2017年12月05日

【回想録】旧秋葉原駅の男子トイレ

 もう秋葉原には十年以上行っていない。電気街からおたくの街になってしまってからは、足が遠のいてしまった。
 秋葉原で思い出すのは、三十年以上も前、旧秋葉原駅の男子トイレのことである。いや、ハッテン場じゃありませんヨ(笑)。

 男子には当然のことだが、女子には知らない方がいらっしゃると思うので、少し解説を入れておくと、男子トイレには、小を足す専用の立ってする便器と、女子トイレと同じ個室トイレがあるのである。
 こういうとき、Wikipediaは便利だ。こんな感じの便器である。

 旧秋葉原駅の、この小専用トイレが、とても低かった。わたしは同世代の男子の平均身長だが、普通に立つと、愚息がサニタリーに触れそうになってしまうほど低く設置されていたのである。
 つまり、それ以前の日本人の背丈は低く、足も短かったということを、如実に現していたのであった。
 そんなわけで、秋葉の男子トイレ(小)で用を足す人々は、皆、ガニ股で用を足していたのである。けっこうおかしな風景であった。

 わたしの世代(バブルのちょっと前。いわゆる「新人類」世代)は、決して足の長い層ではない。小学生のとき、同級生と校庭を眺めていて、下級生の中にとても足が長い生徒がいるのを見て驚いたことがある。
 畳と座布団、平机の生活から、椅子とデスクの生活になったこと。それ以上に、食事が変わり、腸の長さが短くなったことが、若者の足が長い原因と聞いた。

 わたしより下の世代は、みな、わたしの世代より足が長くなると思っていたのだが、あながちそうでもなかったらしい。
 ちょっと前の若者の「腰パン」ブームは、足の短さをごまかすためだという。実際、座高の低さは、わたしよりちょっと下の世代を頂点として、また高くなりつつあるそうだ。
 生活習慣も食事も欧米流に入れ替わったというのに、足の長さ(短さ)が元に戻ってしまったというのは、日本人の血の濃さというものを思い知らされる感じだ。

 そういう話題で言えば、わたしはシャツイン世代である。FF8のエンディングムービーで、キャラクターがシャツアウトしていたのに違和感を覚えたものだ。シャツインとシャツアウトの境目はどのあたりなのだろうか。これも腰パン世代と重なるのかもしれない。

 楽さで言えば、腰パンやシャツアウトの方が良いに決まっている。ぽっこりおなかや足の短さをわかりにくくできるし、体を締め付けるものが少ないのだからリラックスもできる。
 それでもわたしの世代以上の人は、プライベートでも腰パンシャツアウトをしない。子どもの頃にすり込まれてしまったものだから仕方ないのかもしれない。

 なんと言っても、腰パンシャツアウトではネクタイを締めることができない。若い女性はシャツイン男性を「おたくくさい」と言うが、男子のヒゲ剃りとネクタイは女子の化粧と同じなのである。
 男性が「ノーメイク女性」を望むのはナンセンスだ、と女性は言うが、同じように女性が男性の腰パンシャツアウトを好むのは子どもっぽいとわたしは感じる。

 こんなわたしでも、Tシャツだけは必ずシャツアウトである(Tシャツにネクタイはできないでしょ!)。Tシャツをシャツインするのはわたしより前の世代ではないだろうか。これもジェネレーションギャップがあるのかもしれない。

 旧秋葉原の男子トイレの話からずいぶん飛んでしまったが、一時、足が長くなった日本人も、結局はその血に抗えず、また短くなってしまったのだなぁ、というお話。
 一番足が長かった層は、バブル世代ではないかな。日本人にとって、足の長さもバブルだったということで。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録