2017年08月06日

【回想録】うな丼の思い出

 わたしが最初にうな丼を食べたのは、幼稚園か小学校低学年のときだった。そのときの思い出が鮮烈に残っている。

 場所はデパートの最上階、大食堂である。今の人は知らないだろうが、昔はデパートの上階には、今で言うフードコートのような席が並ぶが、厨房はひとつという「大食堂」があったのである。
 当時、デパートは「何でも揃う」店であった。紳士服、婦人服、子供服から、ペット売り場、オモチャ売り場もあり、屋上には遊園地まであった。
 子どもにとってデパートはワンダーランドであり、そこへ行くのは、とてもわくわくする一大イベントだったのである。

 さて、うな丼。最初、これは自分ではなく、母が注文したものだった。自分は子どもらしく、お子さまランチかなにかを取ったのだと思う。
 先にうな丼が届き、そのちょっとグロテスクな形状におののきつつ、それでもうまそうな匂いがする。興味津々のわたしに母が言った。
「食べてみる?」
 それでは、と、一口。まずタレのかかったご飯が美味い。次いで、おそるおそるウナギを食べてみた。美味しい! わたしは味音痴だが、それでもわかる美味さであった。
 当時はウナギもまだ庶民的な食べ物で、デパートの大食堂で出るうな丼でも、今の高級ウナギ店と遜色ない味のウナギが出せていたのである。
「美味しい!」と言うわたしに、母はびっくりし、わたしの食が細いのを承知していたので、だったら全部食べていいよ、と譲ってくれたのだった。
 どんぶり一杯。全部たいらげた、と記憶している。

 それからウナギが大好物になった。
 わたしの住む地方都市には、当時、「伊豆栄」というウナギ専門店が店を出しており、文章で稼げるようになってからは、編集者と喫茶店で打ち合わたあと、一人でふらりと入って、一番高いうな重を食べて帰るのであった(味音痴のくせにー)。
 ウナギはもちろんだが、あの店は「肝吸い」も美味かった。

 バブルが終わると、その伊豆栄が撤退し、店で食べるうな丼とはめっきり縁が減ってしまった。
 子どもの頃、デパートの大食堂で食べたうな丼の美味さの感激は、もう味わえない。

 一時は中国産のウナギをスーパーで買ってきて食べていたが、これの出始めの頃は小骨が多く、さすがに味音痴のわたしでも、食感がゴムっぽいなぁ、と残念に思うことが多かった。
 今は国産の冷凍物を通販で買い、たまに楽しんでいる。

 ウナギは謎に満ちた不思議な生物である。未だ、その出生の秘密は解かれていない。



 この絵にかかれた魚料理は「ウナギ」だという説がある。
 実はこの絵の右下部分がそれだ。


(これも一部ですが――「ウナギ」に驚いているようにも見えますな(笑))

 そう、みなさまご存知、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」である。

 ウナギは、聖書中で「しかしひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。(レビ記 11:10)」と食事禁忌にあがっているものであるから、実際(ユダヤ教徒だった)イエスがウナギを食べたとは考えにくいが、ダ・ヴィンチはウナギを食べていたのだろう。ちょっと楽しいムダ知識である。

 改めて記すまでもないが、ウナギは卵から養鰻はできない。稚魚であるシラスウナギを捕まえて養殖するのである。


(作:鍋島雅治/画:はしもとみつお「築地魚河岸三代目」10巻より引用)

 アリストテレスは「ウナギの稚魚は泥から生まれる」と考え、ウォルトンは特別な夜露から生まれると唱え、プリニウスは「ウナギは岩に体をこすりつけて増殖する」と想像した。リンネは「ウナギは卵生ではなく胎生である」とのたまった。
 なにしろ、ウナギの体内からは、確実な精巣や卵巣が見つからないのである。
 精神分析学者で有名なシグムント・フロイトの最初の論文は「ウナギの精巣と目される輪状器官の形態と微細構造に関する観察所見」であった。このとき20歳のフロイトは失恋に悩んでおり、研究のため400匹以上のウナギを解剖したそうである。友人への手紙で「人間を解剖することは禁じられているからね」と記していたそうだ。後に人間の精神を「解剖」する始祖となるフロイト青年の心に、400匹の解剖されたウナギはなにを残したのだろうか。

 筒井功先生著「ウナギと日本人」によると、昔はシラスウナギ漁のほとんどが密漁だったとのことである。網ですくうと、白いダイヤ≠ェいっぱいに採れた頃の話である。
 今となっては過去の夢の話。当時の養鰻業者のほとんどが廃業したか、業態変更して生き延びているという。
 もちろん、まったくの天然もののウナギというものもあるにはあるが、今現在、日本人の口に入るウナギのうち天然物は1パーセントに満たないと聞いている。

 ニホンウナギは、2014年6月に、ついに絶滅危惧種に指定された。世界で捕れるウナギのうち、日本人がその7割を食べているそうだ。
 日本人は食に対して、けっこうえげつない、と、そのひとりながら思っているのはわたしだけだろうか。


(原作:高田侑/画:落合裕介「うなぎ鬼」1巻より引用。そのウナギを食べつくす日本人って……)

 これだけ日本人の胃袋に入っているウナギだが、家庭で料理されることはまったくない。以前、別の記事でも触れたが、ウナギの血液には神経毒が含まれており、ウサギに注射すると1ミリリットル以下の量でも痙攣を起こして死亡するそうである。
 ウナギは本当に不思議な生物である。

 ところで、細君はウナギが大嫌い。なので一緒にウナギを食べることがない。家族でうな丼、という日などは、ひとりで天丼を食べている。あの食感が嫌い、という。一見、ヘビを開いたような見かけも嫌らしい。
 絶滅危惧種に指定され、ウナギが高騰したとき、細君は料理の腕をふるって、ハンペンやノリを使い「一見うな丼に見える丼」をつくってくれた。これはこれで、とても美味かった。

 言うまでもなく、今日は「土用丑の日」なので、ウナギにまつわる思い出話を書いてみた。
 ちなみに「土用丑の日」がウナギを食べる日になった、というのは、江戸時代、夏に売り上げが落ちて困っているウナギ屋のために、平賀源内が書いたコピーということが知られている(が、実はこれ、出典不明の、今で言う都市伝説らしい)。
 ウナギの産卵場所が知られていないように、平賀源内の最後もあまり知られていない。彼は町人二人を勘違いから殺傷して捕らえられ、小伝馬町で破傷風にかかり獄死している。その知名度に比して、あまり恵まれた人生ではなかったらしい。

 などとウナギ関連のことに思いを馳せながら筆を置いて、夜になったら箸を取る。
 だって今夜は、ウナギ弁当の予定なんだもん(わくわく♥)。

 なお、この記事のムダ知識の多くは、ジェイムズ・プロセック著「ウナギと人間」から拝借している。本書は実に労作である。感謝とともに。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録