2017年12月16日

【回想録】わたしのリアルウンコノオモイデ

 今回は、そういう話である。お食事中の方は、どうぞそちらを済ませて時間を置いてからの再訪をお願いしたく。
 あああそれにしても、下ネタを書かない上品な結城恭介のイメージが壊れてしまうな。
 え、上品?

 さて、伊藤潤二先生の「伊藤潤二・恐怖マンガCOLLECTION 16 フランケンシュタイン」の中に「リアルウンコノオモイデ」という短編がある。短編というか、エッセイマンガだ。
 内容は、伊藤先生が祭りの屋台でリアルなゴム製ウンコを買うまでの逡巡を描いた、先生の筆致が違う方面でも冴える佳作である。




(伊藤潤二「伊藤潤二・恐怖マンガCOLLECTION 16 フランケンシュタイン」中、「リアルウンコノオモイデ」より引用)

 たまにネットでも貼られていたりするので、この掌編、ご存じの方もいらっしゃるのでは?
 伊藤先生は「伊藤潤二の猫日記・よん&むー」にも、ニューヨーク土産の「リアルウンコ」の話を書いていらっしゃる。かなりのリアルウンコ好きとお見受けした。


(伊藤潤二「伊藤潤二の猫日記・よん&むー」より引用)

 子ども時代の伊藤先生は屋台でお買いになったそうだが、わたしも中学の頃、この「リアルウンコ」を買ったことがあるのである。
 あれはたしか中学二年のとき、正月も終わったオモチャ屋のショウ・ウィンドウに「リアルウンコ」が飾ってあるのを見つけて、わたしも伊藤先生と同じように、一目惚れしてしまったのであった。

 そして伊藤先生と同じように、買うのに逡巡した、した、した。が――やっぱりお年玉があったので買ってしまったのである。当時のわたしは店員さんに変に思われないかと気にしていたが、今思うと微笑ましい。
 そのゴム製リアルウンコは、伊藤先生のマンガにもあるように、「アラレちゃん」に出てくるようなトグロを巻いた戯画化したウンコではなく、まさしく本物そっくりのリアル<Eンコであった。

 買って、自分の部屋に置いて、しばらくは鑑賞の日々を過ごしていた。
 ちょっと見どころか、しげしげと見ても、まるで本物そっくりである。朝目覚めて、帰宅して、宿題の合間に、食事の後に、就寝前に眺めると、このリアルウンコはまさになにかを自分に語りかけてくるようだ。疲れた一日でも、このリアルウンコを見ると活力が沸いてくる。ほら、ライトを当てると輝いているでしょう? これが今ならコーヒー一杯のお値段で買えるんですよ。アートのある生活をお送りになりたいですよね。
 今ならそんな台詞がポンポン浮かんでくるが、もちろん当時、ビバンなどはない。
 わたしがリアルウンコを覗いているとき、リアルウンコもまた、わたしを覗き返している気さえする。ここまでくるともはや芸術品と言っても過言ではあるまい。

 これはやはり、学校に持っていって、皆と感動を分かち合わなくてはいけない。わたしは使命感を胸に、リアルウンコをカバンに秘めて学校へ持っていった。
 そして、朝、登校してきた皆に披露――。

「げぇーっ!」
「ほん、もの、だと?」
「すごいなこれは、ニオイまで漂ってきそうだ」

マジかよ≠ニ書きたいところだが、当時そんな言葉はない。 
 とにかく、鑑賞会は大成功した。リアルウンコはわたしの手を離れ、クラス中の人気者となった。授業中に教卓に置かれていたり、誰かのロッカーに入れられてそこの使用者をびっくりさせたりと、なかなかの活躍ぶりであった。

 それは昼食時であった。仲の良いメンバーと昼食の弁当を広げているとき、そのリアルウンコが我々のところにもどってきたのである。
 当時、悪ガキであったK君とY君が、このブログにもたびたび出てくる畏友H君の弁当の上に、それを、ポン! と置いた。

「ぐぎぇぇええ、やめろぉお!」

 H君の悲鳴がクラス中に響き渡った。彼はその日、弁当を食べられなかったと記憶している。

 しかしそれは、悲劇の序章に過ぎなかったのである。リアルウンコはすでにわたしの手を離れ、所有者が誰なのかもわからなくなっており、わたしはまあ、それでもいいかと思っていた。芸術は人々の手の中にあって完成されるものである。

 翌日のこと。H君が弁当を開けて、食べ始めてみると――

「ぐぼぉぐぇああきききさままらゆるさぁんぞぉおお!!」

 H君の怒号が学年中にこだました。
 なんと! 恐るべきことに、H君の弁当のごはんの中に、あのリアルウンコが埋め込まれていたのである!!
 やったのはまたK君とY君であった。わたしもこのことは知らされておらず、あまりのことに、食べていた弁当を吹いてしまった。

 もうH君にもずいぶん会っていないが、きっとあの「弁当にリアルウンコが埋め込まれた事件」は覚えているはず。なにしろ「俺はあれでしばらく弁当食えなかったんだからな」という恨み言を、成人してからもたびたび聞かされていたから。
 地雷を埋めたのはわたしではないが、買ってきたのはわたしだったもので、なんとも、申し訳ない気分に……、ブーッ! ごめん、やっぱり思い出すと吹き出してしまう。おかしくて。

 その後のリアルウンコの行方は、ようとして知らない。
 商品としてのリアルウンコは、続編として「ハエつきウンコ」なども発売されたと記憶しているが、これはハエがすぐに偽物とわかる出来で、いまいちだった。

 いやはや、本当にみんな、悪ガキだったものである。
 H君には陳謝。食べ物の恨みは恐ろしいからね。

 え、食べ物?
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2017年12月15日

【回想録】電話局

 わたしが街へ行くために乗っているバスには「電話局前」という停留所名が残っている。
 バス停にも「電話局前」とはっきりと書かれている上、アナウンスでも「次は電話局前、電話局前」とお嬢さんの声が響く。
 しかし、この「電話局」はもう存在してない。もう20年も前から電話局としての役目を終えて、NTTの回線基幹基地の建物となっている。

 1990年代前半の頃からだろうか。携帯が爆発的ブームになるちょっと前あたり。NTTは各地の営業所を次々と閉めていったのだった。「電話≠フ相談は電話≠ナなんでもおうかがいいたします」という姿勢をあからさまにしていたように思う。
 また、回線基幹基地はテロ対象≠ニなるので、地図上の場所を明らかにしないのだ、という話も聞いた。しかし上述のように、バス停の名残に「電話局」という名前がついているのだから、この言い訳は噴飯物である。

 わたしは電話の仕組みは好きだが、電話で話すのは億劫なタチなため、この「電話≠フ相談は電話≠ナなんでもおうかがいいたします」という姿勢は苦手であった。なので、なにか用事があると、電話で相談ではなく、その電話局へ直接行って契約変更や回線増設の契約を行っていた。
 当時、まだ電話は自由化されておらず、今の若い人には信じられないことだろうが、壁にはモジュラージャックさえなかった。黒電話の電話線を伸ばすためですら、電電公社(NTTの前身)に工事のお願いをして、自宅まできてやってもらっていたのである。

 さて、当時、電話を新しく入れるためには、電話加入権≠買わなくてはならなかった。これは資産として計上されるため、一般には電話債権≠ニも言われた。一回線で八万円もした。
 よく、税金が払えない場合、税務署に差し押さえされる対象の一番が、この電話債権≠セとはよく言われたものである。
 つまり電話債権≠ヘ売り買いできるものだったのである。電話が不要になった者は業者に売って、新しく必要になった者はその業者から買う。そんなことが普通に行われていた。

 そんなわけで、新しく回線をいれるために、莫迦正直に電電公社へ行って電話加入権≠買うというのは、よほどのお人好しでもなければやらなかった。
 たいてい、電話局の近くに、この電話債権≠売っているお店があったからである。
 バス停に名残のある、わたしの街の「電話局」にも、はす向かいに電話売買します≠ニ看板をつけた業者が営業をしていた。

 書く仕事のために、自分専用の電話を入れなければならないと決意し、この業者のお店に入ってみて驚いた。

「えっ、ここはハンコ屋さん!?」

 なんとなれば、カウンターの内側に、クルクル回る三文判をたくさんつめこんだケースがドーンと置いてあったからである。

 おそるおそる「新しく電話を一本欲しいのですが」と伝えると、話はスムーズに進み、カウンターのお姉さんは、電話債権委譲の書類をポイポイポイと作成してくれた。そう、実際には買うのではなく、要らなくなった人からの債権委譲なのである。
 もちろんタダではない。お金はかかる。五万くらいだったかな? それでも、電電公社で新しく電話加入権≠買うよりは三万安い。

 カウンターで書類を作成していたお姉さんが言った「今日はハンコはお持ちですか?」
 えっ、と思った。今のわたしなら、カバンに必ず三文判を入れているが、当時はまだ十代、そういう知恵はなかった。
 時間はもう十六時をすぎていたと思う。近くの文房具店を探して買って戻ると電話局も閉まってしまうか、などと計算しつつ、あいにく持っていなくて――というわたしに、お姉さんはにっこり。そして、窓からの夕日で長い影を落としている後ろの三文判ケースをくるりとまわし、「結城」のハンコを探しだすと、それを書類にポン! なんと、売るためではなく、そういう用途のためにあらかじめ用意してあった三文判だったのである。

 あとは即金でお金をお支払い。「まだ間に合いますから、残りの手続きは電電公社の方へ行ってやってください」と言われ、はす向かいの電電公社へ。こちらもこういうことは日常なので、トントンと書類はコンピュータに入力され電話番号も決まり、あとは工事日を決定して、終わりである。

 こうして三十年以上も前に得た電話番号は、ひかり電話になった今でも現役で使っている。
 当時は電話というものは「一家に一台」であって、自分専用の電話を持てたことは本当に嬉しかった。

「電話局」が営業所として閉所し、はすむかいにあった、この電話債権売買業者も、自然、廃業となった。今は花壇が美しい普通の民家となっている。

 バスのアナウンスで「次は電話局前、電話局前」と聞くたびに、この電話債権業者に置いてあった三文判ケースが、夕日に長い影を落としていたことを思い出す。

 この当時はまだ電電公社。まだ電話の自由化はされていなかったことは記した。つまり机の上に乗せられた、わたしの初の「マイ電話」は黒電話≠ナある。
 留守番電話を入れて、締め切りの催促に劇的な効果を得られるようになった思い出話は、またの機会に――。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2017年12月14日

【日記】詐欺メールさんすげぇ、進化してる!

 例の、ヘッダにUser-Agent: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:45.0) Gecko/20100101 Thunderbird/45.2.0がつく詐欺グループから来る、楽天名義を騙った詐欺メールが進化しているので吹いてしまった。

 こんどはただのhtmlメールではない。文字だけではなく、ちゃんと装飾がついている!


(クリックで拡大できます)

 上の画像をごらんいただければおわかりのとおり、いかにも楽天からきそうなメールを模倣している。これはだまされる人も少しはいそうだ。

 検索にひっかかるよう、文字情報も記しておこう。

不正なログイン画面にご注意ください
楽天カード カード利用お知らせメール
楽天e-NAVIへについて詳しいことは こちらでしお調べください。
Gmailアドレスをご登録の会員様へ
--------
楽天カードを
ご利用いただき、誠にありがとうございます。
--------
お客様のカード利用情報が弊社に新たに登録されましたのでご案内いたします。
カード利用お知らせメールは、加盟店から楽天カードのご利用データが弊社に到着した原則2営業日後にご指定のメールアドレスへ通知するサービスです。
--------
カードご利用情報
--------
>すべてのご利用明細の確認はこちら
<<後からリボ払いへ変更可能なショッピングご利用分>>
下記は、後からリボ払いへ変更可能なショッピング1回払い(ボーナス1回払い)のご利用一覧です。
「リボ払い変更選択」にチェックを入れて「チェックして確認画面へ」をクリックいただきますと、簡単にリボ払いへ変更いただくことが可能ですので、ぜひご活用ください。
また、お客様のご利用環境により「リボ変更選択」のチェックがご利用いただけない場合がございます。
その際は、楽天e-NAVIにログインいただきお手続きをお願いいたします。
<ご注意>
※自動リボサービスにご登録にいただいているお客様で割賦枠を超えたご利用分は、リボ払いではなく1回払いとなります。(お客様のご利用可能額のご確認はこちら)
※自動リボサービスにご登録いただいた後のご利用など、既にリボ払いへ変更となっておりますご利用分は、<<後からリボ払いへ変更可能なショッピングご利用分>>のご利用一覧には含まれません。なお、ご利用額が割賦枠の上限を超えている場合、後からリボ払いへの変更は出来ません。
※カードの年会費・分割払い・ボーナス2回払いのご利用分や家賃のお支払いなど一部の加盟店のご利用分については、リボ払いへの変更はできません。
ご利用一覧
リボ払い
変更選択 利用日 利用先 支払
方法 利用金額 支払月 カード利用獲得
ポイント ポイント獲得
予定月
2017/12/12 Edyチャージ 1回 1,000 円 2017/12 5 ポイント 2017/12
リボ払い変更可能合計金額 1,000 円 ポイント合計 5 ポイント
--------
>>後リボについて
※支払月の請求確定日を過ぎるとリボ払いの変更手続きができなくなりますのでご注意ください。
--------
安心・安全に楽天カードをご利用いただくために
--------
お客様に楽天カードを安心・安全にご利用いただくために、カードの適切な保管方法・不正への取り組み・トラブルの事例などを掲載しております。
詳細につきましてはセキュリティ関連事項ページよりご確認ください。
--------
楽天カードの取り組み
--------
お客様より頂戴したご意見・ご要望の一つひとつを真摯に受け止め、さらなる安心と信頼をご提供できるよう、日々改善に取り組んでおります。
>>お客様の声への取り組みについてはこちらから
--------
■ カード利用お知らせメールの登録・変更は、楽天e-NAVIよりお手続きください。
■ 一部メールの受信環境によって正しく表示されない場合がございます。本メールに記載のご利用明細は、楽天e-NAVIのご利用明細にてご確認ください。
■ このメールアドレスは配信専用です。お問い合わせの際はこのメールアドレスは配信専用です。お問い合わせの際は
このメールアドレスは配信専用です。お問い合わせの際は│楽天e-NAVI メンテナンス情報
発行元 楽天カード株式会社
https://www.rakuten-card.co.jp/
Rakuten Card Co., Ltd.


 すごいなぁ。基本莫迦な詐欺連中だけど、いろいろ工夫しているんだなぁ。

 いくつかのリンクは本物のサイトにつながるようになっているが、大部分のリンクは詐欺サイトにアクセスし、トロイを送り込もうとしてくる。
 また、「楽天銀行の重要な情報.zip」をダウンロードさせようとも。中身は「楽天銀行の重要な情報.DOC.js」というJavaScriptファイルだ。

 本当に手を変え品を変え、飽きることなく送ってくる。
 ということは、逆にこの詐欺グループ、あまりだまされる人がいなくて、実は実行効率が悪いのではないか、とも思えてくる。

 とにかくなにかと忙しい年末、読者諸兄姉にはご注意および周囲への注意喚起をば。

 そうそう、この詐欺グループのメールは、何度か記しているとおり、ヘッダに特徴がある。

User-Agent: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:45.0) Gecko/20100101 Thunderbird/45.2.0


 が記されているのである。いまどきメールクライアントにThunderbirdを使っているユーザもそういないだろうし(偏見)、これでスパムフォルダへ振り分けるというのも手である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年12月13日

【日記】聖書通読のコツ

「一生に一度は読んでおきたい本」というアンケートを取ってみれば、キリスト教国ではないこの日本でも、「聖書」はかなり上位に入る本ではないだろうか。
 実際、手にとってチャレンジした、という方も少なくないと思う。と、同時に、その多くの方が読破を果たせず、書棚の肥やしにしてしまった、という経験があるのではないか。



 なにしろ、物語性の高い創世記はまだしも、出エジプト記になると、後半でいきなり、延々と幕屋の作り方や細かい衣装の記述などがあり、レビ記になるとさらに「決まりごと」の話ばかり。ここでたいていの人は脱落してしまうのである。

 歴史書をなんとか読み終わり、詩編もたんたんと続け、箴言、コヘレトの言葉、雅歌あたりで調子を取り戻すが、次に来るのは、わけのわからない預言書である。時代背景もなにも知らずにこれらを読み続けるのはツライ。

 旧約が終わると新約に入って四福音書だが、知らない人には「同じ話が四回続く」としか思えない。使徒言行録はけっこう面白いハズ。だが書簡文書はパウロや当時のユダヤ教ナザレ派の裏事情がわかっていないと、ただ流すだけになってしまうだろう。
 最後に有名な「ヨハネの黙示録」だが、オカルト好きの人には面白いのかもしれないが、通常の感性の方だと、なにがなんだかわからない、というのが正直なところなのでは?

 ここで残念なことをお話してしまうと、「最初の一回目」は、もう、無理してでも最後まで読み通すしかないのである。聖書の各書を解説した本などもあるが、そういうのを読んで「お勉強」してから、などと思うと、たぶん挫折する。とにかく意地でも「読み通す」しかない。一日10章と決めて、淡々と読み貫くしかないのである。

 ただ、詩編だけは並行して「一日一編」で読んで良いと思う。聖書は冒頭から続けてよまなければならない書集ではない。
 とは言え、やはり最初の一回目は「創世記」から「ヨハネの黙示録」までを読み通すのがお勧め。わけがわからなくともとりあえず読む、というのは、それはそれで面白い読書体験である。

 聖書は新共同訳の場合、プロテスタントは新旧合わせて39+27の66書(「サンキューニーナ」と覚える)、その中に1,189章がある。(「いい訳」と覚える)。原稿用紙にしてほぼ5,000枚のボリューム。最近の本は薄くなっているが、一冊を原稿用紙300枚とすれば、ふつうの本16冊少々である。

 カトリックはアポクリファが入るので、プロテスタントのように具体的な書数は本来書けないが、新共同訳全部という意味では、51+27の78書(「ナハ」と覚える)、章立ては1,365章だったはず(「父さんむごい」と覚える)。
 こちらは原稿用紙にして約6,000枚。ふつうの本20冊程度である。

 せっかくキリスト者でない人が聖書を読むのならば、カトリックのアポクリファも読んでいただきたい。「トビト記」は当時のユダヤ人の生活がわかる物語として面白いものだし、「ユディト記」は名画のモチーフとしてよく用いられるものだからだ。

 聖書は実際、こういう「わけのわからない本」ではあるので、読んだからといって、あなたが洗脳されてクリスチャンになってしまう、などということはない。安心して、ひとつの有名な古典として、一度、読破にチャレンジしてみられたらいかがだろう。

 とにかく最初の一回目は意地でも読み通す、と書いたが、クリスチャンが、日々、通読するためにはやはりコツがある。
 聖書通読表、というものがあるので、一日何章と決めてチェックを入れていく、という方法は有名だが、実はこれが陥穽のひとつ。聖書の章立ては、分量で決められているわけではないからである。
 単純に章の数で読んでいくと、「今日の10章は短いな」「今日の10章はすごく長い……」という事態に、往々にしてぶつかる。

 そこでわたしは、新共同訳のテキストファイルのバイト数から、一日分がなるべく同じ分量になる章数で区切って、新しい聖書通読表を作ってみた。
 これである。


(クリックで拡大できます)

「91日間聖書通読表」(エクセルファイル)

 右下の「開始」カラムの日付を変えれば、表の日付も自動的に変わる。土曜日は青色、日曜日は赤色の背景色がつく。
 基本、詩篇は一日二篇、旧約、新約を必ず読むように作ってある。また、旧約続編は最後に集中的に読むようにして、プロテスタントの66書だけならば75日で読み終わるように作ってある。

 91日間というのは、キリよく13週間ピッタリで、一年365日で四回通読できるよう調整してみた結果だが(91×4=364で一日休みがとれる)、読むのが遅い方でも、一日一時間くらいの読書時間を取ればいける数字ではないだろうか。

 クリスチャン用、と書いたが、もちろん初読の方にもお使いいただけると思う。

「聖書」というぐらいだから、神のメッセージを伝える「聖なる書」で、下世話な話がなくてつまらないだろうと考える方もいらっしゃるかもしれないが、とんでもない。中には買春、NTR、近親相姦、妹萌話などもあり、戦記でもあり、恋愛譚もあり、ダビデとヨナタンのBLぽい話もあり、ちょっと波に乗れば面白い読み方がわかるはず。

 中には吹き出してしまう一文もある。
 旧約聖書続編だが、長々と格言が続いたあと――

「晴れやかな顔は、良い心の表れである。それにしても、格言作りは、骨が折れる。(シラ書〔集会の書〕 13:26)」

 初読のとき、これにはやられた(笑)。
 アポクリファが読めるカトリックはいいなぁ、と思ったものである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2017年12月12日

【昭和の遺伝子】町内の映画館の思い出

「【昭和の遺伝子】釣り堀の思い出」を書いていて思い出したのだが、わたしの住んでいた街にはなんと映画館もあったのである。
 しかし残念ながら(?)、ハリウッド大作や名画を上映する映画館ではなかった。やっていたのは、なんと「にっかつロマンポルノ」。

 もちろん恭介少年は、当時、十八歳未満であった。なので「思い出」と言っても、実際に観た覚えはまったくない。

 ただ、その劇場は表にエロチックな看板を立てており、そこがバス通りに面していたので、バスのルートによっては扇情的なそれを見られちゃったりするのである。うっひょー。

 昭和はエロ関係においては、むしろ平成よりゾーニングが厳しかったように思う。というか、ネット時代の今がユルユルすぎる。ローティーンの子どもでも、ググって数クリックでエロ画像が見られてしまうような現状はよろしくない。
 ネットを離れて現実でも、コンビニの書棚にエロマンガが並んでいる状態は異常だとわたしは感じる。
 ああいうものは、やはり野原とか、河原とか、そういところで風雨にさらされてカチカチになった雑誌を、クラスの皆でソーッと覗き見るような、そういう風情がいいのである。これ、老害感覚ですかね?

 閑話休題、町内ポルノ映画館。
 小学生だったわたしは、バスの中からでも、その映画館の看板を見るとオトナに怒られちゃうかもなぁ、などと戦々恐々としながらも、興味津々ではあった。
 バスがそこにさしかかる前から、周りのオトナの目をうかがいつつ、ムッツリとした顔をしながら、目の端にエロ看板を入れて、肌色を堪能するのがたまの楽しみだったのである(笑)。
 ガン見などはできない、そーっと、そーっと目の端に入れて、想像力をたくましくして、記憶するのだが、今になってみると、一本もタイトルを覚えていない。ま、子どもだからね。

 そう、子どもが女性の裸を見ることなど、名画の裸婦像でもなければない。それが昭和というものだった。

 小学生の自分にとって、十八歳というのは、遠い遠い未来、ものすごいオトナであった。とはいえ、自分もオトナになったら、この劇場に堂々と入って、ポルノ映画を観るんだ! などと決意したことはない。自分がそこでポルノ映画を観ている未来など想像もできなかったというのが正直なところ。

 そしてその劇場は――なんということでしょう、わたしがちょうど十八歳を過ぎた頃に取り壊され、お固い銀行に変わってしまったのである。
 というわけで、「にっかつロマンポルノ」を観たことは、劇場でも、ビデオでもないのであった。ポルノとは言え名作も多かったそうで、映画ファンとしては――市内ではちょっと有名だった――その町内ポルノ映画館に入れなかったのは、今となっては残念である。

 わたしの最寄り駅には、「ストリップ劇場」もあった。これも市内どころか市外、県外にも有名であった。確か、黎明期のインターネットでレビューを書いていらっしゃる方がいた覚えがあるので、昭和どころか平成まで残っていたのである。今、この記憶が蘇ってきて、自分で驚いているところだ。
 さすがにストリップ劇場は映画館よりもハードルが高く、行こうという気持ちにはならなかった。
 その劇場はボヤを出して焼け落ち閉店となり、今は住宅街になっている。

 中段でも苦言を呈したが、現代のエロ関係は妙に偏っている。子どもに見ちゃダメ、と言いながら、簡単に見られる場所にそれを置いておくのはおかしい。以前にも書いたが、これは子どもに甘い≠アとなのである。
 オトナが子どもに、エロはオトナの楽しみとたたき込んで、子どもは河原でカチカチのエロ雑誌を眺めて「いいなオトナって」と思わせる程度が良いのである。

 現代の少子化の一因は、このエロ関係が子どもに甘いということもあるのではない――え、なんでって? なんでだろう。ええとね、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるから、関係ないかもね。えっと、そういう話はママに聞こう、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子