2017年12月16日

【回想録】わたしのリアルウンコノオモイデ

 今回は、そういう話である。お食事中の方は、どうぞそちらを済ませて時間を置いてからの再訪をお願いしたく。
 あああそれにしても、下ネタを書かない上品な結城恭介のイメージが壊れてしまうな。
 え、上品?

 さて、伊藤潤二先生の「伊藤潤二・恐怖マンガCOLLECTION 16 フランケンシュタイン」の中に「リアルウンコノオモイデ」という短編がある。短編というか、エッセイマンガだ。
 内容は、伊藤先生が祭りの屋台でリアルなゴム製ウンコを買うまでの逡巡を描いた、先生の筆致が違う方面でも冴える佳作である。




(伊藤潤二「伊藤潤二・恐怖マンガCOLLECTION 16 フランケンシュタイン」中、「リアルウンコノオモイデ」より引用)

 たまにネットでも貼られていたりするので、この掌編、ご存じの方もいらっしゃるのでは?
 伊藤先生は「伊藤潤二の猫日記・よん&むー」にも、ニューヨーク土産の「リアルウンコ」の話を書いていらっしゃる。かなりのリアルウンコ好きとお見受けした。


(伊藤潤二「伊藤潤二の猫日記・よん&むー」より引用)

 子ども時代の伊藤先生は屋台でお買いになったそうだが、わたしも中学の頃、この「リアルウンコ」を買ったことがあるのである。
 あれはたしか中学二年のとき、正月も終わったオモチャ屋のショウ・ウィンドウに「リアルウンコ」が飾ってあるのを見つけて、わたしも伊藤先生と同じように、一目惚れしてしまったのであった。

 そして伊藤先生と同じように、買うのに逡巡した、した、した。が――やっぱりお年玉があったので買ってしまったのである。当時のわたしは店員さんに変に思われないかと気にしていたが、今思うと微笑ましい。
 そのゴム製リアルウンコは、伊藤先生のマンガにもあるように、「アラレちゃん」に出てくるようなトグロを巻いた戯画化したウンコではなく、まさしく本物そっくりのリアル<Eンコであった。

 買って、自分の部屋に置いて、しばらくは鑑賞の日々を過ごしていた。
 ちょっと見どころか、しげしげと見ても、まるで本物そっくりである。朝目覚めて、帰宅して、宿題の合間に、食事の後に、就寝前に眺めると、このリアルウンコはまさになにかを自分に語りかけてくるようだ。疲れた一日でも、このリアルウンコを見ると活力が沸いてくる。ほら、ライトを当てると輝いているでしょう? これが今ならコーヒー一杯のお値段で買えるんですよ。アートのある生活をお送りになりたいですよね。
 今ならそんな台詞がポンポン浮かんでくるが、もちろん当時、ビバンなどはない。
 わたしがリアルウンコを覗いているとき、リアルウンコもまた、わたしを覗き返している気さえする。ここまでくるともはや芸術品と言っても過言ではあるまい。

 これはやはり、学校に持っていって、皆と感動を分かち合わなくてはいけない。わたしは使命感を胸に、リアルウンコをカバンに秘めて学校へ持っていった。
 そして、朝、登校してきた皆に披露――。

「げぇーっ!」
「ほん、もの、だと?」
「すごいなこれは、ニオイまで漂ってきそうだ」

マジかよ≠ニ書きたいところだが、当時そんな言葉はない。 
 とにかく、鑑賞会は大成功した。リアルウンコはわたしの手を離れ、クラス中の人気者となった。授業中に教卓に置かれていたり、誰かのロッカーに入れられてそこの使用者をびっくりさせたりと、なかなかの活躍ぶりであった。

 それは昼食時であった。仲の良いメンバーと昼食の弁当を広げているとき、そのリアルウンコが我々のところにもどってきたのである。
 当時、悪ガキであったK君とY君が、このブログにもたびたび出てくる畏友H君の弁当の上に、それを、ポン! と置いた。

「ぐぎぇぇええ、やめろぉお!」

 H君の悲鳴がクラス中に響き渡った。彼はその日、弁当を食べられなかったと記憶している。

 しかしそれは、悲劇の序章に過ぎなかったのである。リアルウンコはすでにわたしの手を離れ、所有者が誰なのかもわからなくなっており、わたしはまあ、それでもいいかと思っていた。芸術は人々の手の中にあって完成されるものである。

 翌日のこと。H君が弁当を開けて、食べ始めてみると――

「ぐぼぉぐぇああきききさままらゆるさぁんぞぉおお!!」

 H君の怒号が学年中にこだました。
 なんと! 恐るべきことに、H君の弁当のごはんの中に、あのリアルウンコが埋め込まれていたのである!!
 やったのはまたK君とY君であった。わたしもこのことは知らされておらず、あまりのことに、食べていた弁当を吹いてしまった。

 もうH君にもずいぶん会っていないが、きっとあの「弁当にリアルウンコが埋め込まれた事件」は覚えているはず。なにしろ「俺はあれでしばらく弁当食えなかったんだからな」という恨み言を、成人してからもたびたび聞かされていたから。
 地雷を埋めたのはわたしではないが、買ってきたのはわたしだったもので、なんとも、申し訳ない気分に……、ブーッ! ごめん、やっぱり思い出すと吹き出してしまう。おかしくて。

 その後のリアルウンコの行方は、ようとして知らない。
 商品としてのリアルウンコは、続編として「ハエつきウンコ」なども発売されたと記憶しているが、これはハエがすぐに偽物とわかる出来で、いまいちだった。

 いやはや、本当にみんな、悪ガキだったものである。
 H君には陳謝。食べ物の恨みは恐ろしいからね。

 え、食べ物?
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録