2017年08月21日

【昭和の遺伝子】心霊写真

 わたしが子どもの頃の夏のテレビ番組の定番と言えば、「心霊写真」であった。
 集合写真の背後に映り込んだ人の顔のようなものを拡大すると、ワイドショーの客が「きゃーっ」と騒ぐ。それに、自称・心霊研究家が「これは本物ですね。ここで亡くなった方の怨念が写っています」などと訳知り顔で解説し、また会場がざわめく。
 テレビの前で、ぬるいスイカを食べながら見ていたわたしも、子ども心に「ほー、そんなもんかねぇ」と納得したりしなかったり。
 新書の「恐怖の心霊写真集」などがよく売れていた時代である。

 けっこう有名な心霊写真の話と言えば、生首の描かれた巻物があり、その目が閉じていたのに、生放映中に開いた、というもの。これは検索すれば出てくると思う。
 タネを明かせば、ただ、目のところにハエが止まり、解像度の低い昔のテレビではそれが瞳のように写って、目が開いたように見えた、というだけなのだが、かなり話題になった心霊写真関係の話だ。

 心霊写真にもトレンドというものがあり、ごく普通の集合写真の後ろにいる幽霊が飽き足らなくなってくると、テレビに写った幽霊の写真、写っている人の手足が消えている写真、と、次々とテレビ局は新しい心霊写真を紹介し、紹介する度に、同じような心霊写真が視聴者から送られてくるのであった。

 今、これだけデジカメが普及して、当時の数万倍の写真が、毎日、人々に撮られているというのに、心霊写真が撮れた、という話は増えるどころか、もうそんな話をする人すらいない。
 昔は現像代が高かったので、カメラの中にいれたフィルムは大事に入れっぱなしにしておき、イベントごとに一枚とって、一年に一回、現像する、などという家庭は少なくなかった。
 自然、カメラ筐体からの光漏れや、写したフィルムを進めるパーコレーションの不具合で感光したり、二重写しになってしまうことも多かった。その結果、「心霊写真」ができあがってしまっていたのである。
 フィルムにだけ感光し、CCDには写らない幽霊なんぞ、恐くもなんともない。
 心霊写真も、技術の進歩で消えた、昭和の遺伝子のひとつと言える。

 こんなわたしも、心霊写真を一枚撮ったことがある――と書ければ良いのだが、実は一枚も撮れたことがなかった。
 修学旅行で行った先の京都の旅館の目の前がなぜか墓地で、そこで「幽霊さん、いるものならぜひ写ってください」と念じながら一枚撮ってみたが、現像して紙焼きしてみると、ただの墓地の写真である。なんとも、つまらない結末だった。

 その修学旅行の夜。誰かがエロ本を持ち込んできていた。そのタイトルは「痴漢教師」。
 当時のエロ本は、肝心な部分がマジックで塗りつぶされていた。見えなくて良いものが見えてしまうのが心霊写真なら、このエロ本は見たくてたまらないところが見えない逆・心霊写真である。
 心霊写真研究家なら「うーん、この部分、黒い怨念が写ってますね」とでも言いそうだ。

「この黒い部分にバターを塗れば落ちるって聞いたぜ」
 と、誰かが言い出し、どこからかバターが現れた。
「なんでバターなんて持ってるんだよ!」と全員で爆笑。そして、交代で、指先にバターを付けて、黒塗り部分をせっせ、せっせとこすり出す。
「見えてきた?」
「うーん、見えてきたような、なんかあるのはわかるんだが」

 せっせ、せっせ。

「ちくしょう、ダメだ。他の部分が破れてきた」
 全員、大爆笑。結局、「痴漢教師」の女性モデルさんの、黒塗りの心霊写真部分は見ることができなかった。

 後日、この事件は、クラスメイトに「きよし君」という真面目な生徒がいたことと、エロ本のタイトル「痴漢教師」にひっかけて、「痴漢きよし」事件と呼ばれるようになった。きよし君にはえらい迷惑である。
 きよし君が「痴漢きよし」事件に関わっていたかは、実は記憶がない。ひょっとしたらバターを持ち出した張本人だったかなぁ?
 なんにしろ、今のきよし君は立派なお医者様である。
 なんとも懐かしく、今、一人で書いていていても吹き出してしまう顛末であった。

 心霊写真の思い出から、なぜか最後はエロ本の思い出になってしまったが、まあ、両方とも、昭和の遺物ということでご容赦。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子