2017年08月23日

【回想録】思い出に残る授業

「授業を受ける」なることから離れて、もう数十年になるが、今でも思い出せる、思い出に残る授業というものがある。

 ひとつ目は、小学生の校外学習のとき。クラスで国会議事堂を見学に行ったときのことである。どうしてそんな流れになったのかが思い出せないのだが、わたしがふざけて先生に「先生、議員になれなかったことが悔しいんでしょ」というようなことを言ったのだ。
 非常に失礼で、かつ、KYな発言だったことを、今、悔いている。
 先生がとたんに、不機嫌になったことがわかった。わたしとしては、そんなに怒るようなことでもないと思っていたので、不思議だったし、少し恐かった。
 小学校を卒業後、その先生の父親が、ある市の市長に立候補して、当選した。それを知ったとき、ひょっとしたら、当時の先生の家庭の中に、政治家を目指す父と教員という自分の軋轢があったのかもしれないな、と、思ったのであった。

 その先生とはけっこう思い出があり、やはり校外の授業で草花の研究をしているとき、「恭介は将来、漫才師か小説家になるといいよ」とおっしゃった(これは前に別の記事でも書いたかと思う)。なぜ先生がそうおっしゃったのかはわからない。

 今、当時の先生の歳を越してみると、決して「優等生の先生」ではなかったと思う。体罰は多かったし、修学旅行先で人の(わたしの!)下着をみんなで無理矢理脱がせ、赤チンを塗るような人であった。なんでも先生のいた大学のクラブの通過儀礼だったというが、今だったら、即、懲戒免職ものの所行である。

 ただ、わたしは不思議とこの先生に好かれていたようで、全校で行われる学年の芝居の主役に抜擢してくれたのも、この先生であった。演じた題目は「杜子春」である。
 今自分が、当時の先生の歳を過ぎてみると、この先生は等身大のひとりの人≠セったなぁ、と思う。そして、不思議と憎めない人であった。

 思い出に残る授業、ふたつ目は、中学のとき。三年間、国語を受け持ってくださった、少し老いた先生の、最後の授業であった。
 細かいところは覚えていないが、先生は、今までわたしたちのクラスを受け持てたことに謝辞を述べ、最後の授業なので、自分の好きな小説を朗読する、とおっしゃったのであった。
 そして、文庫本を取り出すと、教壇に椅子を置いて、ゆっくりと、よどみなく、落ち着いたよく通る声で、その小説を読み出した。

「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。」

 夏目漱石の「坊っちゃん」であった。
 先生の声は耳に心地よく、同時に、ああ、これがこの先生との最後の授業になるんだなぁ、と、しんみりしたことをよく覚えている。
 この先生は、教育人として、人として、とても尊敬できる方でもあった。今の自分はまだ、このときの先生の歳を追い抜いていないが、この先追い抜いたときでも、この先生の持たれていた人生への洞察の深さ、落ち着き、人に対する優しさは持てないような気がする。
 一コマの授業で、「坊ちゃん」のどこまでを読めたのかは覚えていない。ただ、先生の良く通る太く低い声が、とても印象に残る、すばらしい時間だった。

 思い出に残る授業、三つ目は、ちょっとコメディチックだ。高校三年のとき、たしか日本史かなにか、文系の授業を受け持ってくださった、大学を卒業したての若い先生である。
 わたしの高三クラスは理系クラスであったので、文系のコマは消化単位のようなものであった。先生もそれを承知していらっしゃったので、鷹揚に「僕の授業は他の受験科目を自習しててもいいからね」とおっしゃるような感じ。学校との契約自体も、臨時教師だったように思う。

 その先生の最後の授業のとき、先生は「俺ができる精一杯のエールをみんなに送るよ」と、自前のアコースティックギターを持ち込んで、一人ライブを始めたのであった。
 しんみりした曲、アップテンポの曲、いくつかを歌ってくれた。聞いていた我々も、手拍子に口笛でノリノリである。最後は紙テープ代わりにトイレットペーパーをビュンビュンとステージならぬ教壇に投げてアンコールをせがんだのであった。
 この騒がしさに、隣のクラスの先生が何事かとやってきて、苦笑して去って行った。このあたり、やはり昭和な感じである。現代だったら、戒告くらいにはなっていたのではないだろうか。

 この先生の名は、申しわけないことに忘れてしまった。ただ、当時の理系クラスのメンツが集まると、「あの最後の授業はよかったよな」と話題になる、伝説のライブである。
 今もどこかで、教鞭を取っていらっしゃるのだろうか。あのときの熱さを「若気のいたり」と苦笑しておられるかもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録