付けて、黒塗り部分をせっせ、せっせとこすり出す。
「見えてきた?」
「うーん、見えてきたような、なんかあるのはわかるんだが」

 せっせ、せっせ。

「ちくしょう、ダメだ。他の部分が破れてきた」
 全員、大爆笑。結局、「痴漢教師」の女性モデルさんの、黒塗りの心霊写真部分は見ることができなかった。

 後日、この事件は、クラスメイトに「きよし君」という真面目な生徒がいたことと、エロ本のタイトル「痴漢教師」にひっかけて、「痴漢きよし」事件と呼ばれるようになった。きよし君にはえらい迷惑である。
 きよし君が「痴漢きよし」事件に関わっていたかは、実は記憶がない。ひょっとしたらバターを持ち出した張本人だったかなぁ?
 なんにしろ、今のきよし君は立派なお医者様である。
 なんとも懐かしく、今、一人で書いていていても吹き出してしまう顛末であった。

 心霊写真の思い出から、なぜか最後はエロ本の思い出になってしまったが、まあ、両方とも、昭和の遺物ということでご容赦。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子

2017年08月20日

【回想録】FRENAI――愛の伝道師の思い出

 パソコン通信「ニフティサーブ」の全盛期、ただ読んでいるだけ(これを「ROMする」というのは、みなさまご存知の通り。Read Only Memberの略である)で、抜群に面白いフォーラムがあった。
 アルファベット表記だと「FRENAI」。F≠ヘフォーラムの略で必ず頭につく。つまり「恋愛フォーラム」である。「FRENAI」――「触れない」で恋愛フォーラムというところが、またどこか皮肉めいていて面白い。

 最初は、みなで熱く恋愛論とかを闘わせている、とっつきにくいフォーラムかと思っておそるおそる覗いてみたのだが、あにはからんや、中身はもう少し、いい意味で「下世話」な恋愛相談が主な書き込みを占めていた。

 結局、今も、昔も、世紀が変わっても、面白いのは他人の恋愛譚なのである。今の「知恵袋」「ガルちゃん」「2ちゃんの恋愛板」すべてがそこに含まれているフォーラムと言えば、どれだけ面白いか、おわかりいただけるだろう。

 当時はまだ「ストーカー」という言葉は一般的ではなかったと思う。わたしが「コール」を書いたとき、同じ出版社から発売された「ストーカー」の初版本を担当氏からいただいた覚えがあるから、この言葉が流行り出すのは1995年以降だったはず。

 今でこそ、異性へのしつこいアプローチは「それストーカーだよ」と言われる時代だが、1990年代前半は、積極的で情熱的なアタックと評価される雰囲気はあった。
 なので、読んでいて「それはもう完全に嫌われてるって」というような恋愛相談をして「少し時間を置いたら?」などとまっとうな忠告レスをいただいているのに、果敢に再度、再々度のアタックをし続け玉砕していく相談者の書き込みがよく見られた。

 周りから「そういうアプローチは駄目」と何度もたしなめられているのに、違う相手に同じような無謀アタックをして散々な戦果を重ね、結局「女性は顔しか見ていない」とふてくされ、以後、女性に対する怨嗟ばかり書き込んでいる人もいた。
 今で言う「※(ただしイケメンに限るの意)」と「女性ヘイト」である。これはインターネットが隆盛を誇る今だから起きた出来事ではなく、20年以上前のパソコン通信の時代から同じ流れだったのである。

 そういう、人間の根っこの部分は、今も昔も変わらないのだろうが、当時と今とでは、違うこともあった。ネットでのプライバシー流出問題である。
 パソコン通信時代は、プライバシー流出に対する意識が低く、他のフォーラムで偉そうな講釈をたれている人が、恋愛フォーラムではあけすけな異性関係の書き込みをしているのを発見できたりするのも、このフォーラムをROMする楽しみのひとつであった(悪趣味)。

 これはひとつの実例だが――

1)FRIKON(離婚フォーラム)で事実婚を解消したという女性登場。
2)その女性がFKEKKONJ(結婚情報フォーラム)の結婚産業会議室で、自分が結婚産業と契約したことを書き込み、その後、FRENAIの同様会議室でも「自分は女の三高≠セから、相手もそれに見合う相手じゃないとダメ」などと高飛車発言。
3)FRENAIの不倫会議室で、自分の不倫について吐露。レスした人に「あなたはもう発言しないで」とヒステリックな書きこみ。


 要するにこの女性、個々の会議室では一面一面しか見せていないが、「事実婚解消の後」、「自分は不倫をしながら」、「結婚産業に入って自分の三高≠ノ見合う相手を探している」ということがわかってしまったのだった。

 ニフティサーブの場合、ハンドルを変えることはできるが、IDは変わらないので、流して読んでいる人は気づかないが、わたしのようにそのあたりをちゃんとチェックしている人間にはわかってしまうのである。
 わかったからと言って、わざわざ指摘しないのがROMの礼儀であった(笑)。

 さて、ここから書くことは、わたしの記憶を頼りにした、半分、フィクションとして読んでくだされば幸い。

 この恋愛フォーラムに、ある日、一人の有名人男性が書き込むようになった。有名人と言っても、あくまでニフティ内でのそれであり、外の世界では無名な人。それでも、モデムやPHS等の技術畑の世界では知らぬ人のいない方で、豊富な知識と技術をお持ちの謎の人であった。ここでは、名をO氏とする。
 O氏は最初、FRENAIで大上段に構えた恋愛論を展開していたと思う。ROMしていると、「恋愛の達人」というより、「ちょっとこじらせちゃった、自称・恋愛経験豊富な人」という感じ。

 会議室のフツーの皆は、そんなO氏に辟易していたが、世の中うまくできている。そのO氏の恋愛論に心を傾ける、一人の女性がでてきたのであった。ここでは名をF嬢としておく。
 F嬢は妙に古風な「ですわ」のような言い方をするという覚えがあり、イメージとしては、「エースをねらえ」の「お蝶婦人」のような感じ。いや、勝手なわたしの想像ですが、ね。
 O氏とF嬢は、ネット上でどんどん親密さを増していき、周囲もネット恋愛のバカップル扱いをするように。

 そして二人は、ついにネットだけでなく、リアルで二人きりのオフミ(今ではオフ会というのが普通だが、当時は「オフラインミーティング」の略で「オフミ」という呼び方もあった)を行ったのであった。
 これで、お互いの情熱が盛り下がってしまうのは、ネット恋愛あるあるのひとつかもしれないが、O氏とF嬢の場合は全然違った。もう、愛の炎が、花火から山火事になって、延焼して、会議室を焼け野原にする勢いで燃え上がってしまったのである。
 O氏はF嬢をこれ以上ないほど褒めそやし、F嬢もO氏に首ったけ、それをフォーラム会議室でやるものだから、まともな参加者はたまったものではない。ROMは面白がっていたが。

 それにしても「モデムの神様」とまで呼ばれたO氏が、ここまで恋愛フォーラムではっちゃけ、メロメロになるとは、誰が予想しえただろうか。

 O氏とF嬢の暴走は続き、愛の伝道師と化した二人は、他の相談者の真面目な悩みを「愛がないから」「わたしたちのように愛し合えば解決ですわ」と、重戦車のように蹴散らしていくのであった。


(西村啓「桜葉先輩は初恋」1巻より引用)

 途中、お断りしたとおり、このO氏&F嬢に関しては、当時のログがMOの奥底に入ってしまっており、わたしの記憶に頼る半フィクションとして読んでいただければ幸いなのだが、その中でも確実に覚えているのは、「生理痛の治し方」である。
「生理痛がつらい」と嘆く相談者に、O氏は「生理痛なんて愛があれば治る。彼氏に抱きしめられば治る。治らないのは愛がない証拠」というようなことをのたまい、F嬢もそれに同調して「そうそう、わたしたちのように愛し合っていれば、生理痛なんてすぐに治るものでございますわ」とレスをつけるものだから、真面目な相談者はたまらない。そしてROMは大爆笑するのであった。

 結局、最後、二人はFRENAIに後ろ足で砂をかけて出て行ったような記憶がある。時代は徐々にインターネットにシフトしており、その後のお二人の様子は人づてに聞いただけだった。

 何でも、F嬢は気の毒に、重い病を患ってしまったとのこと。しかしO氏との熱い仲は続き、病気も治り、O氏と結ばれた、と聞いている。
 二人の愛に幸あれ!

 この、「FRENAIの愛の伝道師、O氏とF嬢の話」は、そのうち、回想録で絶対に書こう、と思っていたのだが、悔しいことに前述のとおり、生ログがMOの奥底に入ってしまっていて確認ができない。
 なのでしつこいようだが、半フィクションとしてお読みいただければ幸いである。
 当時は本当、FRENAIはエキサイティングで面白いフォーラムであった。

 あの頃、恋愛相談をしていた諸氏諸嬢も、もう20歳以上、歳を重ねているはず。恋愛が実って家庭を持った方も、まだ独身の方もいらっしゃることだろう。
 ただROMしていただけ風情のわたしだが、当時、FRENAIに悩みを書き込んでいた皆様に今、幸多かれ、と願って、筆を置く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2017年08月19日

【書評】聖なるあきらめが人を成熟させる

 発売日からずっと、Amazonの「干芋リスト」に入れていて、いつかは読もうと思いつつ、なかなかショッピングバスケットに入れる機会がない、そんな本だった。

 今回、聖霊に導かれて(という言い方をクリスチャンはする)、ポンと購入。
 特に読みにくいところなどもなく、サラサラと一時間程度で読めてしまった。その感想など。



 著者は元聖心女子大学教授で、聖心会のシスターである鈴木秀子先生。
 まあ「自己啓発本」の一種だが、クリスチャンとして、シスターである鈴木先生が「あきらめ」をどのように考えていらっしゃるのかな、という興味もあって一読。

 ところで、この本で記されている「聖なるあきらめ」は「諦め」ではない。また、「明らめ」でもない。そのふたつを合わせたものを、鈴木先生は「聖なるあきらめ」と名付けられたのであった。

 ここで自分語りをして申し訳ないのだが、わたしが道を求めて宗教を勉強しだしたとき、大きな岐路はふたつあった。キリスト教と仏教である。
 多種多様の書籍を読み人と会い、結局、わたしはキリスト教カトリックを選んだ(というのは傲慢な言い方で、神に「おまえはカトリックね」と選ばれたわけだが)、今でも仏教の教えはとても魅力的、というか、すんなり理解できるところがある。

 結局、仏教徒にならなかったわたしが、こんなことを語るのは恥ずかしいことだが、仏教にとって「諦め」はとても大事な教えであると聞いている。「諦観」――物事を諦め、執着しないことが大事だと。
 わたしはカトリックでありながら、この「諦め」が実にすんなりと心に染みる。わりとなんでも、すぐに諦めてしまうタチなのである。

 対してキリスト教は、実に諦めが悪い宗教である。
 なにしろ――

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。(マタイによる福音書 7:7)」


「イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。(ルカによる福音書 18:1)」
(中略)
「まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。(ルカによる福音書 18:7)」


 である。諦めなければ門は開ける、神は必ず聞いてくださる、というのが基本なのだ。


(石垣ゆうき「MMR マガジンミステリー調査班」13巻より引用。キバヤシ隊長もこうおっしゃっておられます)

 しかしこの本を読んで、「ああ、なるほど、仏教でいう真の諦観とはこういうこと――聖なるあきらめ――なのかもしれない」と、ふと思ったのであった。

 鈴木先生は、まず問題があったとき、それを分析することを「明らめる」と呼ぶ。たとえば授業中、お喋りをする生徒がいたとき、自分ができることを分析する(明らめる)。その結論として、その生徒を黙らせることはできないと「諦め」、思案の結果、お喋りをしている隣の生徒に当てる、という方法でこの問題を解決した――これが「聖なるあきらめ」である。

 本作は、上記を始めとした豊富な実例が載っているばかりで、基本的なところは変わらない。Aさんの場合、Bさんの場合、Cさんの場合……と続き、Qさんまできてついに笑ってしまった。途中、アルファベットを校正ミスしているくらい、豊富な例があげられているが、基本は上記の「聖なるあきらめ」である。

 さて、おそらく最初の例で、よく勉強しているクリスチャンならば、これがイエスの宣教の第一声「メタノイア(μετανοια)」である、ということに気づくのではないだろうか。
 おそらく鈴木先生は、「メタノイア」を日本人にわかりやすく「聖なるあきらめ」という言葉に置き換えてくださったのである。

 イエスの宣教の第一声は、日本語訳だと「悔い改めよ」。英語訳のたとえばKJVだと「Repent」で、意味はそのまま日本語と同じ「悔い改めなさい」である。
 しかし、新約聖書原文の同箇所はコイネー(公用ギリシア語)で「メタノイア」である。これは実は「悔い改めなさい」というものではない「考え方を変えなさい」という意味なのである。

「メタノイア」自身には「良い方へ」「悪い方へ」というベクトルは含まれていないのだという。ただ「考え方を変えなさい」なのだ。

 現状を把握し(明らめ)今やっている方法に執着せず(諦めて)、考え方を変える――「聖なるあきらめ」とはまさしく「メタノイア」ではなかろうか。

 イエスは宣教の第一声を、こう言っていたのである。「考え方を変えなさい。神の国は近づいた」。
 そしてイエスは、山上の垂訓で「幸福なるかな、心の貧しき者。(マタイ傳福音書 5:3)」をはじめとする、常識を覆す「考え方を変えた」真福八端で、聴衆の度肝を抜いたわけだ。

「執着」というから、モノに固執する心、と思いがちだが、実は仏教の「諦観」も「メタノイア」と同じところがあるのではないだろうか。

 ところで、神の子イエスは簡単に「考え方を変えなさい」と言うが、実はこれこそが、普通の人間にとってむずかしいことだとは承知していたのだろう(だからこそ、教え≠ノなるわけで)。

 世の中の毎日のニュースを見ていても「どうしてそんなことで自らの命を絶つのか?」「どうしてたかが金のために人の命を奪うのか?」と思う事件が多くないだろうか?
 しかしなにをどうあがこうと、「考え方を変えなければ」「神の国(幸福)は近づかない」ということこそが、実は真実なのである。

 話を本作に戻すと、途中で触れた通り、この書籍には「考え方を変えた」例が満載である。しかしその一例一例が、あなたの今の「悩み」にバッチリあうかというと、そのようなことはおそらくない。
 もちろん、本作は良作なので、もし機会があったらご一読をおすすめするが、「聖なるあきらめ」とは「考え方を変えること」なのだ、ということがわかれば十分だと思う。

 追記:しかし、この「考え方を変える」のは、簡単に見えて、本当に難しい。
 現代医学でも「認知療法」という「考え方を変える」カウンセリング療法が確立されつつあるが、実は日本の認知療法の第一人者が、雅子様のご治療にあたっていて、未だ雅子様が現場復帰にまで至らないという現実を思えば、おわかりいただけるかと。

 こればかりは、むしろ宗教の分野なのかもしれませんよ? マジでマジで。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評

2017年08月18日

【カットリク!】編集手帳――ニケのわけがないだろう!

 果たして、この記事をどう書いたら良いのか困惑している。
 2017年8月16日、読売新聞の編集手帳より。


(クリックで拡大できます)

ギリシャ神話の女神に、翼も凛々しいニケ(Nike=勝利)がいる。
(中略)
昨年のリオ五輪が終わった頃、「読売歌壇」に載った一首を切り抜いてある。<十字切り、ウサイン・ボルトが仰ぐとき神はこの世にいるとおもえり>(館山市・山下祥子)。ニケ様だろう。


 頭痛い……。
 まいった……。

 ええと、「編集手帳」と言えば、読売新聞朝刊の第一面に載っている、歴史の長いコラムである。
 記者もきっと社内から厳選された、有名大卒の学力の高い方で、深い知恵も鋭い見識もあり、長い年月によって培われた物事への洞察力と社会への問題意識を持ち、驚くほどの読書量を誇り、人脈も広く、すべてにおいてわたしなんぞとは比べ物にならないほどの知識人でいらっしゃるに違いない。

 でもね……。
 ええとね……。

「十字を切って祈るのは、三位一体の神つまりキリスト教だから! ウサイン・ボルトがニケに祈っているはずがないから!!」

 実際、ウサイン・ボルトはカトリックで、不思議のメダイを身に着ける程度には敬虔な信者である。

 というか、なぜ、「十字を切る」祈り方で、キリスト教をすぐ連想しないのか。なぜ多神教のギリシャ神話の神に祈ると思ったのか。この記者、根本的に「宗教」というものを基礎からお勉強しなおしたほうがよろしいのではないかと思われる。
 一神教の神に祈っているのにそれを「ニケ様だろう」とドヤ顔で多神教の神に祈っていると書くなど、「宗教」にセンシティブな者なら絶対にしないことだ。

 同時に、「宗教」にセンシティブでないというのは、「人間社会を理解していない」のと同義でもあるのだ。「宗教」を指す英語「religion」とは「再びつなぐ」という意味であり。人と人とを、人と時代とを、人と信念とを結ぶものだからだ。

 ああ、なるべくやわらかく書こうと思っていたのに、やっぱりちょっと本音が出てしまった。いやしかし、こんな記事が校閲部も通って活字になり、全国紙として堂々と配られてしまうのだから、ほんとうにこの国は新興宗教カットリク!に汚染されている。

 ところで、十字の切り方は、カトリックと東方正教会で微妙な違いがあり、それで教派がわかるというおまけつきだ。なおプロテスタントは十字を切らない。このあたりはまた、そのうち、別の記事で。

カットリク!ポイント72――
カットリク!では十字を切って、ギリシャ神話の神に祈っちゃったりする。


 ほんと、勘弁してくださいよ……。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究

2017年08月17日

【日記】東京国際ブックフェア中止とな!?

 今年秋の「ギフトショー」と「PIショー」がビッグサイトで同時開催(2017/09/06〜08)という案内が来て、こりゃ会社関係の陣中見舞いが一回で済んでいいや、と思っていたのだが、ふと、今年の「東京国際ブックフェア」はいつだろう、と検索してみたら――なんとなく不吉なサジェストが……。



 そしてざっと記事を読んでいくと、なんと今年2017年のブックフェアは「中止」とのこと。無期中止というわけではなく、「来年に延期」との話だが、このままなくなってしまう可能性も高いような気がする……。
 中止自体のニュースは今年三月に流れていたとのこと。なのでご存知の方にとっては「いまさら!?」なお話しかもしれないが、その「いまさら」なことが書けるからこその「いまさら日記」ということでご容赦を。

 去年の「東京国際ブックフェア」についての記事は2017年9月25日に書いている(「【日記】ブックフェア」)。内容も、毎年、着実にショボくなっていくフェアに対して辛口のものだった。
 いやしかし、それでも、ブックフェアがなくなってしまうとは思いもしていなかった。


(これは2009年。第16回目のときの写真)

 正直、寂しく、後頭部をピコピコハンマーでパカーンと殴られたような気分である。

 これは本当に「冊子体」としての本は斜陽産業になりつつあるのではないだろうか。それを認めなければいけない日が来たのではないだろうか。

 実は、これはそのうち別記事にもするつもりだが、文藝家協会入会のレギュレーションが近々ゆるくなり、なんと、冊子体の本を出版社から出していなくとも、文芸分野で活躍している方なら受け入れる、となる予定である(もうなっているかもしれない)。
 これはつまり、電子書籍だけでなく、Webのみで執筆している作家も「文藝家」として受け入れる、ということである。(ただし誰でもというわけではなく、理事一名と一般会員一名の推薦は必要)。

 東京国際ブックフェアは、この「冊子体の本」と「電子書籍」の変換期に方向性を見失い、どっちつかずになってしまった結果、縮小の一途をたどってしまった気がしないでもない。

 電子書籍について言えば、根本的には場所をとらず好きだが、現状の「読む権利を出版社から買う」という形の電子書籍は大嫌いである。
 みなさんご存じであろうかと思うので言うまでもないが、その電子書籍のサービスが終わってしまったら、もう読むことができない、という悲劇が、今までも何度も起こってきている。
 結局こうなると、一強のAmazon、キンドル以外に選択肢がなくなってくる。
 逆に言えば、ユーザーはAmazon(キンドル)のわがままを聞かざるを得なくなってしまうわけで、ある日突然、自分のアカウントが削除され、それまで買った本(の権利)がすべて失われてしまう可能性もあるわけである。これは非常に恐ろしい。

 個人的には上記の「読む権利がいきなり削除される」ような事態がなければ、電子書籍はとてもよいメディアだと思っている。実際、集中して読んだ作品などは、あとで思いだそうとしても、電子書籍で読んだのか、冊子体で読んだのかが思い出せなかったりする。

 一応、クリスチャンとして、超小型の新約聖書をカバンの隅に入れてはいるが、実際に引くときはスマホに入れた電子書籍の方である。
 かように、電子書籍は素性はよいのである。デジタルテレビのB-CASのように、おかしな権利関係の主張で、妙な方向へいかなければよいのだが……。


(これは2011年のとき。西館上からの様子。電子出版エキスポと同時開催で、まだ勢いはあったが……)

 というわけで、話はブックフェアに戻ってきて、わたしは毎年「日本聖書協会」のブースで、新しい装丁の聖書や、関連本を買うのを楽しみにしていたのである。わたしは日本聖書協会の協賛会員なので、バッジをお見せすると、資料を無料でいただけたりもしていたのだった。 
 2018年完成予定の「新翻訳聖書」も作業が佳境に入っている時期だというのに。本当に残念だ。

 日本聖書協会直営の「バイブルハウス南青山」でも覗きにいくかなぁ……。と思う夏である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記