2017年09月01日

【映画評】きみの声をとどけたい

 まいったなぁ。これが最初の感想。いや、いい意味で。
 こんなに丁寧に作られた作品を「きみの膵臓をとどけたい」とか「きみの声を食べたい」とか茶化すことはできない。

 これもネタバレらしいネタバレはない、むしろミットに入るボール音が心地いいほどストレートなお話なので、特にそのあたり、配慮はしないが、お約束なので、事前情報などあらかじめ入れるのがお嫌いな方は、このあたりで他ページへ移動していただきたく



 あらすじ――「コトダマって、あるんだよ」。そう信じるなぎさは高校二年生のラクロス部員。試合に負けたことより、幼なじみの友人同士が仲たがいしていることに心を傷めてしまう、心の優しい女の子だ。
 そんな夏休みの午後、夕立に追いたてられ、ひょんなことから、廃墟のように店じまいしていた喫茶店に雨宿りしたなぎさは、そこにあったラジオブースの電源を入れてしまう。よくわからないまま、レコードを流し、マイクに声を流してDJの真似事をしてしまうなぎさ。それは実は、かなり昔に閉鎖された「ミニFM局」であった。
 その放送を、たまたま見舞いに来た病室で聴いていたのが、昔、そのミニFM局「アクアマリン」でDJをしていた女性の娘、紫音。紫音の母は事故に遭い、意識不明のまま寝たきり状態で十数年を過ごしていた。
 最初は不快感からなぎさにメールをした紫音だったが、なぎさの優しさに触れて心を開き、なぎさの友人たちとミニFM局を放送することに。それを聴いた同級生の仲間も加わり、新生「アクアマリン」が本格開局。商店街でも評判になっていく。
 しかし、紫音だけは知っていた。この放送ができるのは、夏休みの間だけだ、と――。


 冒頭にも書いたが、「まいったなぁ」というのが素直な感想。丁寧に大切に作られた作品である。キャラクター造形も、鎌倉・湘南・ミニFM局という舞台も、話構成も、演出も、ストーリー構造体として美しく、非の打ちどころがない。
 ということは、もちろん「お約束」部分も多いわけだが、それをパロディなどにせず、直球でスパーンと投げ込んでくる。しかも剛速球ではない。いいじゃないですか、こういうの。こじらせたオタク向けじゃないですよ、この作品。

 女子高生たちを演じる声優たちは「キミコエ・オーディション」という企画で選ばれた六人。だが、こういう企画モノの延長の作品としてありがちな、「この程度でいいだろう」という妥協もない。新人の彼女たちを、がっちりとそれぞれのジャンルの手練れの職人たちが支えており、最初の数分から「ああこれは安心して観られる作品だ」とわかる作品である。
 この作品がデビュー作となる新人声優さんたちは幸福だ。余談だが、菊池桃子さんはいつまで経っても、「デビュー作『パンツの穴』」なのである。

 ヒロイン「なぎさ」の素直さ、ピュアさがまぶしい。何度か、彼女のストレートな感情表現にウルッときてしまった。いい娘だなぁ。
 また、湘南の夏の描写が素晴らしい。特に暑い晴天だけでなく、夕立の表現、激しい雷雨のシーンなどが「夏らしい」のが見事だ。

 六人を演じた新人声優さんたちは「NOW ON AIR」というユニットで曲も出しているとのこと。それにしても、最近の声優さんたちはうまくなった。キャラクターたちそれぞれの特徴を上手に演じ違和感もない。むしろ器用すぎて、それが故に「業界に潰されないでね」と老婆心ながら心配したり。

 ラストがちょっと時間が飛びすぎか――「なぎさが新しい夢を持った」程度でいいのではないかとも感じたが、これはむしろ、観劇者への大サービスととろう。こういうエンディングも嫌いではない。

 あまり映画同士を比べたくはないのだが、正直、この夏のアニメ映画として本命だったろう「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」とどちらを観るか悩むとしたら、こちらをわたしはお勧めしたい。
 観劇後の爽やかさが段違いだ。

 この映画を観た帰り道、わたしの住む地方都市で長く長く続いていた個人経営の喫茶店が閉店し取り壊されているのを目撃して、そのシンクロに少々びっくりしてしまった。
 しかもその喫茶店は旧NHKの局舎前にあり、かつてそのNHK局でちょっと仕事をしていたわたしも、そのたび何度か入っていて、また寄ってみたいな、と、数ヶ月前に思っていたところだったのだ。

 時代の移り変わりは仕方ないのかもしれないが、それでも、若い新人声優さんたちの熱演に元気をもらったような気がする。
 ED主題歌「キボウノカケラ」を聴きつつ、この記事の筆を置く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評