2017年08月17日

【日記】東京国際ブックフェア中止とな!?

 今年秋の「ギフトショー」と「PIショー」がビッグサイトで同時開催(2017/09/06〜08)という案内が来て、こりゃ会社関係の陣中見舞いが一回で済んでいいや、と思っていたのだが、ふと、今年の「東京国際ブックフェア」はいつだろう、と検索してみたら――なんとなく不吉なサジェストが……。



 そしてざっと記事を読んでいくと、なんと今年2017年のブックフェアは「中止」とのこと。無期中止というわけではなく、「来年に延期」との話だが、このままなくなってしまう可能性も高いような気がする……。
 中止自体のニュースは今年三月に流れていたとのこと。なのでご存知の方にとっては「いまさら!?」なお話しかもしれないが、その「いまさら」なことが書けるからこその「いまさら日記」ということでご容赦を。

 去年の「東京国際ブックフェア」についての記事は2017年9月25日に書いている(「【日記】ブックフェア」)。内容も、毎年、着実にショボくなっていくフェアに対して辛口のものだった。
 いやしかし、それでも、ブックフェアがなくなってしまうとは思いもしていなかった。


(これは2009年。第16回目のときの写真)

 正直、寂しく、後頭部をピコピコハンマーでパカーンと殴られたような気分である。

 これは本当に「冊子体」としての本は斜陽産業になりつつあるのではないだろうか。それを認めなければいけない日が来たのではないだろうか。

 実は、これはそのうち別記事にもするつもりだが、文藝家協会入会のレギュレーションが近々ゆるくなり、なんと、冊子体の本を出版社から出していなくとも、文芸分野で活躍している方なら受け入れる、となる予定である(もうなっているかもしれない)。
 これはつまり、電子書籍だけでなく、Webのみで執筆している作家も「文藝家」として受け入れる、ということである。(ただし誰でもというわけではなく、理事一名と一般会員一名の推薦は必要)。

 東京国際ブックフェアは、この「冊子体の本」と「電子書籍」の変換期に方向性を見失い、どっちつかずになってしまった結果、縮小の一途をたどってしまった気がしないでもない。

 電子書籍について言えば、根本的には場所をとらず好きだが、現状の「読む権利を出版社から買う」という形の電子書籍は大嫌いである。
 みなさんご存じであろうかと思うので言うまでもないが、その電子書籍のサービスが終わってしまったら、もう読むことができない、という悲劇が、今までも何度も起こってきている。
 結局こうなると、一強のAmazon、キンドル以外に選択肢がなくなってくる。
 逆に言えば、ユーザーはAmazon(キンドル)のわがままを聞かざるを得なくなってしまうわけで、ある日突然、自分のアカウントが削除され、それまで買った本(の権利)がすべて失われてしまう可能性もあるわけである。これは非常に恐ろしい。

 個人的には上記の「読む権利がいきなり削除される」ような事態がなければ、電子書籍はとてもよいメディアだと思っている。実際、集中して読んだ作品などは、あとで思いだそうとしても、電子書籍で読んだのか、冊子体で読んだのかが思い出せなかったりする。

 一応、クリスチャンとして、超小型の新約聖書をカバンの隅に入れてはいるが、実際に引くときはスマホに入れた電子書籍の方である。
 かように、電子書籍は素性はよいのである。デジタルテレビのB-CASのように、おかしな権利関係の主張で、妙な方向へいかなければよいのだが……。


(これは2011年のとき。西館上からの様子。電子出版エキスポと同時開催で、まだ勢いはあったが……)

 というわけで、話はブックフェアに戻ってきて、わたしは毎年「日本聖書協会」のブースで、新しい装丁の聖書や、関連本を買うのを楽しみにしていたのである。わたしは日本聖書協会の協賛会員なので、バッジをお見せすると、資料を無料でいただけたりもしていたのだった。 
 2018年完成予定の「新翻訳聖書」も作業が佳境に入っている時期だというのに。本当に残念だ。

 日本聖書協会直営の「バイブルハウス南青山」でも覗きにいくかなぁ……。と思う夏である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記