2018年01月31日

【日記】セブンイレブン「ティラミスわらびもち」「抹茶ティラミスわらびもち」

 夕食後に甘味が欲しくなって、「【日記】セブンイレブン「チョコブレッド」」で予告していた、セブンイレブン「ティラミスわらびもち」「抹茶ティラミスわらびもち」を開ける日が来ましたよ。

 なんでも、井村屋とセブンイレブンが共同開発した和洋折衷のアイスクリームだそうで。



 食べ物が和洋折衷ということなので、飲み物はアジア圏から「ベトナムコーヒー」といきましょうか。



 ベトナムコーヒーはコーヒー豆をバター焙煎したものを挽いて、専用の抽出器具に入れ、それをコンデンスミルクをたっぷり底に入れた耐熱グラスに乗せ、お湯をそそいで作る。
 もとはあまりいい豆がとれず、さらに新鮮なミルクが保存できないベトナムだからこそ生まれたコーヒーだ。

 日本国内だと(名前を出して申しわけないが)「サンマルクカフェ」が「ベトナムコーヒー」の名をメニューに載せているが、これは豆をバター焙煎していない、コンデンスミルクにエスプレッソをそそいだだけの「なんちゃってベトナムコーヒー」である。
 あのバター焙煎の独特の風味は、エスプレッソと練乳だけでは出すことはできない。第一、エスプレッソでは洗練されすぎている。本物のベトナムコーヒーは、コーヒー粉がカップに落ちたりして野暮ったく、コーヒーの味はいまいちで練乳の甘さが強く、それでいて不思議とどこか懐かしい、たまに飲みたくなる味だ。



 耐熱ガラスのカップを使うのは、コンデンスミルクの層とコーヒー層が二分されているのを楽しむため。

 ウチではベトナムコーヒーの粉を買って作っているが、ふつうのコーヒー豆にバターを乗せてレンチンしてから挽いた粉でコーヒーを淹れ、それを上記のようにコンデンスミルクを入れたグラスへそそいでも、それっぽいコーヒーが作れるので、ご興味のある方は一度お試しあれ。

 サンマルクカフェの「なんちゃってベトナムコーヒー」も、あれはあれでうまいんだけどね(と、フォローもいれて)。



 やっと新郎新婦の入場です。左が「抹茶ティラミスわらびもち」、右が「ティラミスわらびもち」。開けてみると――



 こんな感じ。



 一式そろったので、食後のデザートタイム。ちなみにデザートとはフランス語のdesservirに由来し「食卓を片づける」という意味なのだそうだ。って、ちょっと確認のために検索したら、こんなこともWikipediaに載っている。ちょっとしたウンチクすらすぐ孫引きできる時代というのは、便利というか、見栄を張れなくなったというか(笑)。



「抹茶ティラミスわらびもち」は抹茶味がけっこう強い。ティラミス風味はあまり感じない。入っているわらびもちも、どちらかというと「白玉団子」っぽい。



 こちらは抹茶が入っていない「ティラミスわらびもち」。うーん、ティラミスという感じではないなぁ。チョコ風味である。そしてわらびもちもやはり「白玉団子」。

 もちろん、両方とも美味しい。「わらびもち」や「ティラミス」に目をとらわれやすいが、これは「アイス」である。

 わたし「でも、ティラミス」って感じではないねぇ」
 細君「だね」
 わたし「わらびもちは白玉団子だしね」
 細君「わたしは雪見大福≠ンたいに感じたなー」

 これでお値段、一個224円(税込)。吝嗇家のスイーツイーターとしては、ちょっとリピートに躊躇してしまう、かも。カモ。

 甘ーいベトナムコーヒーをチビチビ飲んで、さて、今日の食卓を片づけましょうか。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月30日

【日記】歴博「江戸グルメ案内」

 豆腐が原因で、細君とケンカしたことがある。まだ若かった頃の話だ。
 あれはわたしがトンカツを食べたくて、トンカツ専門店に入ったときのこと。わたしがカツ丼を注文したら、細君は冷ややっことコロッケとゴハンを単品で注文したのである。

 わたし「せっかくトンカツ専門店に来たんだから、そういうものを食べなよ」
 細君「だってわたし、トンカツ嫌いだし!」
 わたし「だったら最初からここはイヤだって言えば良かったじゃないか」
 細君「だってあなた、食べたかったんでしょう? トンカツ」

 これでケンカである。まあ、わたしも大人げなかった。今だったらこんなことでケンカしたりしない。わたしはカツ丼、細君は冷ややっことコロッケとゴハン単品をとれば済むことだ。
 ひとつ言いわけをさせていただければ、細君の偏食はけっこうひどいのである。おかげで、外食のときはかなり気を遣う。なんでもあるファミレスならばまだ良いが「あそこのマグロ丼は生臭くてダメ」とか、細かいところまでチェックが入るのである。
 なので最近は、細君が好きなものをふたつとってもらって、半分こにしている。わたしが食にあまりこだわらないからこそできる、夫婦の工夫である。

 と、ここまではマクラで、今回、国立歴史民俗博物館で「豆腐百珍」の本物掲示などがなされるという特集展示「江戸グルメ案内」が開かれるというので、二人で教会の帰りがてら、寄ってみたのであった。



 さて、まずは腹ごしらえ、ということで、歴博には何度もきたことがあるが、そのたびに「食べようかどうしようか」と悩んでスルーしていた「古代米を使ったメニュー」があるレストランへ。「中国で皇帝に献上していたという古代米」である。
 注文したのは「古代カレー」と「古代ハヤシ」。あと「古代カツカレー」というのもあるそうです。


(松本零士「宇宙戦艦ヤマト」1巻より引用。いやここでふき飛ばしちゃいけませんが)



 これが「古代カレー」で――



 これが「古代ハヤシ」。
 古代米の味は、精米された白米とそうかわりがない。むしろ、市販の五穀米とかのほうがダメな人が多いと思う。たまにちょっと粒状感を感じるくらいで味はいい。
「古代カレー」のほうは古代米の力にちょっと負ける感じ。もしひとりで行って食べるのなら、「古代ハヤシ」のほうがお勧めかな、と、いうのが、細君とシェアして出した結論。
 この古代米、歴博のお土産コーナーでも販売しているので、気に入ったかたはお土産にもできる。

 さて、徳川機関長からエネルギー充填120パーセントの連絡もあったので――


(松本零士「宇宙戦艦ヤマト」1巻より引用。ヤマトネタはここで終わりにしますハイ)



 目的の「江戸グルメ案内」は、第3展示室の特集展示。
 ちょっとパンフを引用してみると――

 今日、テレビのグルメ番組や情報誌、あるいはインターネット上のグルメサイトなど、食べ物屋に関する情報は巷に満ちていますが、江戸末期の江戸の町も負けてはいませんでした。
(歴博「江戸のグルメ案内」パンフより)


 という内容で、当時の江戸の人々がどんなものを食べていたのかがサンプルで展示してあったり、食楽街の様子がミニチュアになっていたりするのだろうか、と、細君と二人してわくわくとコーナーへ入ったのだ、が――

 あらら、そこでやっていたのは文献の展示ばかり。ちょっと肩透かし、ではある。
 撮影はフラッシュを焚かなければOKなので、適当にパシャパシャと。



 これは「八百善御料理献立(江戸料理茶屋番付)」というもの。江戸の有名な料理茶屋を相撲の番付に模したものだという。



「即席会席御料理(江戸料理茶屋番付)」これも相撲番付になぞらえたもの。
 まああれだ、当時の「食べログ」星取表みたいなものですかね。



 美味いものめぐりのすごろくなんかもあったりして、けっこう当時の人も食べ歩きが好きだったのだな、というのがわかって楽しい。



 これが1781年に作られた「豆腐百珍」の本物。あの「美味しんぼ」の豆腐の回でも触れられている。


(作:雁屋哲/画:花咲アキラ「美味しんぼ」22巻より引用)

 なお、これを作った酔狂道人何必醇(すいきょうどうじんかひつじゅん)の本職は大阪の篆刻家・曽谷学川。料理の専門家ではなかったのですな。
 この「豆腐百珍」は多種多様な豆腐の料理法を六等級にわけて解説したもので、当時、ベストセラーとなった――という話はよく聞くが、江戸時代のベストセラー≠ェ何部くらいだったのかはちょっとわからない。
 続編も出て、当時の料理本ブームの火付け役となった一書だという。

 などという知識ばかり脳みそに入れて、どうも、江戸時代の味≠ニいうものが伝わってこないのは、やはり展示が紙資料ばかりだからか。このあたり、細君とも「もうひと工夫あっても良かったよね」と意見が一致。

 展示を出て、おみやげもの売り場へ。「江戸グルメ案内」に関連して、江戸時代の淡雪豆腐にちなんで作られたお菓子「あわ雪豆腐」四種類と、「あわ雪純白」「壷しるこ」が販売されている。



 せっかくだから、おれはこの純白の「あわ雪」を選ぶぜ、というわけで、「あわ雪純白」。それに四種類の「あわ雪豆腐」も買ってしまった。





 なお、この「あわ雪純白」と、四種類の「あわ雪」。歴博では「限定商品」だが、販売元の愛知県の「備前屋」さんではネット通販している。
 歴博はわりとコラボ商品をおみやげ屋さんで売っていたり、しかもそれが即完売になってしまったりするのであなどれないのだが、今回は急いで買うこともなさそうだ。

 さて帰宅して、お土産の「あわ雪純白」をいただいてみる。これはやっぱり日本茶でしょう。



 食感はメレンゲ。甘さはその名のとおり「あわーい」感じ。うん。こういう上品な甘さもいい。甘党界のお嬢さま、といった雰囲気。洋菓子のクリームはもちろん大好きだが、こういうホッと甘味するのもいい。

 江戸時代の死因に「虫歯」はわりと多かったという話がある。永倉新八は虫歯放置の末に敗血症で死んだ説、将軍家茂も遺骨調査すると31本の歯のうち30本が虫歯だったという話もある。

「あわ雪」より甘ーいものを食べられて、その後、歯を磨ける、我々二十一世紀の人間は、本当に恵まれているのである。

 なお、他の四つの「あわ雪」は、あわよくば別の【日記】の甘いもの記事にできればと目論んでいる(笑)。

 国立歴史民俗博物館の「江戸のグルメ案内」は2月4日まで。一般展示の中に設えられた特集展示なので、入館料のみで見学できる。
「江戸のグルメ案内」だけでなく、館内全部を見て回れば、けっこう楽しく、また、日本人の歴史と民俗性というものを考えさせられる。
 気になる異性と、今週末のデートにいかが?
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月29日

【日記】水の味

 我が家のキッチンの蛇口には、細君が浄水器≠とりつけており、料理などに使う際は装置のトグルを切り替えて、カルキを除去した水を使うことにしている。
 細君は田舎育ちであったため、井戸水で育ってきた。それだけに都会のカルキ臭い水は不味いと不満だったようである。
 対して、もともと「味音痴」のわたし。正直、最初はカルキ水と浄水の区別もつかなかった。「どっちも喉が渇いていればうまいじゃん」というのが本心ではあった。
「お腹に入ってしまえば皆同じ」である。

 それでも、毎日、カルキ水と浄水を飲み比べてみていれば、だんだんと「水の味」の差がわかるようになってくる。さすがに今は「これはカルキ水」「これは浄水」と当てられるようになった。

 しかし実を言えば――これを書くと細君はまたショックをうけるかもしれないが――カルキ入りの水だって、そんなにまずいとは思っていなかったりする。
 これは成長期の思い出補正があるのだからしかたない。暑い夏に大汗をかきかき家に戻ってきて、まずは水を一杯、蛇口からコップに注いで、グイーッと一気に行く。うまい! そういう「カルキ水」で育ったのだから、わたしにとっては「カルキ水」もソウルフードのひとつなのである。

 というか、わたしが子どもの頃は、都会住みで浄水器≠使っている家庭などはなかった。みんな「カルキ水」を「水なんてこんなもんだ」「そりゃ井戸水は美味いだろうけどねぇ」と思って生活していたのである。
 ミネラルウォーターなどがスーパーで売られるほど、日本人の食生活は豊かではなかった(逆説的に、蛇口からカルキ入りとはいえ水が飲める日本は恵まれてもいたのだ)。

 そんな中、わたしが覚えている初めての「ペットボトルウォーター」が発売された。それが「六甲のおいしい水」である。これはけっこうテレビCMなどもうたれ、初めて「水も蛇口からではなく、店で買う時代が到来したのだなぁ」という衝撃を受けた。
 それにしても、蛇口をひねれば出てくる水を店で買うなんてもったいない、というのが、当時の大方の評価ではなかっただろうか。

 たかだか水に金を払うのは超もったいなかったが、興味が勝った。わたしはスーパーで「六甲のおいしい水」を買ってきて、姉にブラインドテストを試みてみたのである。

 ひとつのコップには水道水。ひとつのコップには「六甲のおいしい水」を入れて、まずわたし自身が試しに飲んでみた。
 感想は――「水だな。両方とも水。変わんない」
 さすが味音痴である。

 そして姉。わたしだけがわかるようにコップの種類を変えて、水道水と「六甲のおいしい水」がわかるかどうかチャレンジしてもらった
 ところで、同じ環境で育っていながら、姉はわたしとは違い「味音痴」にはならなかった。姉は一発で、この水を当てたのである!

「こっちが水道水。こっちが六甲のおいしい水だね」
「すっげぇー。なんでわかるの!?」
「だってさ」姉の答えが傑作だった。「六甲のおいしい水、よどんだ池の臭いがするもん」

 二人で大笑いしてしまった。「六甲のおいしい水」が「カルキ水」より美味しくなかった、という結末に。
 まあ、二人ともまだ、子どもの舌でしたから。

 その後、成長してから、「六甲のおいしい水」を飲んだことがあるが、そのときはとても美味に感じた(と、フォローを入れておく)。

 それでもやっぱり、スーパーでミネラルウォーターを買うような真似はしない。買うならなにか味つきのを。
 だって、もったいないじゃん。日本のカルキ水は、十分、美味しいんだから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月28日

【日記】雑貨EXPO@幕張メッセ

 今日は幕張メッセで開かれている「雑貨EXPO」の最終日へ。今まではコレ、東京ビッグサイトで開かれている「ギフトショー」などと一緒に開催だったように思うのだが、いただいたVIP招待券や場内マップには「第1回」となっている。



 2020オリンピック問題で、東京ビッグサイトが使えなくなる対策で、これからは幕張メッセで開催するということで、ナンバリングなどを一新したということなのだろうか。

 わたしの目的は「雑貨EXPO」だったが、会場は幕張メッセのクジラ館全館を使用し、中は各種の展示会が開催され、どこの入場バッジでも、結局、すべての展示会に出入りできるようになっている。なお、今回はガメラ館他は使用されていない。

 列記してみよう。

「ライフスタイル総合EXPO春」と銘打って、以下のラインアップ。
・第1回・国際雑貨EXPO春
・第1回・国際ベビー&キッズEXPO春
・第1回・国際ファッション雑貨EXPO春
・第1回・国際テーブル&キッチンウェアEXPO春
・第1回・国際インテリア&家具EXPO春


「販促ワールド春」と銘打って、以下のラインアップ。
・第1回・Web販促EXPO春
・第1回・販促EXPO春
・第1回・店舗販促EXPO春
・第1回・営業支援EXPO春
・第1回・広告宣伝EXPO春


 もう、なにがなにやらでしょう? しかし、まだ先がある。

・第1回・国際健康食品・美容食品EXPO春
・第1回・国際ヘルス&ビューティグッズEXPO春
・第6回・化粧品展
・第8回・化粧品開発展


 ふー。これが今回開かれていた展示会一覧である。
 ブログ記事書きとしては、行数が簡単に稼げて良いが、さすがに細分化しすぎじゃないの!? 細かすぎてなにがなにやらわからないよ! といった印象は、正直、会場内にいても感じる。

 2020オリンピック問題に取り組んだひとつの成果なのかもしれない。この先、こうやって細分化された展示会が、それぞれメッセで成長していくのだろうか。各展示会に、それだけのパワーがあるかどうかは未知数だが。

 二月にはバイヤーには常識の「ギフトショー」があり、今年は二週連続で開かれる(一週目はPIショーと同時開催だ)。ギフトを二週連続というのも初の試みのような記憶。展示会側も試行錯誤している感じだ。

 衆目を引くニュースで「2020コミケはGWに開催」というものが流れ、2020オリンピックがひきおこした展示会つぶし問題は解決した、というような雰囲気があるが、実際には小さな展示会に出展している開発社、卸売業者、小売店などは、この先どうなるかまだまだ不安であろうと思う。

 2020オリンピック誘致が盛んだった頃、わたしはWebも閉鎖し、ブログそのほかもやっていなかったので、意見表明はしなかったが、「東京オリンピック反対派」であった。
 今だって、できることならやめてしまえ! と思っている。

 時代は昭和三十九年の高度成長期と違うのである。オリンピックをやったからといって、好景気になるような単純な世の中ではない。また「コンパクトで経費のかからないオリンピックにする」という謳い文句も眉唾だと思っていた。始まってしまえば「せっかくだから」という理由で、経費が飛ぶように使われていくことはわかりきっていたからだ。
 そして実際、2020オリンピックは今や金喰い虫と化し、コンパクトどころか近隣都市にもヘルプと経費の分担をお願いしてくる始末。
 誘致し開催を決定してもらったのは東京なのだから、そのゼニは東京都民からの税金でやってもらいたい、というのが、隣の地方都市に住むわたしの、正直偽らざる感想である(根本的に、スポーツ嫌いなのですよ、わたしは)。

 今回は取引社も少なく、あいさつ回りもそこそこ。目的だった雑貨の新製品もウチの社と方向性が違ったので、早々にVIPルームに入って、万年筆と原稿用紙でこれを書いている。



 人の入りの印象が、幕張メッセでもビッグサイト並みに入っている感じが良いのではないか。幕張メッセの交通アクセスは都内から来るユーザーには遠いかもしれないが、駐車場が広く安いのが良いという利点がある。

 オリンピック自体にはネガティブな印象を持っているわたしだが、これを契機に、展示会業界が「幕張メッセってけっこういいんじゃない?」という感覚を持ってくれると嬉しい。

 なお、今回の展示で一番ウケたのは、マルマンヘルスケアが6月にだすという「禁煙パイポ・いちごミルク味」。ご連想の通り「北斗の拳・イチゴ味」とのコラボ商品。しかも限定品である。


(クリックで拡大できます)

 禁煙パイポは、わたしもくわえていた時期があった。6月になったら、限定イチゴ味、甘味党として試してみようか(笑)。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月27日

【回想録】mp3の衝撃

 mp3を知ったのは、私的ネット内でのY君の一報からだったと思う。1997年7月のことだ。
「最近現れた、mp3という技術が面白そうです。CDからリッピングしたwavファイルを変換すると、一分が1メガくらいにまで圧縮できます」

 当時はまだCD-Rが出始めてちょっとの頃。まだwavからの圧縮は考えられないような時代だった。
 もちろん、誰でも使える便利な変換ツールなどはまだ存在していない。
 わたしや皆も、Y君が紹介してくれた海外のコマンドラインでしか動かないフリー圧縮ツールを試行錯誤でいろいろ試し、mp3変換をそれぞれ試してみた。

 当時のわたしの持っているマシンのパワーでは、三分のmp3を作るのに、30分かかった。マジである。

 それでも、30メガのファイルが3メガにまで圧縮でき、しかも再生してもほとんどオリジナルと音質が変わらないことに、皆、驚嘆した。

 当時はまだ光回線はもちろん、常時接続でもない時代だったが、わたしはこれは衝撃的な時代の変換点だと思った。この先、多くのCDはリッピングされて圧縮され、ネットに流されるようになるだろう、と。

 作家のたくきよしみつさんが主催していた、そちらの私的ネットの方でも、mp3という驚異的な技術が、これから先、音楽産業を根本から変えていくという予感があります、と書き込んだ覚えがある。

 そして実際、mp3はいろいろな状況を変えた。Web割れはもちろん、WinMX、Winny時代は、もう普通のようにmp3が著作権無視状態で垂れ流されていた(当時はもうmp3より動画のやりとりの方が主流になっていた)。「もせ3」という隠語が懐かしい。

 mp3は音楽プレーヤーも変えた。それまで最新のポータブルプレーヤーはMDであった。それがまずは、海外の名もない新興メーカーによるmp3プレーヤーに侵食された。
 わたしが最初に買ったmp3プレーヤーは、なんとスマメ(スマートメディア)使用のものであった。今の時代、おそらく「スマメってなに?」という人も多いであろう。

 mp3は、人々の「耳」も変えたような気がする。わたしの世代は44.1kHz/128kbpsと、オリジナルwavの区別がほとんどつかなかった。今の若い人はこれの差がすぐにわかる「耳」をお持ちだろう。

 CD2WAV32や、「午後のこーだ」が出始め、やっとリッピングから圧縮までをハイスピードでできるようになった頃、CDで埋まっていた書棚をコンパクト化しようと試みたのだが、「どうせ聞き分けられないし」と、44.1kHz/128kbpsでみな作ってしまったのが残念である。いや、自分は聞き分けられないのだから、別にこだわることもないのだけれども。

 最近はHDDのバイト単価が安くなったものだから、ケチケチして128kbpsにする必要もないと、320kbpsで作るようにしている。

 いくらmp3化が簡単になったからと言って、Bach Complete Worksの160枚をmp3化するのはさすがに大変だった(言うまでもないが、コピーガードの施されていない音楽CDを私的利用するためにリッピングおよびmp3化することは合法である)。
 同じバッハのコンプリートシリーズが、一本のUSBメモリに記録されて売られていることをあとで知りほぞをかんだがあとの祭り。いやしかし、そういう時代になったのだなぁ、と、感慨も深かった。

 最近はmp3ではなくFLACで保存する、という方も多いらしい。それでもわたしはmp3が好きだ。それはやはり、mp3がある意味スタンダードだからで、それがアングラからスタンダードになる歴史を、ともに歩んできた、という思いがあるからである。

 圧縮フォーマットであるmp3にはライバルもたくさんいた。しかしmp3は生き残った。それはmp3がオープンだったから、だと思う。わたしはそんなmp3の心意気に惚れたのだ。

 この記事も、Bach Complete Worksの142枚目のmp3を聞きながら、ネットカフェで書いている。
「【日記】バッハを聞きながら」でも予告したが、全枚聞ききるのが目標なのである。全160枚まであともう少し。
 こんなことができるのも、mp3化してスマホに入れてあるからこそだなぁ、と思う。
 でなければ、もっと早くに挫折していたかもしれない。

 これから先、mp3が、消えていった他の規格のように過去の遺物になることはあるのだろうか。ないとは言えないだろう。しかしそれはきっと、わたし自身の命が尽きたあとの時代の話だろうな、と、そう思いたい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録