2017年09月02日

【日記】夏祭り

 わたしが住んでいる町は、夏になると町内会で夏祭りをやる。
 六、七年前、「経費削減のため、夏祭りは一年ごとにやる」と決めたはずなのに、なぜか、ここ数年は、当然のように毎年やっている。

 わたしも持ち回りの町内会の評議委員として会議に出ることはあるが、この夏祭りに関しては、なぜか触れてはいけないことのように、今や「お盆の頃にやるのが当然」ということになってしまった。
 どうも、太鼓の練習をするグループがいるらしく、夏祭りをなくしてしまうと、彼らが活躍する場がなくなってしまうから、という理由から……らしい。

 我が家はこのお祭りの場所から少し離れてはいるのだが、それでも、夏祭りが始まると、この太鼓の連打が苦痛である。

 ドン! ドン! ドン! カラカッカ! ドドン! が、ドン!

 おまえらワンピースの登場人物の決めポーズかよ、というくらい――

ドン! ドン! ドドーン! カラッカ! ドドン! ドーン!


(尾田栄一郎「ONE PIECE」36巻より引用)

 もう、本当に、辛抱ならないほど、うるさくて、やかましくてたまらない。家も揺れそうなほどの大音響で、家族の会話もままならないほどだ。

 しかも流れる曲が、「東京音頭」「炭坑節」「おバケのQ太郎」の三つだけ。これが夜の六時から九時半まで、延々と流れ続ける。これが一種の拷問でなくしてなんであろう。クリリンでなくとも「JASRACさん、はやく来てくれーっ」と叫びたくなるくらい。
 いや、これだけあからさまにやっているのだから、著作権料、ちゃんと払ってるのかもしれないけどね。

 昔、そう、昭和の頃は、まだこの「町内の夏祭り」も楽しみだったのである。道路には屋台がいくつも出て、まだ通りには小売店も多く、その日には店を遅くまで開いて、お祭りムードをもりあげていた。
 当時はわが町も「帰省する町」だったのだろう。子どもたちが浴衣を着せてもらい、盆踊りの輪に参加するのであった。
 子どものわたしも綿菓子や水ヨーヨーなどを買って、ホクホクしていたものだった。

 しかしもう、あれから数十年が経ち、新しい路線網も発達して、わが町も「帰省する町」から「ベッドタウン」化したのである。近くに大学もあり、アパートも増え、町内会に参加している地域住民も減った。こんな町に、もう夏祭りは時代遅れの感がいなめない。

 規模はどんどん縮小し、小売店も廃業していく。警察に許可を得るのが面倒になったのか、屋台も道路から公園内に設置されるように。いつの間にか、店を出すのが、テキ屋さんから、太鼓グループの人たちになっている。うーん。

 なのに、太鼓のデカい音だけは変わらない。
 ドン! ドン! ドン! カラカッカ! ドドン! が、ドン! である。
 ほんとお前ら、ワンピースかよ!!


(尾田栄一郎「ONE PIECE」36巻より引用)

 幸いなのは、昔は三日連続だったのが、二日間に短縮されたことである。二日間、この太鼓の騒音に耐えれば、また静寂な町が戻ってくる。
 毎年、どのくらい人がきているのか、ひやかしに行ってはいたのだが、今年はついに家から一歩も出ず、部屋に閉じこもって、耳栓をしてひたすら耐えていた。

 毎年、楽しみにしている人がいるのだから、一概に「迷惑だ、やめてしまえ」とは言わない。二日間の夜、わたしが耐えれば済むことだ。しかし、家人に病人でもいたらたまらないだろうなぁ、と思いつつ……。

 振り返ってみると、その昔は町内の一丁目、二丁目、三丁目、四丁目……でそれぞれ夏祭りをやっていたが、今や残っているのは、うちの丁だけだ。なんぞこれ。ひょっとしてなんかの利権でもあるんかいな?
 まああれだな、そこまで大げさではなくとも、町内会のお偉いさん方の、いい飲み会の口実になっているのだろう。

 ああ、やっと太鼓が止まった。ホッ。
 これでまた一年、「東京音頭」「炭坑節」「おバケのQ太郎」のリピート太鼓地獄を味わわなくて済むと思うと、夏も後半なのである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記