2017年08月28日

【日記】Gが恐くなくなった

 と言っても、G13型トラクターの話ではない。あっちは恐い。まあ、わたしを暗殺しようとするような奇特な人はいないだろうが。

 Gとはもちろん、ゴキブリである。その昔、少年期から青年期の始めにかけては、ゴキブリが恐くてしょうがなかった。
 部屋に一匹、ゴキブリが現れただけで、もうその夜は眠れない。殺虫スプレーとハエたたきで、とにかく退治するまでは安心できない。
 書斎を改装して広くするまでは、モノが多く、隙間に逃げ込まれてしまうと、こっちとしては必死である。ハエたたきでバンバン威嚇して、ふと顔を上げると、全然違う場所の壁を走っていたりする。やつらは神出鬼没だ。
 そしてたまに、飛んできたりするのがまた恐い。

 その昔、オウム真理教が「世界が滅亡したときに生き残るのは我々だけなんです」と言ったとき「じゃおまえらゴキブリと同じじゃん」と毒づいたくらい、ゴキブリというのは生命力に溢れている。

「ゴキブリホイホイ」が出始めた頃、これはよい、と、部屋に設置してみたのだが、これの弱点には気づかなかった。もし、ゴキブリがまんまとかかっている場合、ゴキブリホイホイ本体を手にとってゴミ袋に捨てるまでが地獄なのである。中にゴキブリが数匹はいっている箱を手に取ると思うだけで寒気が走る。
 それでも、なにもかかっていないホイホイを捨てるのはもったいないから、一応、中をおそるおそる覗いてみる。うっ、動いている何者かがいる……。どひゃー。おぞぞぞ。

 そんなわたしだったが、ある日を境に、ゴキブリが恐くなくなった。これは本当に突然に、である。その変化は180度の転換と言ってもいいくらい。
 いったいなにがわたしに起こったのか――考え方を変えたのである。
 こう変えたのだ。

「相手はたかが指先程度の大きさの虫。こちらは人間である。体の大きさ、重量、体積から言っても、勝負になるわけがない。こちらのハエたたきのひと振りがかするだけで致命傷になるような、殺虫ガスが漂うだけで動きが鈍るような、その程度の相手なのである。ゴキブリ一匹がどんなに必死になろうが、こちらは命を奪われることはもちろん、傷を負うことすらない。ただ、嫌悪感があるだけで、これは精神的な問題だ。つまり、むしろ、怖がっているのはこちらではなく、ゴキブリの方なのだ」

「怖がっているのはこちらではなく、むしろゴキブリの方」という真実を悟ったとたん、ゴキブリが恐くなくなった。その姿形に嫌悪感はあれど、圧倒的に精神的優位に立つことができたのである。
 それ以来、ゴキブリを見たら、瞬時にスリッパでバンバン、新聞を丸めてバンバン、迷いがないぶん、殺虫率も高くなった。
 年を取ってからは、だいぶ目がかすんできたので、ゴキブリのあの嫌悪感をもよおす脚とか翅とかをはっきり認識できず、黒く動く塊にしかすぎない。細君はおののくが、わたしはホイヨッ、バン! でおしまいである。
 それでもさすがに、直接手でつかんで捨てる気分にはなれないので、、死体はそのまま庭に捨てている。すると翌日、アリさんたちが食糧にしてくれている。
 面白いモノで、殺虫剤で殺したゴキブリの死体は、アリさんたちは見向きもしない。わかっているのだなぁ、やっぱり。

 そんなわけで、ゴキブリが苦手、という人は少なくないだろうが(いや、わたしだって、得意というわけではないが)、ひとつ、考え方を変えて「怖がっているのはゴキブリの方」と思えば、精神的優位に立てる、ということをお伝えしたい。
 スポーツでもなんでも、「精神的優位に立つことができる」だけで勝利は半分決まったようなものなのである。

 もっとも、マンガの格闘モノなどでは、現実的な実力を見誤って、自分の方が強いと勝手に思い込みボコボコにされる、ということもないではないから、ま、闘うのは地球に住む小さなゴキブリ相手にしときましょうね、というところで。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記