2017年10月01日

【回想録】テレカの思い出

 図書券、図書カードで連想して、テレカのことを思い出し、つらつらと。

 わたしは、電電公社時代のテレカを持っている。が、使用済で穴も開いているので、思い出アイテムとしての価値しかない。
 使わないでいれば、好事家の間で多少は値が付く代物になっていたのだろうか。

 初めてその電電公社のテレカを買ったのは昭和58年、1983年のことである。どこで購入したのかも覚えていないが、その年の春であることは明らかだ。
 買った当初は、使える公衆電話の方が少なくて、それを探す方が大変であった。

 今の人には想像もできないことだと思うが、当時は駅前などに公衆電話や公衆電話ボックスなどが並び、使うために、人が列を作っていたのである。
 それに10円玉を入れてダイヤルする。公衆電話にしても、まだプッシュ型とダイヤル型が混在している時代だった。

 そのテレカを友人たちに披露したとき、「初めて見たよ」という驚きとともに「こんなもん、どこで使うんだよ」という声があったのだから、今思うと笑ってしまう。

 テレカと言えば、こんな思い出もある。
 わたしと細君が、渋滞している道の横の歩道を歩いていると、渋滞中のクルマから突然女性が降りてきて、困った顔で「すいません、お願いできますでしょうか?」と、メモとテレカと手渡されたのであった。
 メモを読んで、すぐに状況を悟った。女性は学校の先生で、渋滞に巻き込まれて授業に間に合いそうにない。それで、通りがかったわたしたちに、学校へ連絡してほしいと、メモとテレカを託したのであった。

「わかりました」とお返事して引き受け、女性はクルマに戻っていった。
 わたしたち夫婦は近くの駅の公衆電話で、メモに書かれていた番号に電話を掛け、○○先生は渋滞に巻き込まれて授業に遅れます、と伝えたのであった。
 なお、テレカの残りはお礼として使ってくださいとメモにあり、ありがたく頂戴した。
 ケータイ、スマホが当然の今の時代だと、笑い話――いや、逆に笑い話すらならないかもしれない。プライベート情報だだ漏れではないか、と。しかし当時は、こういうことは(よくあることではなかったが)、日常のひとコマではあったのだ。

 編集者といつも打ち合わせで使っている喫茶店で待っていると、ウェイトレスさんが来て「SD社のMさんは遅刻なされるそうです」などというのは珍しくなかった。Mさんの遅刻も珍しくなかった(笑)。

 ケータイ、その直前のポケベルが普及するまで、電話は一家に一台のイエデンが当然であった。つまりカノジョに連絡するのに、お父さんバリアを突破せねばならないという難関があったのである。

 ある日、後の細君に連絡を取ろうと細君の実家宅に電話を入れると、細君のお祖母さまが電話を取り「直子はいないよ。ずっといないよ」と一言言って、ガチャリと切られてしまった。
 こちらは呆然、である。なにか失礼をして、拒否されてしまったのかとか、細君本人に嫌われてしまったのかとか、しばらくクヨクヨ悩んだものであった。
 あとで聞くと、そのとき細君は合宿かなにかで家を留守にしていたとのこと。それで「ずっといないよ」だったのである。お祖母さまの素っ気なさに細君は笑っていたが、こちらはずっと不安だったのである。まあそれも、今は良い思い出だ。

 今は家族内定額、さらにはカケホーダイの時代なので、いくら話しても料金の心配はないが、昔、遠距離で電話をかけると、電話代は青天井であった。
 函館から細君の実家にテレカで電話をしたら、その数字の減り具合に仰天した。カウンターがみるみるうちに減っていく。目で見えているから減り具合もわかるが、これが固定電話だったら怖いなあ、と思ったものだ。

 今の時代、コミュニケーションにかけるコストは、当時とは比べ物にならないほど安くなっているはずである。
 格安でのケータイ通話はもちろん、LINEなどで常時メッセージのやりとりもでき、「お父さんバリア」もなくなった。
 そんな時代に、恋愛難民が増え、交際から破局にいたるまでの時間も短くなり、結婚率も落ちているというのは、なんとも、皮肉な気がする。

 今の若い者は根性が足りん!

 などと言う気はない。おそらく、恋愛というものは、多少、障害があったほうがいいものなのだ。
 ケータイやスマホで簡単にコミュニケーションがとれる時代だからこそ、恋愛難民が増えているのかもしれない――というロジックは、「風が吹けば桶屋が儲かる」論理より、ひょっとしたら信憑性があるかもしれない。


(ちょっと書斎の隅を探すだけでこれだけ余ったテレカが……。きっと、もっとたくさん持っていて未使用な方も珍しくないだろう)

 話をテレカに戻すと、今はいざというとき用に、一枚だけ、手帳に入れている。
 問題は、かける電話番号を、家と実家、細君の携帯番号くらいしか覚えていないということだ。スマホのバッテリーがあがったら、結局細君ぐらいにしか連絡がとれない。持ち歩いているシステム手帳にも住所録は入れていない。
 昔は友人の電話番号くらいはみな記憶していたものだったなぁ。と、懐かしく思い出す。便利さと引き替えに、人類の脳のシワもツルツルになりつつあるのかもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録