2017年08月25日

【日記】トラハラ

 最近「告ハラ」というハラスメント行為が話題になっているという。「告白ハラスメント」の略である。

 提唱した方のロジックによると「高校生じゃあるまいし、オトナの恋愛には段階がある」「告白してOKをもらえる段階にまでいたらないような関係性でも告白してしまう人がいる」「それは相手に不快な感情を催す告白ハラスメント″s為に他ならない」というわけだ。

 わたしの感想としては、うーん、まあ、そういうところもあるだろうな、という気持ちもあるし、同時に、そんなことまでハラスメント行為になってしまうの!? という気分もある。
 オトナの恋愛の段階を三段跳びして告白してしまうコドモには「ごめんなさいね。あなたのことを良く知らないし、おつきあいはできません」と、キッパリお断りするのがオトナだと思うからだ。一方的にハラスメント行為と感じるからやめてほしい、というのは、それこそコドモの感性、オトナの対応ではないのではないだろうか。

 と、こうやって書いてきて、これがハラスメント行為になるのなら、これもハラスメント行為になるのでは、と思うことがあるので書く。
 ひょっとしたら、これからわたしが書くことが気に入らなくて、反感を持つ方がいらっしゃるかもしれない。しかし、「告ハラ」があるのなら、こういったハラスメントもあるはずだ。
 名付けて「トラハラ」である。

 最近、知らぬものを許さぬ勢いの人権意識、LGBTのTである。トランスジェンダーのTだ。「体は男だけれど心は女」あるいは「体は女だけれど心は男」の方々である。

 ある日のことである。市民プールの出口で、細君が女子更衣室から出てくると、妙な顔をしている。
「なんか、ちょっとおかしい人がいたんだけど」
「おかしい人?」
「うーん……」
 細君が言葉を濁したので、そこにあるベンチに二人で座ってカバン整理をするフリをしながら、更衣室の入り口をさりげなく気にしていると、ああ、なるほど、出てきた方が――長髪で派手な口紅を引き、ワンピースに女性が持つようなデザインのトートバッグを持ち、サンダル姿だが、肩幅や体つきから、明らかに女装している男性だとわかった。
「これ、係の人に言った方がいいかな?」
「うーん」今度はわたしが唸ってしまった。「難しいところだなぁ。盗撮とかをしてたわけじゃないんだろ」
「それはそうだけど――」
「トランスジェンダーだよなぁ。へたに騒いだら、こっちが人権意識のない人間だって言われかねないよ」
「だけど、男だよ。男が女子更衣室を使ってたんだよ」細君は溜息をつき「気持ち悪いよ。正直なところ」
 そうこうしているうちに、その方は外の駐車場へと消えていったので、それ以上、我々がどうすることもできなかった。もともと、どうにもできないことだったのかもしれないが。

 しかし、読者諸兄はどうお思いになられるだろうか。これも、LGBTへの差別意識の現れになると?
 当の女性である細君が「気持ち悪い」と言っているのである。そういったことも、現代では、人権意識のもとで許さねばならないのだろうか。

 これはハラスメントではないだろうか? トランスジェンダー・ハラスメント。略して「トラハラ」である。

 そのぐらい許して当然。それが人権意識というものだ、という男性は、ちょっとこれから書くシチュエーションを考えてみて欲しい(わたしは男性なので、男性としての例しかあげられない)。

 あなたはあなたの恋人を含む友人たちと温泉宿に行くことになった。その中には、「体は男だけれど心は女」というトランスジェンダーの仲間もおり、あなたの目から見ても彼(彼女)の体はまだまだ男である。
 そんな彼(彼女)のことをあなたは理解し、応援しているつもりではあった。
 が、彼(彼女)は「自分は心は女なのだから、女性風呂に入るのが当然」だと言い出す。女性風呂に入れば、あなたの恋人の裸は彼(彼女)の目に晒されることになる。あなたはそれに耐えられるだろうか?

 わたしはやはり、そういう行為(自分の心は女なのだからと主張し、女子トイレや女子更衣室、女子浴場に入る)は「トラハラ」だと思う。

 少なくとも、男性専用、女性専用の施設を使うからには、体の性別を心の性別と一致させて、つまり性別再判定手術を受け、戸籍も心の性別に変えてからでないと、「トラハラ」行為ではないだろうか。

 実を言えば、わたしはけっこう、この世界に詳しい。ある事情があり、一時は理解しようと努めたことがあったからだ。その上で、やはり「トラハラ」はある、と思う。

 上記までは専門用語を用いずに書いてきたが「心は女だけれど体は男」の方がMtF GID、逆の方がFtM GIDと呼ばれていること、性同一性障害がDSM5における精神障害であるという認識など、わたしは一般人より知識を持っているつもりである(このあたりのことは「【書評】放浪息子」にも書いた)。
 そういう世界では、生まれついての女性のことは「純女」と呼ぶ。

 純女である細君が「気持ち悪い」と思う行為を行うのはハラスメントではないだろうか? わたしは細君のそのシンプルな気持ちを「人権意識のなさだよ」と断罪することはできない。

 みなさんはいかが思われるだろうか?
 わたしたちの人権意識が低い、のだろうか?

 トランスジェンダーの方々のことも理解したい、簡単に斬って捨てるようなことはしたくない。と、ひとりのキリスト者として思っている。
 正直、答を探して逡巡しているところだ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記