2017年10月17日

【昭和の遺伝子】免許証取得の思い出

 ツイッタラーの間で「自分のクルマに友人を乗せたらお礼をもらいたい」という話題が盛り上がっているという。
 もらいたい派、いらない派のそれぞれの主張に納得できるところもあり面白い。決着はそのときそのときの人間関係もあり、つけようがないと思う。

 昭和の遺伝子を持つわたしの感覚だと、率直に「へぇー、今の若い人は、クルマに乗せてあげたらお礼がほしいと思う人もいるのか」という驚きがあった。
 これは、地域性や世代間格差もあると思う。わたしは、誰しもが二十歳を過ぎたら免許とマイカーを持っているような地域で育った。用事や旅行でも「今回はオレのクルマで、次回は君のクルマで」のように、自然、お互いのローテーションがうまくいっていたのである。だから友人を自分のクルマに乗せたからといって、それで代償が欲しい、とは、はなから考えなかった。

 現代では都市部の青年だと、マイカーはもちろん免許証を持っていない、という人も多くなっているだろう。そういう人に「たびたび足代わりに使われてまったく代償なし」というドライバーの憤りも、もちろんわかる。

 わたし自身は、クルマの中でのお喋りが好きな方なので、免許証を持っていない友人を遠距離で乗せても、全然、代償が欲しいとは思わないクチ。友人が寝てしまっても、まあ疲れているのだろう、と起こしたりはしない。
 そんなだから、金銭とか、食事とかの代償を要求したことはまったくない。
 逆に、ツイッターでの指摘通り、クルマに乗せてあげた代償が必要なのだとしたら、今まで乗せてあげた友人に気まずい思いをさせていたのかな? と、もうしわけなく感じているところだ。わりと「いいですよ、乗ってってよ。送りますよ」と気軽に言ってしまう性分だからである。

 ところで、小・中学から知っている友人が「送っていくよ」と初めて運転席に座ったとき、すごく違和感を覚えませんでしたか?(笑)
 これは面白い感覚だよねー、と、当時、笑いあったものである。今はもう、味わえない。

 わたしは免許を二十一のときに取得した。もちろん、教習所で卒検までがんばり、試験場でペーパーテストを受けて取ったのだ。
 当時はマニュアル車、ノンパワステ、窓もレバーをクルクル回して開け、サイドミラーはフェンダーについていた。

 第一段階ではシミュレータなどはなく、タイヤが空回りする台車に実車を載せたものに乗せられた(あれの名称はなんというのだろう)。そんなだから、エンジンを吹かすと前に飛び出しそうで恐い!
 汗をかきながらギアチェンジの教習を終えて下りると、教官に「うまいね、乗っていたんじゃないの?」と言われた。しばらく、言っている意味がわからずキョトンとしていたことを思い出す。「無免許で乗っていたんじゃないの?」という意味だとわかったのは、教習所からの帰り道で、であった。

 第二段階では、狭い教習所の中で、四速まで入れるのが難しかったようなおぼろげな記憶。S字は簡単だったがクランクには苦労したなぁ。
 第三段階は坂道発進だっただろうか。教官に「半クラにして(坂道で)止めて」と言われ、足が攣りそうになった。

 そして初めての路上教習。教官は鼻歌など歌って気楽な顔をしていたが、こちらは全身に汗びっしょりである。緊張につぐ緊張で、本当にこれからまともに運転できるのだろうか、と自信をなくしたものだ。

 この頃、誰しもが経験することだと思うが、他人が運転するクルマに乗ると、とても恐くなるという症状が。運転するほうも「そうなんだよなー、慣れると平気なんだけどね」などとノホホンとしていたりするのが、今思うと可笑しい。

 卒検でも緊張し、わたしは「坂道での後退」と「加速不良」をやらかして、ギリギリの点数での合格であった。
 そうそう、当時は「高速教習」などはなかった。なくてよかったなぁ、と振り返って思っている。きっと、最初の路上教習どころではなくあせっただろうから。

 当時はわたしの住む地方都市に「免許センター」なるものはなく、いくつか分散した試験場のひとつでペーパーテストを受けた。こちらは一発で満点合格だったが、周りに「もう何回も落ちている」という人が幾人もおり、そのことのほうにびっくりしたものだ。

 まだ免許証受付のコンピュータ化が進んでいなかった時代、試験場の周りには「代書屋」とよばれる業者がいくつかあり、そこで免許証の書類を作ってもらって、試験場へと提出するのである。
 初めてもらった免許証は、今の小型のものと違い大判で迫力があった。まだゴールド免許もグリーン免許もない時代、皆、青のストライプである。教習所が免許ケースを贈ってくれたので、それに入れて携行していた。


(おりもとみまな「ばくおん!!」4巻より引用。わたしの母は限定解除*ニ許を持っています)

 免許取得以来、安全運転を続けて、ゴールド免許歴の方が長いが、一度、駐車違反をやらかして、ブルー免許に落ちてしまった(その話は「【日記】自動車免許」「【日記】おかげさまでゴールド免許」に書いた)。
 卒検での「加速不良」といいい「駐車違反」といい、わたしはクルマを「飛ばす」ほうではなく「止める」ほうに問題があるらしい。
 以降、猛反省して、ちょっとの駐車でもパーキングを探して入れるようにしている。今はゴールド免許に復帰した。

 高速での無謀な運転による事故も話題になっているが、クルマの運転というものは、技術ではなくコミュニケーションだと思っている。
 ちょっとネットを見れば、世の中には話が通じない、エキセントリックな方々がいるというのは自明ではないか。
 そういうことを頭の片隅に常に入れて、なにがあっても腹を立てずにスルーが一番、という気持ちでハンドルを握るようにしましょう、ご同輩。
「自分のクルマに友人を乗せたらお礼をもらいたい」かどうかでも意見がわかれる世の中なのだから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子