2017年10月22日

【回想録】風邪の思い出

 風邪をひいてしまった。
 とは言え、昨日朝あった喉の痛みはだいぶ治まり、今は耳の奥がかゆい感じ。快方に向かっている感じがする。

 というわけで、おとなしく横になって寝ていればいいのに、風邪のときだからこそ書ける、風邪の思い出話。

 わたしは体の弱い子だったので、しょっちゅう風邪をひいていた気がするが、あまり学校は休まなかった。昭和の時代はインフルエンザと風邪の区別もいい加減で「防疫のため、他の子に感染さないよう休む」、という考えがなかったのだ。なので誰でも、ちょっと体調が悪いくらいだったら登校するのが普通であった。

 無理をしてバス+電車登校し、学校につくなりゲーッと吐き、保健室で寝て、そのまま帰ってくるという、「なんのために学校いったの!?」という思い出も懐かしい。
 その日の風邪はけっこうつらく、家に戻ってホットミルクを飲んで、すぐ吐いてしまったほどだった。よく登校したものだ。別に親が無理を言ったわけではなく、わたしの中で「多少の風邪なら登校」という昭和の遺伝子は確実にあった。

 小学生の頃は、近くの総合病院へ行くと、ピンク色をした液体の総合感冒治療薬を渡されたものだった。味音痴のわたしだが、あれは本当にまずかった。子ども用にシロップが入っていたはずだが、甘いという思い出はない。

 学校を休んだ日は、いつもは見られない教育テレビを視聴できるのが楽しかった――と、書いて、この記憶はおかしい。わたしの部屋にはテレビがなく、ベッドから見られるはずがないからだ。なのに、確かにベッドから教育テレビを見ていた記憶がある。どうもなにか大きな力によって、記憶改変が行われているようである。

 高校生くらいになると、さすがに自分で容態の境界線がわかるようになる。無茶な登校はしなくなり、風邪をひいたな、というときは無理をせず病院へ行って休む。
 家に戻ってベッドに入り、少し容態がよくなると、決まって読む本があった。小松左京先生の「復活の日」である。これは風邪(インフルエンザ)を装ったウィルス兵器の漏出により、世界が滅ぶという物語である。風邪の日に読むには最適な物語ではないか。



 成人してからも、妙に冬場に風邪をひく妙な習慣がついてしまい、三年くらい連続で、大晦日に寝込んでいたような記憶がある。そのたびにいつも「復活の日」を読んでいた。

「ポケットの中の戦争」の構成原稿を書いている途中でも、ひどい夏風邪をひいていたことを思い出した。
 あのときはビールで解熱剤を流し込んで体をだましながら脱稿。NTTまでクルマを飛ばしてサンライズにファクスしたのだった(当時はまだファクスが珍しい時代)。家に帰ってバタンQ。ただ、重荷が外れたせいか、すぐに快方に向かったと記憶している。

 結婚した年の末にも風邪をひいて、高熱を出して寝込んだ。病院にかかると、生まれて初めて、熱冷ましの「座薬」というものを出された。

 わたし「そんなものは入れない。お尻は出すところで入れるところではありません!」
 細君「いいから、大丈夫だから」
 わたし「やだ」
 細君「安心して、約束するから」
 わたし「いーやーだぁあああ」

 まるで処女を奪おうとするヤリチンのような言いぐさである。ある意味実際そうなわけだが。
 そして細君はわたしのお尻に座薬を入れると――。

「じゃ、わたし仕事してくるから。寝てなさいね」

 新婚一年目だというのに、旦那様が高熱を出して座薬を入れられ唸っているというのに、新居を後にして事務所の方へサッサと行ってしまったのであった。
 わたしは初めての座薬体験に身悶えしながら、ひたすら、高熱が下がるのを待つしかなかった。
 このときの恨み言は、24年経った今でも、たまに細君に漏らしている。が、とりあってはくれない(悲)。

 振り返ると、その頃から、風邪で寝込んでも「復活の日」は読まなくなっていたように思う。逆に、寝込んでいるのにあの長編を一冊読めたのは、若かったからなのだなぁ。

 このブログを毎日書き始めてから今まで、持病による体調不良は何度かあれど、風邪をひいたのは、今回が初めてなような気がする。
 ストック記事はあるのだから、こんなもの書いてないで早く横になりなさいよ、と、自分の中のまともな意識は言っているのだが、逆に風邪で熱を出しているからこそ書けるなにかの領域があるのではないかという悪魔のささやきもある(なんだそれ)。

 がーん、熱、上がっているではないか。37.8度。
 もうこの記事は推敲せずにアップしてしまおう、たまには、こんな熱に浮かされた記事もいいでしょう。って、リアル熱をあげてどうすんだよ俺。

 寝ます。寝よう。寝なければ。
 おやすみなさい。バタンQ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録