2017年10月19日

【回想録】階段落ち

「幽霊の正体みたり枯れ尾花」

 いやそれは、怪談のオチだ。そうではなくて、映画「蒲田行進曲」などで有名な、「階段落ち」の方。


(星野泰視「デラシネマ」3巻より引用)

 わたしは自宅の階段から、二回、落ちたことがある。
 我が家の階段は、初めての来訪者は皆、怖がる。角度は急ではないのだが、玄関の部分が二階へ吹き抜けとなっており、階段の片方が壁ではないデザインなのだ。
 慣れてしまえば、別段恐くはないのだが、階段の片方に壁はもちろん手すりもない、というつくりは、初見だと「恐い」と感じるらしい。

 その階段から二回落ちているのだから、デザイン上問題があるんじゃないの? という方もいらっしゃるかもしれない。今、否定の語をつなげて書こうとして、ハタ、と筆が止まった――確かにそれはあるかもしれない。うーん。まいったな。
 しかし(と反語でつなげる)、今さらこのデザインに手すりをつけるのも格好悪いし、仕方がない。
 落ちると言っても、吹き抜け部分を落ちたわけではなく、二回とも階段を「転げ落ちた」感じであるから、横に手すりがあろうがなかろうが、結果自体は変わらなかったと思われる。

 一回目はかなり前。まだ学生時代だったかも。これは単純に、足を滑らせた。お尻を階段に叩きつけて、そのままデンデンデンッと下まで落ちた。尾てい骨をしたたかに打ち、しばらく痛みで動けなかったが、どうやら骨は無事で済んだ。このときは、半日くらいで復活していたと思う。お尻に痣ができていたかどうかは見ていないのでわからない。

 二回目は病気をやってから、上の方でふわりとめまいがして、ぐるんと天井が回ってから、そのまま足からきりもみ状態で落ちた。これは病気が原因だから仕方ないところもあるが、気をつけなかった自分ももちろん悪いのである。
 からだの色々なところに擦り傷や打撲傷を負ったが、一番やられたのは肋骨であった。といっても、ヒビが入ったくらいで済んだのは不幸中の幸いである。
 病院へ自分の足で行って、しばらくコルセット生活を送る羽目になったが、以降、気をつけているので、たとえめまい状態でも、階段落ちはしなくなった。

 二回とも、こう言ってはなんだが、「打ち所が良かった」のである。頭を打っていれば、この程度の笑い話では済まなかった。マンガ家の多田かおる先生は、引っ越しの際にテーブルに頭を打ち、それが原因で帰らぬ人になられたという。


(多田かおる「イタズラなkiss」23巻より引用。多田先生の安らかなお眠りをお祈りいたします)

 階段落ちも、あまり笑い話で済ませていいものではない。最近は夜目がきかなくなったので、夜、階段を行き来するときは、階段の電気に加えてペンライトで足下を照らして上り下りするようにしている。気をつけるにこしたことはない。

 細君は、我が家の階段で落ちたことはなかった(と思う)。あったとしても下層の方で、ちょっとしたすり傷で済んでいたはず。
 ただ彼女は、教会の階段の踊り場で転んで、左肩を脱臼したことがある。このときはかなり大騒ぎ。すぐに痛み止めを飲んで病院へ。レントゲンを取ると、脱臼自体はすでにもとの位置に納まっていてホッとしたが、だからと言ってすぐに筋の痛みが取れるわけではなく、しばらくは三角巾で腕を吊った生活であった。

 平成25年のデータによると、階段から転落・転倒事故で亡くなった方は680人いるそうである。この数字を多いと思うか少ないと思うかは人それぞれかもしれない。実は平坦なところで転んで亡くなった方は階段落ち≠フほぼ七倍、5,301人もいらっしゃるという現実もあるのである。
 そんなのお年寄りでしょ、関係ないよ、と思われるかもしれないが、死亡事故まではともかく、転落・転倒自体は20代の方が多い、という統計もあったりする。

 皆様も階段には重々、お気をつけを。なにかあっても、枯れ尾花で済みますように。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録