2017年11月03日

【回想録】夏休みの思い出

 あ…ありのまま、今、起こった事を話すぜ!「おれの風邪は治ったと思ったら、いつのまにか寝込んでいた」。な…、なにを言っているのかわからねーと思うが、おれも、何をされたのかわからなった…。頭がどうかなりそうだった。肺炎とか、肺水腫とか、そんな重いもんじゃ、幸いねえ。一週間以上寝込む恐ろしさの片鱗を味わったぜ……。


(荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」27巻より引用。ポルナレフってけっこう報われないキャラだよね……)

 というわけで、実は「【回想録】モノポリーの思い出」の記事から一週間以上が経っている。今も体温計をくわえながら書いているが、ひさびさのポメラの打鍵感が心地よい。
 ピアニストは一日弾かないと一週間の練習ロスになるなどと聞くが、さて、雑文書きはどうだろう?

 せっかく長期休暇をいただいたのだから、インプット量を増やしておこうと思ったのだが、いかんせん体調が悪いときは活字もマンガも頭の中に入らない。
 そこで、ボーッとしているときに思い出した、小学生の長期休暇、夏休みの思い出をひとくさり。

 夏休みと言えば宿題だが、わたしは宿題で苦労したという覚えはなかった。わりと長期計画で物事をコツコツとやっていくのが苦にならないタイプだからである(けど、締め切りは守らなーい)。
 最初の数週で全部やって、残りは遊ぶとか、遊びまくって、ラスト一週間でつじつまを合わせるとか、そんな極端な方法はとらない。七月二十一日から八月三十一日まで、余裕を持った予定をつくって、それをコツコツとやっていく方。急ぎもしない、先送りもしない。これが一番である。

 ただ、やはり体の弱い子であったので、寝込んで計画通りにいかない夏はあり、そういうときは最後の一週間で頑張るとか、二学期に入っているのに終わっていないとかはあった。それでも先生に、宿題遅れについて目くじらを立てて怒られたというような記憶はない。

 自分の転機となった夏休みの宿題があった。あれは小四のときだったと思う。
 なぜかクラスの半分が国語組、半分が算数組となり、一年下の小三のドリルを徹底的に何度もやる、というものであった。
 わたしの小・中学校は実験校でもあったので、なにかの対照実験だったのかもしれない。

 わたしは算数は苦手だった。国語はまあ、普通だったかな? そんなわけだから、苦手な算数グループに入れられると嫌だなぁと思っていたのだが、なぜか先生はわたしを国語グループに入れたのだった。

 夏休みの期間中、小三のドリルを徹底的に何度もやる。一年下のドリルだから簡単である。
 わたしはヒネた子どもであったが、「なんか意味あんのかなコレ」とは思わなかった。なにしろ、夏休みの宿題が簡単に済ませられるのだから気は楽である。算数グループも同じような感覚だったと思う。

 夏休み後、その成果は驚くほど現れた。算数グループも国語グループも、それぞれの科目が大得意になっていたのである。しかもそれは持続するのであった。わたしは以降、現国、古文など国語のテストで九割以下の点数をとったことがない。共通一次レベルならばケアレスミスをしなければ最初の三十分で満点を取れる。
 おそらく算数グループも、この小四の夏以降、ずっと算数、数学が得意のままでいられたのではあるまいか。

 大学入試の勉強をしていて、数学に苦しんで頭を掻きむしっていた自分は思った「あぁ、あのとき、算数グループに入れられていれば、数学で苦労することはなかったろうに」と。
 現金なものである。

 いやしかし、あのとき、先生がどういう考えでわたしを国語グループに入れたのかはわからないが、あのとき、算数グループに入れられていたら、後の「物書き・結城恭介」はいなかったかもしれない。

 夏休みの宿題ひとつで、人ひとりの人生が劇的に変わるかもしれないのである。
 教育の醍醐味は、そういうところにあるのではないだろうか。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録