2017年10月08日

【日記】本当に調子が悪いとき

 本当に心身の調子が悪いときは、音楽すら聴けない。わたしは持病自体もそうだが、特に体調がダイレクトに聴覚へ影響を及ぼすタチらしい。

 ドンシャリしたポップスなどはもう全然ダメ。鳥肌が立つ。オーケストラも金管楽器がつらくて聴いていられない。声楽もつらい。バイオリンも音が紫色にチラついてダメだ(こういうのを共感覚というらしい)。

 本当につらくて、そういうときは耳栓をし、枕を抱きしめて、ただひたすら耐えるしかない。ちなみに抱き枕はニトリのものを愛用。アニメ絵のおたく抱き枕じゃないですヨ。
 しかし耳栓をして音を遮断していると、今度は耳鳴りと、全身の皮膚がシャリシャリする感じがなかなか治らないのである。聞いた話によると、いつも耳栓をしていると、むしろ聴覚過敏が進んでしまい、あまり治療にはよくないらしい。

 そういうとき、唯一、聞けるのが「自然音」である。「川の音」「海の音」「朝の高原」「秋の虫の声」とか、そういう類。なので、わたしのPCのmp3フォルダには、そういった音源がたくさん入っている。
 そういう音を聞いて、心身が少し落ち着いてくると、ああ、こんなコンクリートの中に住んでいても、人間、やっぱり自然の一部なんだなぁ、と思ったりする。



 お気に入りは「奥入瀬の清流」だ。川の流れる音は基本的に好きだが、録音によっては、まるでドブを汚水が流れているような出来になっていて、聴覚過敏の身には、臭いが鼻についてくるようでゲッとしてしまう。

 海外の自然音の音源もいくつかもっているが、これもやはり、どこかお国柄を感じてしまう。わたしはやはり、日本の山間を流れる川の音が好きだ。

 わたしが中学生の頃、「生録ブーム」というのがあった。パラボラ型のマイクを持って森や林の中で鳥の声を録る、というものである。わたしも生録できるラジカセを一台もっていたが、そのパラボラが屋外に出たことは一度もなかったような気がする。
 思えば、当時、山や森へ行く必要などなかった。ただ、街中へ行って、昭和の音を録音して残しておけば、きっと今、いい記録になったろうに。

 自然音を聴いて多少、楽になってくると、今度は頭の中に「パッヘルベルのカノン」を流してみると、つらさが鎮まることがわかった。実際に曲を聴くのではなく、自分で頭の中に流すのである。あのコード進行は、神のつくりたもうた人間への贈り物だ。
 それでもう一段、心身が治まってきたら、本当の音楽を流してみる。復帰まであと少し。だが、光は見えてきた。

 体調不良が始まってから治まるまで、短いときは三日、長いときは二週間。こんな感じの期間を、年に一、二回は経験している。

 今はポップスを聞きながら、これを書いている。つまり、調子は悪くない、ということ(いや、悪いときはそもそも書けないんですけどね)。
 いいクスリはあっても、特効薬はない持病なので仕方がない。長く断酒禁煙し、なるべく良い睡眠をとり、良い生活リズムでノンカフェイン生活を送っているのだが、季節の変わり目、というか、気圧の急変に弱いのは仕方がないこととあきらめている。
 そういう体を、神さまがくださったのだから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記