2017年11月14日

【日記】怖い絵展

 先日、上野の「上野の森美術館」で開かれている「怖い絵展」へ行ったことを書いた。今回はその感想など。


(「怖い絵展」図録)

 その昔、おそらく現代の「パソコンの大先生」は知らないインターネット黎明期に、nntpというプロトコルを使ったNetNewsというサービスがあった。そこに「tasteless」というNewsGroupがあり、そこでは、uuencodeを使って画像を分割したものが毎日プットされていたのである。
「tasteless」とは「無味乾燥」という意味だが、プットされていたのは、つまりは「死体画像」に類するものだった。事故写真や水死体や惨殺死体、シリアルキラーの犯行現場など、そういったものが毎日、無数にプットされていた。
 ダイアナ妃の事故現場の写真(後にフェイクと判明)も、そこで初めてゲットしたと記憶している。
(今は「アップロード」「ダウンロード」と言うが、当時はサーバに対し「プット」「ゲット」というのが常識であった)

 当時のわたしは、興味本位によくそれらをゲットしてはuudecodeして画像に戻し、CRT上で鑑賞していた。若かったのだなぁ。今はそういう画像に対して、めっきり耐性がなくなってしまった。しかし当時は、そういった画像は自分にとってtastelessであり、人間も結局は皮に黄色い脂肪と赤い体液を詰めた塊なのだな、と理解したつもりになっていたりした。
 MOに数百枚はそんな写真を納めただろうか。「悪趣味」でも「興味本位」でもない。それらは「tasteless」としか言いようがないジャンルであった。

 今回の「怖い絵展」は、目玉のポール・ドラローシュ作「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を日本に招くことができたことができたからこその展示会だと言えると思う。


(ポール・ドラローシュ作「レディ・ジェーン・グレイの処刑」(著作権切れ))

 その絵が展示されているフロアには真ん中に椅子があり、わたしはそこにしばらく座って、「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を真正面に見ながら、流れていく人々の様子を眺めていたのであった。

 そして思った。これは、絵が描かれた1833年当時も、二十一世紀になった今でも変わらない、「tasteless」な画像なのだと。
 鑑賞に来た人々は、自分が「悪趣味」だとも「興味本位」だとも思っていないだろう。ただ、これから殺されゆくジェーン・グレイの絵画を見て、なにかを心の中に思う。それらはおそらく、NewsGroupでわたしが死体写真を見たときの「tasteless」な気持ちとそう変わらないはずだ。

 怖いのは、絵でも、その絵の背景(解説)でもないのである。自分たちが「実は恐ろしいものを見ているということ」をスルーして、tastelessになっている、この感覚なのだ。

 話を過去に戻すと、わたしはいつしか、tastelessな画像を見ることができなくなっていた。それは、わたし自身が死に近くなり、また、近親者や愛息の死を通して、死が決してtastelessではないことを悟ったからである。
 一枚一枚のtastelessな写真の中にある死体に、ひとりひとりの人生があることを思い知らされずにはいられなかった。

「レディ・ジェーン・グレイの処刑」に描かれている1554年、十六歳だったジェーン・グレイは、後の日に自分のその瞬間が絵画に書かれ、世紀を隔て、まさか極東の国で、多数の目に晒されるとは、想像もしていなかっただろう。

 会場を出ると、しかもその「レディ・ジェーン・グレイの処刑」のグッズがたくさん売られている。人々が笑顔でそれを買っていく。
 これをtastelessと言わずしてなんと言おう。

 おそらく「怖い絵展」は、それのみで完成するのではない。観客であるあなたが会場を出て「今夜の晩ご飯はなんにしようかな?」と思ったときに完成するのである。

 中野京子先生の「怖い絵」シリーズは、初版の頃から1、2、3と拝読していたが、三冊の中で一番「怖い」と思っているのは「ベラスケス〈教皇インノケンティウス十世像〉による習作」である。
 これはベラスケスの「教皇インノケンティウス十世像」という元絵があり、それを反カトリックのフランシス・ベーコンが憎悪を込めて戯画化したもの。

 元絵は著作権切れなので貼れるが――


(ディエゴ・ベラスケス作「教皇インノケンティウス10世」・著作権切れ)

 フランシス・ベーコンは没年が1992年と最近なので、著作権バリバリである。引用の形でも全絵を貼るのはちょっと無理かと思ったので貼らずにおく。「ベラスケス〈教皇インノケンティウス十世像〉による習作」で検索すれば、そのあたりの気を遣わないサイトでたくさん見られると思う。

 中野先生はこの絵自体より、ベラスケスの本質を見抜いた画力が怖い、と締められているが、わたしはやはり、フランシス・ベーコンの憎しみが筆ににじむ心の方が怖い。絵そのものが怖いのではなく。

 いつの世も、一番怖いのは人間の憎悪する心≠ナある、そう思う。

 なお、「怖い絵展」は2017/12/17まで、「上野の森美術館」で開催中である。あなたもこの展覧会を完成させる一人の観客となられてはいかがだろう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記