2017年10月09日

【回想録】首相官邸

 わたしは首相官邸に入ったことがある。
 もちろん、悪いことを企んで、ではない。新潮社で賞をいただいた翌年、与党だった自民党主催で、前年の文化功労者を招いて開くパーティがあったからである。時の首相は中曽根康弘さんであった。


(原作:西村ミツル/漫画:大崎充「グ・ラ・メ!」1巻より引用)

 若干十九歳のわたしのところに、招待状が届いた。
「結城恭介様・令夫人様」
 残念ながら、当時、令夫人はいなかったので、独り身で参上つかまつった。時がねじ曲がって、未来の細君を連れて行けたとしても、年齢的に「犯罪」である。

 招ばれたのは、もちろん、わたしだけではない。むしろ行ってみてびっくりである。数百人は招いていたのではないか? わたしは普通にネクタイに背広(昭和っぽいね)姿で行ったが、中には燕尾服を着込んでいる紳士もいらした。テレビで見かける有名人もいたと思うが、そういうのは「有名人枠」であって、あらかじめテレビカメラが狙える位置に配置され、近寄ることなどはできなかった。

 豪華な絨毯が敷かれた廊下を通って、確か、中庭へ案内されたと思う。そこには屋台が並び、寿司や乾き物を始めとする立食パーティ用の食事が用意されていた。アルコールは出ていなかったと思う。いや、あったのかなぁ? これはわたしが当時、未成年であったから興味がないせいで記憶にない。
 喫煙はみんなしていた。これは灰皿を倒した御仁がいらっしゃったのでよく覚えている。いつでもどこでもプカプカは昭和の常識であった。
 それにしても、さすが安定政権だった頃の自民党。わたしのようなどこの馬の骨ともわからない若造にまで招待状をくれるとは、実に羽振りがよかったものだ。

 中曽根首相が挨拶をして、たしか、みなさんが芸術文化活動などを安心して行えるのも、自民党へのご理解があるからです、などのようなスピーチをなさったと思う。えらいショッテるなぁ、と思ったが、その自民党の金で飲み食いしに来たのだから文句は言えない。

 特に知りあいもいないので、一人で飲み食いしていると(わたしはおひとり様行動が平気)、ふと、声を掛けられた。わたしからすると年配の女性であったが、今思うとそう感じたのは失礼だったかも。
「結城恭介先生でいらっしゃいますか?」
「はい――」
「あ、やはり。フォーカスで拝見して、お顔を存じております」
 賞をいただいたとき、わたしはあの「フォーカス」誌に、見開きで授賞式が掲載されたのであった(だって「フォーカス」って新潮社ですから。ある意味内輪ボメなわけで(笑))。

 と書いてきて、うーん、今の若い人は「フォーカス」自体を知らないか。写真スクープ誌のさきがけで、その後「フライデー」や「フラッシュ」といった似たような雑誌が続々と出たのである。
 その頃、「フォーカス」に掲載されるというのは、良いことでも悪いことでも、まあ、ある程度は注目されることではあった。

 その女性は和装の正装ではなかったかなぁ。確か、「婦人公論」誌で賞をお取りになられたとお聞きした覚えがある。
 パーティも終わって、せっかくだから、と、その方に誘われて近くの喫茶店でお話しをした。

 その方は、押し入れ一杯に原稿をお書きになり、その甲斐あって、今度の受賞に結びついた、とおっしゃっていられた。いやぁすごい。わたしなんぞは、受賞作の前は、二、三作、学校で回し読みするような小説を書いただけだった。
 その女性は、「結城先生は小説新潮ですから、格が上なんですよ」と度々おっしゃるので恐縮してしまった。わたしはただ恐いもの知らずで応募しただけの身、格が上とか下とか、考えたこともなかったのである。

 まことに、実に、ひたすら申しわけないのだが、このときの女性作家のお名前を、わたしは忘れてしまっているのだった。お名刺もいただいたような覚えがあるので、書斎のどこかの名刺ホルダーに入れてあるかもしれない。今と違って、メールで情報をやりとりできる時代ではなかったのである。
 こういう努力する作家さんが、将来的に芥川賞とかを取られるのかなぁ、などと、若いわたしはボンヤリ思っていたのだった。もしかしたら、すでに芥川賞作家になられた方なのかもしれない。
 今思うと、わたしを見つけて話しかけてくださった方のお名前を忘れるなど、本当にわたしは失礼な奴である。若いわたしは、いつも自分のことで手一杯で、とても周りに気を遣うことなどできなかったのだ、と、言い訳させてください。
 もし、これをお読みになられていらっしゃいましたら、ぜひともあの頃の非礼をお詫びしたく、メールいただければ幸いです。

 そうそう、パーティ出席者には、もれなく「お土産」がもらえた。「Prime minister Nakasone」とサインが入ったボールペンである。これは母にあげてしまった。今はどこにあるかわからない。

 後日、筒井康隆先生、井上ひさし先生に、「こんなパーティに招ばれて行きましたよ」とお話ししたら「あんまり自民党よりになっちゃだめだよ」と笑い混じりに返されたのを思い出す。
 右も左もわからない若造の、今となっては、あれは夢だったのではないかとすら思う思い出だ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録