2017年10月30日

【回想録】たまごっちの思い出

「たまごっち」は、まあ、コモン・センスとして知っている方も多いだろう。1990年代後半に大流行して、すぐに消えていったオモチャである。
 正確には、1996年11月23日にバンダイから発売されたもの、と、Wikipediaにある。



 今、私的ネットのログを検索してみると、1997年1月11日に、わたしの住む地方都市のメイン市街を探し回ったのに、影も形もない、という記録が残っている。
 ブームは最初、宝塚の女優さんたちが大ハマリしている、というテレビの話から始まった、と記憶している。
 とにかく、最初は入手難で、手に入れるだけでそれは大変なことであった。情報はテレビで得るのが当然の時代。今のように、簡単に事前販売情報も得ることもできない。

 当時はまだ常時接続ではなかったが、それでもテレホーダイはあり、インターネットは徐々にその実力を見せるようになっていた。
 Webには「たまごっち倶楽部」というサイトをつくってくれた方がいらっしゃり、そこの掲示板で情報交換が行われていた。

 ここからは、私的ネットに書いた記録からの転載。

1997/01/15 23:30
 Web の「たまごっち倶楽部」にて、「16日、銀座博品館にてたまごっちが販売される」という情報を読む。うぉ、これは初めての事前販売情報だ。

 1997/01/16 02:00
 情報にはガセの可能性もあり、悩む。しかし、他のページにも同じ情報が載っているし、とりあえず信じる方向で行こう。就寝。

 1997/01/16 05:00
 起床。もう一度 Web で情報を確認。NIFTY には情報なし。迷っている時間はない。今回のチャンスを逃したら次はいつになるかわからない。ここはGOだ。

 1997/01/16 06:00
 細君とともに、クルマで一路東京へ。

 1997/01/16 08:00
 銀座着。博品館へ――誰もいない。これはガセか! とあせったその瞬間、扉に「たまごっちをお求めの方は正面入り口へ」の張り紙が目にはいる。



 正面入り口へ回ると、そこにはもう列が! すでに百人はいそうだ(゚゚)

 1997/01/16 08:10
 細君を列に並べ、クルマを新橋駅の駐車場へ。戻って列に並び、細君をマクドへ行かせてあげる。それにしても、11:00 開店だというのにすごい列だ。銀座の名門、千疋屋の前に、鼻ピの高校生から若いOL、年輩のオジサン、コマダム風まで、多種多様の人々が並んでいるさまは壮絶である。



 前のオジサン、後ろのお母さんと話をして仲よくなる。それぞれ、お孫さんやお子さんにねだられて並んでいるとのこと。みんな大変だ。

 1997/01/16 10:00
 博品館の店員が整理券を配りはじめる。ひとり二個までで、450人限定とのこと。すでに後方の列は歩道を長く伸び、交差点で折り返している。



 おそらく最後尾の人々は泣いて帰ることになるだろう。寒いなか並んだのに可哀相なことだ。しかし仕方ない。これはそれぞれ、人生を背負った闘いなのだ(ぉ
 わたしと細君の番号は 107、108 番だった。とりあえずひと安心。ふぅ……。



 1997/01/16 10:30
 開店30分前だが販売開始。



わたしと細君は四個もいらないので、前のオジサンと後ろのお母さんへ「一個づつわけてあげましょうか」と提案。とても喜ばれる。みなが幸せなのはいいことだ(^^)

 1997/01/16 10:55
 無事、「たまごっち」をふたつ確保。オジサン、お母さんと別れ、駐車場へ。銀座を離れる。数分後、細君のたまごっちが産声をあげたことは言うまでもない。


 文中にある「お母さん」は、クリスマスにサンタを信じる子どもにたまごっちをあげられなくて、と嘆いており、オジサンは毎週熊谷から上京しては探していた、とのことだった。

 ちなみに、「転売屋から買えばよかったのに?」という疑問を持つヤング(笑)がいらっしゃるかもしれないが、ヤフオクが日本で始まったのは1999年からである。
 上記のWebサイト「たまごっち倶楽部」でも転売している人はいたが、成立していたかどうかはわからない。

 2月に入ってもたまごっちの入手難は続き、ゲームセンターのプライズ品として目玉商品になるほどの人気であった。





 たまごっち自体は、最初は面白く遊んでいたが、すぐに飽きてしまい、二週目あたりから「ほうっち」と名前をつけて放置していた覚えがある。
 私的ネットの連中からは「結城さんならそうなると思っていました」と、苦笑されたのであった。

 今思うと、「どうしてあんなものに日本中が狂奔していたのやら」という感じである。

 同時にわたしにとっては、インターネットで情報を得てリアルワールドで還元できたという体験が、初めて強く記憶に残った事件ではあった。それまでは、ネットの世界はネットの世界、リアルワールドとはどこか隔絶され閉じていたような感があったのだ。

 今は、どこに行くにしても、なにを探すにしても、まずネットでチョチョイ、スマホでサッサと調べられる良い時代だが、ネットがまだその実力を十全に発揮していなかった20年前の「情報強者」は、それでも、この程度のものだったのだよ、という感慨をこめて――。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録