2017年08月20日

【回想録】FRENAI――愛の伝道師の思い出

 パソコン通信「ニフティサーブ」の全盛期、ただ読んでいるだけ(これを「ROMする」というのは、みなさまご存知の通り。Read Only Memberの略である)で、抜群に面白いフォーラムがあった。
 アルファベット表記だと「FRENAI」。F≠ヘフォーラムの略で必ず頭につく。つまり「恋愛フォーラム」である。「FRENAI」――「触れない」で恋愛フォーラムというところが、またどこか皮肉めいていて面白い。

 最初は、みなで熱く恋愛論とかを闘わせている、とっつきにくいフォーラムかと思っておそるおそる覗いてみたのだが、あにはからんや、中身はもう少し、いい意味で「下世話」な恋愛相談が主な書き込みを占めていた。

 結局、今も、昔も、世紀が変わっても、面白いのは他人の恋愛譚なのである。今の「知恵袋」「ガルちゃん」「2ちゃんの恋愛板」すべてがそこに含まれているフォーラムと言えば、どれだけ面白いか、おわかりいただけるだろう。

 当時はまだ「ストーカー」という言葉は一般的ではなかったと思う。わたしが「コール」を書いたとき、同じ出版社から発売された「ストーカー」の初版本を担当氏からいただいた覚えがあるから、この言葉が流行り出すのは1995年以降だったはず。

 今でこそ、異性へのしつこいアプローチは「それストーカーだよ」と言われる時代だが、1990年代前半は、積極的で情熱的なアタックと評価される雰囲気はあった。
 なので、読んでいて「それはもう完全に嫌われてるって」というような恋愛相談をして「少し時間を置いたら?」などとまっとうな忠告レスをいただいているのに、果敢に再度、再々度のアタックをし続け玉砕していく相談者の書き込みがよく見られた。

 周りから「そういうアプローチは駄目」と何度もたしなめられているのに、違う相手に同じような無謀アタックをして散々な戦果を重ね、結局「女性は顔しか見ていない」とふてくされ、以後、女性に対する怨嗟ばかり書き込んでいる人もいた。
 今で言う「※(ただしイケメンに限るの意)」と「女性ヘイト」である。これはインターネットが隆盛を誇る今だから起きた出来事ではなく、20年以上前のパソコン通信の時代から同じ流れだったのである。

 そういう、人間の根っこの部分は、今も昔も変わらないのだろうが、当時と今とでは、違うこともあった。ネットでのプライバシー流出問題である。
 パソコン通信時代は、プライバシー流出に対する意識が低く、他のフォーラムで偉そうな講釈をたれている人が、恋愛フォーラムではあけすけな異性関係の書き込みをしているのを発見できたりするのも、このフォーラムをROMする楽しみのひとつであった(悪趣味)。

 これはひとつの実例だが――

1)FRIKON(離婚フォーラム)で事実婚を解消したという女性登場。
2)その女性がFKEKKONJ(結婚情報フォーラム)の結婚産業会議室で、自分が結婚産業と契約したことを書き込み、その後、FRENAIの同様会議室でも「自分は女の三高≠セから、相手もそれに見合う相手じゃないとダメ」などと高飛車発言。
3)FRENAIの不倫会議室で、自分の不倫について吐露。レスした人に「あなたはもう発言しないで」とヒステリックな書きこみ。


 要するにこの女性、個々の会議室では一面一面しか見せていないが、「事実婚解消の後」、「自分は不倫をしながら」、「結婚産業に入って自分の三高≠ノ見合う相手を探している」ということがわかってしまったのだった。

 ニフティサーブの場合、ハンドルを変えることはできるが、IDは変わらないので、流して読んでいる人は気づかないが、わたしのようにそのあたりをちゃんとチェックしている人間にはわかってしまうのである。
 わかったからと言って、わざわざ指摘しないのがROMの礼儀であった(笑)。

 さて、ここから書くことは、わたしの記憶を頼りにした、半分、フィクションとして読んでくだされば幸い。

 この恋愛フォーラムに、ある日、一人の有名人男性が書き込むようになった。有名人と言っても、あくまでニフティ内でのそれであり、外の世界では無名な人。それでも、モデムやPHS等の技術畑の世界では知らぬ人のいない方で、豊富な知識と技術をお持ちの謎の人であった。ここでは、名をO氏とする。
 O氏は最初、FRENAIで大上段に構えた恋愛論を展開していたと思う。ROMしていると、「恋愛の達人」というより、「ちょっとこじらせちゃった、自称・恋愛経験豊富な人」という感じ。

 会議室のフツーの皆は、そんなO氏に辟易していたが、世の中うまくできている。そのO氏の恋愛論に心を傾ける、一人の女性がでてきたのであった。ここでは名をF嬢としておく。
 F嬢は妙に古風な「ですわ」のような言い方をするという覚えがあり、イメージとしては、「エースをねらえ」の「お蝶婦人」のような感じ。いや、勝手なわたしの想像ですが、ね。
 O氏とF嬢は、ネット上でどんどん親密さを増していき、周囲もネット恋愛のバカップル扱いをするように。

 そして二人は、ついにネットだけでなく、リアルで二人きりのオフミ(今ではオフ会というのが普通だが、当時は「オフラインミーティング」の略で「オフミ」という呼び方もあった)を行ったのであった。
 これで、お互いの情熱が盛り下がってしまうのは、ネット恋愛あるあるのひとつかもしれないが、O氏とF嬢の場合は全然違った。もう、愛の炎が、花火から山火事になって、延焼して、会議室を焼け野原にする勢いで燃え上がってしまったのである。
 O氏はF嬢をこれ以上ないほど褒めそやし、F嬢もO氏に首ったけ、それをフォーラム会議室でやるものだから、まともな参加者はたまったものではない。ROMは面白がっていたが。

 それにしても「モデムの神様」とまで呼ばれたO氏が、ここまで恋愛フォーラムではっちゃけ、メロメロになるとは、誰が予想しえただろうか。

 O氏とF嬢の暴走は続き、愛の伝道師と化した二人は、他の相談者の真面目な悩みを「愛がないから」「わたしたちのように愛し合えば解決ですわ」と、重戦車のように蹴散らしていくのであった。


(西村啓「桜葉先輩は初恋」1巻より引用)

 途中、お断りしたとおり、このO氏&F嬢に関しては、当時のログがMOの奥底に入ってしまっており、わたしの記憶に頼る半フィクションとして読んでいただければ幸いなのだが、その中でも確実に覚えているのは、「生理痛の治し方」である。
「生理痛がつらい」と嘆く相談者に、O氏は「生理痛なんて愛があれば治る。彼氏に抱きしめられば治る。治らないのは愛がない証拠」というようなことをのたまい、F嬢もそれに同調して「そうそう、わたしたちのように愛し合っていれば、生理痛なんてすぐに治るものでございますわ」とレスをつけるものだから、真面目な相談者はたまらない。そしてROMは大爆笑するのであった。

 結局、最後、二人はFRENAIに後ろ足で砂をかけて出て行ったような記憶がある。時代は徐々にインターネットにシフトしており、その後のお二人の様子は人づてに聞いただけだった。

 何でも、F嬢は気の毒に、重い病を患ってしまったとのこと。しかしO氏との熱い仲は続き、病気も治り、O氏と結ばれた、と聞いている。
 二人の愛に幸あれ!

 この、「FRENAIの愛の伝道師、O氏とF嬢の話」は、そのうち、回想録で絶対に書こう、と思っていたのだが、悔しいことに前述のとおり、生ログがMOの奥底に入ってしまっていて確認ができない。
 なのでしつこいようだが、半フィクションとしてお読みいただければ幸いである。
 当時は本当、FRENAIはエキサイティングで面白いフォーラムであった。

 あの頃、恋愛相談をしていた諸氏諸嬢も、もう20歳以上、歳を重ねているはず。恋愛が実って家庭を持った方も、まだ独身の方もいらっしゃることだろう。
 ただROMしていただけ風情のわたしだが、当時、FRENAIに悩みを書き込んでいた皆様に今、幸多かれ、と願って、筆を置く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録