2017年09月19日

【回想録】腕時計の思い出

 最初に腕時計をしたのは中学一年生の時。針式ではなく、カシオのメタルバンドのデジタル時計であった。秒の表示はなく、まんなかに液晶で時間が表示されているだけという代物。
 痩せていて、腕が細いものだから、メタルバンドを最高にきつくしてもユルユルになってしまったことを思い出す。

 当時のデジタル腕時計には電光管式もあり、それはバッテリーを食うので、スイッチを押したときだけ点灯する、といったものだったと思う。

 わたしは小学校のときも電車・バス通学だったが、これは暗黙の了解で、小学生に腕時計は与えない、という学校の雰囲気があったのであった。
 で、中学に進学したとき、やはり人並みに「腕時計」「万年筆」「カバン」をプレゼントされたわけだ。このうち、まだ手元に残っていて使えるものは「万年筆(モンブラン・ノブレス)」しかない。

 最初の腕時計は、本当に現在時間が見られるだけという味気ないもので、好奇心旺盛な中学生には、正直、物足りなかった。
 ちょうど、シャープ vs カシオの電卓戦争が始まった頃で、腕時計もどんどん高機能化していく走りだったと思う。

 次に買ったのは腕時計ではなく懐中時計であった。いやきっと、あなたの想像している懐中時計とは違う。アナログ式の厨二病なそれではなく、カシオが出していた小型バー型の多機能デジタル時計で、ストップウォッチやタイマー機能もついていた。
 高校入試はその懐中時計を机に置いて受けたと記憶している。

 高校時代は、ボタンを押すと時間を合成音声で発声してくれるデジタル腕時計を使っていた。セイコー製だったろうか。
 デジアナ時計も珍しくなくなっていたが、最初のそれは、アナログ部が小さく時計の右下につけられ、デジタル部の方が大きかったような記憶。持っている友人がちょっとうらやましかった。

 高校を卒業してから、神保町のキムラヤで、カシオのアナログ+デジタル時計を購入。これはアナログ部メインで、デジタルの部分には日付をだしておける、十分実用になる物であった。
 驚くべきことに、この時計は以降25年は故障せず動き続けてくれた。今でもジャンクボックスのどこかに入っているはずである。

 以降、腕時計はファッションに合わせていくつか使うようになった。時計に金をかけるという価値観がないので、値段よりも店頭で見かけたフィーリング優先である。



 健康のためよく歩いていた頃は、指でボタンを押すと心拍数がわかるゴツいデジタル腕時計をつけていたこともあった。
 本当の心拍計は胸に通称「乳バンド」をつけてリアルタイムに心拍数がわかるものだが、これはそのときの心拍数がわかるだけ、というもの。
 本物の心拍計もひとつ買ってみたが、「乳バンド」が透けて「やだ、あの人、男なのにブラしてる」と誤解されるのが嫌で結局オクラ入り(笑)。

 今はエルジンのチタンフレームのアナログ腕時計をよく使っている。これは洗礼記念におそろいで時計を買おう、という話になり、細君が金属アレルギーなので、チタンフレームで廉価なもの、という前提で絞り込んで選択したのだが、細君、それでも湿疹ができてしまうので、結局わたしだけが使っているという始末。

 全然高い時計ではないが、わたしのクリスチャン寿命を刻一刻と伸ばしてくれている時計なので、使った日時だけ愛着が沸いている。

 今のネットでは、クルマだとAT vs MT論争がよく起こるが、どうして腕時計のアナログ vs デジタル論争は起こらないのだろう。わたしが子どもの頃は、そういった話をよく友だちとしたものである。今は腕時計そのものが劣勢なのだろうか。

 わたしは旧い人間なので、やはり外出のとき腕時計がないと不安な気持ちになる。スマホを見れば足りるから、という気分にはならない。
 かといって若い人に「腕時計しろよ」と言う気はまったくない。それはそれでひとつの進化ではあると思う。
 なにしろ身近で、まったく腕時計を使わず生きてきた人(細君)を知っているので、まあ、それもありかな、と。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録