2017年12月24日

【日記】今日はクリスマスイブではありませーん

 本日12月24日正午頃、本市××町の公園で遊んでいた児童数名に、中年男性が「今日は何の日だ」と話しかける事例が発生しました。
 児童が「クリスマスイブ?」と答えると、中年男性は「バッカもーん。今日は待降節第4主日。クリスマスイブは日没からだ」と、わけのわからないことを叫びながら去っていったとのことです。
 皆さまにおかれましては、このような不審な人物を見かけましたら、警察までご一報をお願いいたします。


 おっと、事例になってしまった(笑)。

 というわけで、本日、12月24日の昼間は、まだ「クリスマスイブ」ではないのである。
 ノンクリの人々は、簡単に「イブイブ」言っちゃってくれるが、ガチカトにとっての「クリスマスイブ」は「主の降誕(夜半のミサ)」と呼ぶ典礼である(他にも「主の降誕(早朝のミサ)」、「主の降誕(日中のミサ)」がある)。

 今までも何度か書いてきたが、教会暦の一日は、日没に始まり日没に終わる。なので、12月24日の昼間はまだ「主の降誕(夜半のミサ)」にはならない。
 しかも今日は主日(日曜日)であるので、12月24日の日中は、まだ「待降節第4主日」。
 クリスマスになるのは、日没からなのである。

 というわけで、ガチカトは今日、日曜日の昼間に一度教会へ行って「待降節第4主日」のミサに与って帰り、日没まで待って、また教会へ行って「主の降誕(夜半のミサ)」に与る。さらに余裕があるなら、明日25日の午前中に行われる「主の降誕(日中のミサ)」にも与らなければいけないという、ハードスケジュールなのである。

 しかも今年は、12月31日が日曜日で、その日は典礼暦で「聖家族」。明けて翌日、新年の2018年1月1日は「神の母聖マリア」なのである。
 この一週間ちょっとは教会畜にとって本当に教会漬けの年末年始になってしまうのであった。

 あっと、このあたり、わたしはカトリックだからの事情で、プロテスタントのそれはよく知らない。ゴメン。でも似たようなものじゃないかなぁ。一部、クリスマスを祝わない新興宗教のキリスト教≠ヘ別にして(あるんですよ、そういうの)。

 俗の世には「クリぼっち」なる、クリスマスにひとりぼっちを自嘲・揶揄する言葉があったりするが、そんなものは、本来のキリスト生誕を祝うクリスマスに与る人々には無縁の戯言である。
 本当にクリスマスを祝うガチカトにとって(特に教会委員にでもなった日には)、クリスマス前後はもう、忙しくて忙しくて「ぼっち」どころの話ではないからである。

 というわけで、もし来年のクリスマスを「ぼっち」で過ごしたくないという方がいらっしゃるのなら、ぜひとも今夜からカトリック教会へいらっしゃい。受付で「初めてです」と言えば、喜んでいろいろ世話を焼いてくれるだろうから。

 それで、別に洗脳されたりはしないはしないから、来年からミサや勉強会あたりに顔を出してみたらいかがだろう。自然、知り合いはできるだろうし、一年後の「クリぼっち」は回避できること間違いなしである。

 実際、西洋絵画やクラシックを語るのに、キリスト教の実際を知らずしていろいろ語っている評は噴いてしまうほどズレていたりするから、別に信者にならずとも、基本教養としてキリスト教の歴史と実際のところ≠学んでおくのは、趣味の範囲も広がると思う。
 勉強会に数年通いながら、一向にクリスチャンになる気はない、という人は確かにいるし、そういう人だからといって居心地悪そうにしている勉強会というのをわたしは知らない。

 話をクリスマスにもどすと、なにより「クリスマスはどうするの?」と訊かれたとき、当然の顔をして、「もちろん教会へ行きますよ」と応えられるのって、格好いいと思いません?
 いかがでしょう?
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記