2017年08月13日

【日記】血液型性格診断

 日本には独特の「血液型性格診断」というものがあって、血液型でその人の性格が四分類されるという、世間話では半ば常識のような概念がある。
 これは、もし理系ダンスィが飲み会の席で「血液型性格診断なんて科学的にありえないよ」とでも言い出したりしたら、女子から総スカンを食いそうな勢いで、日本社会にはすでに根づいた概念である。
 一般的には――

 A型:几帳面。
 B型:マイペース。
 O型:ズボラ。
 AB型:二重人格。

 あたりの性格に分類されるようだ。


(空えぐみ「天野家四つ子は血液型が全員違う。」1巻より引用)

 理系の人間はこれを嫌って、「血液型で性格は決まらない」ということを細かく解説してきたりする。


(さいとう・たかを「ゴルゴ13(文庫版)」88巻より引用。さすがシンプソン博士だ…専門外の質問にも動じない!)

 ところが、同じ○○型性格診断でも、なぜか科学界では「アリ」とされている仮説があることをご存知だろうか。
 そう、知っている人なら知っている、「クレッチマーの性格類型論」である。

 言い出したのは近世ドイツの医学、精神科医だったエルンスト・クレッチマー。


(山上たつひこ「喜劇新思想大系 完全版」下巻より引用。懐かしい)

 彼は血液型よりもっとあからさまにわかる、「体型」に目をつけ、それで性格がわかる、とぶちあげた。
 それによると――

 デブ:社交的、善良的、親切、温厚。
 ガリ:非社交的、静か、控えめ、生真面目、変人。
 マッチョ:エネルッギッシュ、頑固、執着、興奮、激怒。

 まあこんな感じで三分類される、という。
 これもずいぶん、いい加減な話ではないだろうか。たとえばデブがダイエットしてガリになったら性格が変わるのだろうか。さらに鍛えてマッチョになれば、温厚だった人物が激怒しやすい性格になるのだろうか。これら三分類も、実は科学的根拠はまったくない。

 血液型性格診断に比べても、ずいぶんいい加減な分類だと思う。が、科学界で(血液型性格診断のように)はっきりと「あれは非科学的です」と言ってのけた学者をわたしは知らない。

 わたしは、クレッチマーがアリなら血液型性格診断もアリだと思う。
 飲み会で「血液型性格診断」はナイ! と怒る理系ダンスィがいるなら、「クレッチマーはどう?」と聞いてみるとよろしい。「クレッチマーも非科学的だよ」というなら筋が通っている。「クレッチマーは科学的」というなら物事の真偽を自分で考えない教科書を鵜呑みにするお利口さん。「クレッチマーってなに?」と聞き返してきたらただの莫迦だから相手にしなくてよし。

 もし「クレッチマーは非科学的だけど、血液型性格診断はアリかもね」という人だったら――是非とも見解を聞く価値がある。
 なぜなら、わたしもそう思っているタイプだから。

 そう。わたしは、クレッチマーはナシだが、血液型性格診断はアリだと思っている。社会科学的に。
 たとえば、男の子は小さい頃から寒色傾向のモノ、女の子は暖色傾向のモノを与えられることが多い。結果、男子トイレのマークは青に、女子トイレのそれは赤として表示される。
 血液型性格診断にも同じことが言えるのだ。
 なにか几帳面なことをしたとき「さすがA型だねぇ」とまわりに褒められれば「自分は几帳面なA型なんだな」という心理が強化される。マイペースで物事を進めて「あなたはマイペースなB型だからねぇ」とまわりにしかめ面をされれれば「自分はマイペースなB型」という心理が強くなる。O型、AB型も同じ。もともとの血液型が性格に反映されるのではなく、行動を周りに評価されて、「自分はx型」という意識が強くなるのだ。血液型で分類されるピグマリオン効果である。

 血液型性格診断を「非科学的」と言ってしまう人間は、社会科学という面まで考慮していないのである。

 日本では血液型性格診断は隆盛を誇っているが、海外では奇異な目で見られる。だから血液型性格診断は非科学的、というのも、上記、社会科学的な側面から見れば当然、ということになる。血液型性格診断は日本のみに見られる現象なのである。

 ここまでくると、次は社会科学を「そんなもの科学じゃない」という理系ダンスィがいるかもしれない。なにをかいわんや、である。そのロジックで言えば「性格診断」そのものがまず「純粋な科学」ではないのである。
「純粋な科学」とは「記録」して「量化」できることが基本である。几帳面さやマイペースさ、ズボラ度、二重人格性は、数字に量化して記録することができないものである。もともと、性格を診断するということが科学的ではないのだ。

 なので、飲み会で「血液型性格診断なんて科学的じゃないよ。人間の性格が血液型で決まるわけないじゃん」などと言っているダンスィは、性格というものが科学的に量化できると思っている点で、すでに論理破綻をきたしているのである。

 血液型性格診断が科学的かどうかはひとまずおいておいて、このことについて、ひとつ占える事象がある、とわたしは思っている。
「血液型性格診断の話でもりあがれるダンスィは女子にモテる。もりさがるダンスィは女子にモテない」ということである。
 さてこの診断、正しいや否や?
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記