2017年12月07日

【回想録】8ミリビデオの思い出

 といっても、もうこの「8ミリビデオ」、多くの方が「そんなのあったっけ?」という感じなのではないだろうか。
 むしろ、「8ミリフィルム」の方が「あったねぇそんなの」という懐かし話で盛り上がりそうである。

「8ミリビデオ」というのは、まだベータとVHSが競っていた時代、それでももうベータはジリ貧かな、というころに作られたハンディカム――小型可搬型動画撮影機――用の規格である。

 8ミリビデオ登場前は、ソニー率いるベータ陣営は「ベータカム」というベータのカセットがそのまま入るムービーを、ビクター率いるVHS陣営はCカセットという、VHSのカセットに入れ子で入れられる規格を使ったムービーカムを出していた。
 CカセットはCカセットで大した発明だったと思うが、なにぶんVHS大のアタッチメントに入れなければいけないという枷があったため、撮影時間が20分しかないという制限があった。3倍モードはあったのかな? 自分が持っていなかったのでよくわからない。

 そんなCカセットに対抗し、さらに凌駕するために作られたのが、「8ミリビデオ」規格であった。なにが8ミリかというと、ビデオテープの幅が8ミリだったのである。カセット本体の大きさも掌に軽く乗るくらい。撮影時間もCカセットとは違い120分の撮影ができた。
 ハンディカムへのローディング方法はUマチックで、それこそカセットだけが小さい「小型のベータ」という感じであった。

 このあたり、Wikipediaなどを確認せず、自分の記憶だけで書いている。回想録ということで記憶の変質はご容赦。

 ソニーの初代機は見送れ、というジンクス通り、最初の数台は様子を見ていたが、そのうち、PROの冠を関する、納得いくスペックの機種が出たところで購入。
 充電器とバッテリー二個、それに、そういった周辺機器が入れられるキャリングバッグも購入。これが大きかった。本体はハンディなのに、キャリングバッグは小さなスーツケースくらいあった。
「本体はハンディ」と書いたが、これも一応「片手でなんとかホールドできるサイズ」である。いわゆるパスポートサイズ≠ェ出る前の機種だったもので、決して今の方が想像できるような「小型」の機種ではなかった。

 しかしその前に出ていたベータカムなどが、機器のお尻を肩に乗せなければ持てないほど大きかったことに比べれば、当時は確かに「ハンディカム」だったのである。

 わたしが8ミリビデオを導入した理由はひとつだけ。取材で使いたかったからである。小説に出てくる舞台の景色や、そこでちょっとした小物を撮っておくと、ここで数行のテンポを取りたい、というときに、後からテープを見返して使うことができる。
 当時はまだデジタルカメラはなく(マビカはあったかも。しかし実用ではなかった)、安価かつ大量に映像を取れるのは銀塩写真ではなくムービーという逆転現象があったのだ。

 しかし、取材に持っていくには前述のとおり周辺機器を詰めたキャリングケースが大きく重く、どうにも閉口するものだった。何度か取材旅行に持ち出したのだが、バッテリーも保たないし、撮影するときにはいちいち取り出さなければいけないしで、「これは取材には使えないなぁ」という結論を出さざるをえなかった。

 人間のタイプは「動画型」と「静止画型」のふたつにわけることができるかもしれない。だとすると、わたしは明らかに「静止画型」なのである。記憶なども静止画をパラパラとめくっていくように思い出す。
 もうひとつ、取材に使えないと思ったのは、たとえば小説の資料のために景色をとっておきたくても(当時のカメラの性能ゆえに)、画角が狭いのである。景色全体を取るためには横パン、縦チルトをしなければいけない。自然、時間がかかるし、同行者がいる場合は気を遣わせてしまう。
 ワイドコンバージョンレンズを買ってもみたが、それでやっと銀塩の50mm画角くらいである。
 そして解像度も悪く、ブレなくきちんと撮影するためには三脚を立てなければいけなかった。これだと、取材がメインのはずが、撮影メインになってしまう。
 わたしは別に映像作品を撮りたいわけではないのだ。結局、最初の一年ばかりは無理をして持ち出していたが、次第に面倒になり、持っていっても駅のコインロッカーに入れておいたままだったりと、取材には使わなくなってしまった。

 それでも、以前にも書いたが、わたしの住む地方都市を襲った中規模地震を生で撮影したり、近所の火事を撮影して、それが地方局の夕方のニュースで採用されたりもした。高速道路でクルマがひっくり返って燃えているシーンを撮ったこともある。
 振り返って思い出してみると、この愛用8ミリビデオで、わりと「カメラがとらえた決定的瞬間」を撮っていたのだなぁ、と感慨深い。


(原作:武論尊/漫画:原哲夫「北斗の拳」少年ジャンプ掲載より引用。当時、友人H君宅で8ミリビデオで記録したもの)


(原作:武論尊/漫画:原哲夫「北斗の拳」少年ジャンプ掲載より引用。あれ? ケンシロウの指が……)

 わたしの父は8ミリフィルムの頃からの映像作家であったので、最後にはこのカメラも父にあげてしまった。その頃は、父自身もすでに自分の8ミリビデオを持ち編集機器もそろえ、そちらへ完全にシフトしていた。

 やがて時代はDVになり、8ミリビデオは市場から完全に消えてしまった。
 8ミリビデオは、相応のデッキを使うとDATとしても使えるという利点もあった。しかしこの機能も知る人ぞ知るメリットで終わってしまった。

 最初にも書いたが「8ミリビデオ? そんなのあったっけ?」という方も、もう珍しくないのではないだろうか。
 8ミリビデオは、アナログビデオ最後の時代の徒花であったなぁ、と思う。

 今はなにか事件があると、誰でもがスマホの動画をネットにあげ、テレビ局の側が「使わせてください」と言ってくる時代である。
 8ミリビデオカメラ機材の詰まったあの大きなキャリングケースを持ち運んでいた時代が良いとは全く思わないが、昭和の香りの残る懐かしさを感じつつ、筆を置く。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録