2018年01月26日

【日記】セブンイレブン「チョコミントの生ガトーショコラ」

 というわけで、一日遅れ(この記事を書いているのは24日)でやっと入手しましたよ。セブンイレブンの「チョコミントの生ガトーショコラ」。



 店員さんが並べる横から売れていくというありさま。世の中にこんなに隠れチョコミン党がいたとは。でも先週発売の「チョコミントの和ぱふぇ」と「ざくざく食感チョコミントシュー」は残っていたので、チョコミン党というより、やはり「セブンを食うモノたち」が多いということかも。

 さて、細君の分とふたつ買ってきて、さっそく試食。
 細君の最初の感想は「思っていたより小さい」。確かに、ね、ウェブとかの写真で見ると、ショートケーキくらいの大きさと思いそうだが、実際にはちょっとミニサイズ。

 けっこう、綺麗に開けるのに苦労する包装である。
 お皿に乗っければこんな感じ。



 フォークで割ってみると――



 美味しそう。
 さっきの包装の話だが、こうやって剥くようになっている。



 つまり本来は、お皿に乗せて食べるのではなく、こうやって包装を剥いてオニギリのように食べるのが正解、なのかもしれない。セブン的には。



 今日はコーヒーメーカーで手抜きのドリップ。「父と子と聖霊の御名によって、アーメン」。射祷もそうそう、いただきます。

 む、これは――チョコミントとベース部のガトーショコラのバランスが絶妙だ。どちらかだけを食べると、しつこいか、スーッとしすぎだが、両方を口に入れて味わうと、実に美味しい。
 細君の感想は、甘すぎないし食べやすい。色もシュークリームより可愛いから、お客さまに出しても良さそうだけど……パッケージを開けにくいのが難点だぁ!

 それは確かに。お皿のないところでも食べられるパッケージングは秀逸ではあるけれど、剥きやすいもうひと工夫があっても良かったかな?

 とにもかくにも、念願の「チョコミントの生ガトーショコラ」を食べられて満足である。ごちそうさまでした。
 俺、これで故郷に帰って、女房と店を出せ、る、よ、ガクッ……。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月25日

【日記】指輪

 今日は結婚記念日なので、それにちなんだ話を。

 細君と婚約したときから、左手の薬指にずっと指輪をつけている。
 これはまあ、細君が当時まだ大学生だったということもあり、互いに「女よけ」「男よけ」としての意味もあって、つけはじめたのであった。
 最初は内側にお互いの名前を彫りあおうと決めていたのだが、刻印機がそれに対応していないということで、K to N(Kyosuke to Naoko)、N to K(Naoko to Kyosuke)と刻印を打った。

 当時はあまり金銭的余裕もなく、身の程にあったものを作ったのだが、母に「ちょっと指輪が薄いねぇ」と言われたことを覚えている。

 作った当時、わたしはBMI20未満で、ユルユルであった。指輪をつけ慣れていないので、ひょんなことで取れてなくしてしまうのではないかと、けっこうしばらくヒヤヒヤして過ごしていたものだ。

 わたしはモテる方ではないし、また、仕事に恋愛を一切持ち込まない主義だったので、打ち合わせのときに指輪に気づいた編集者がいても「ええ、婚約しましてね」の一言で済ませていた。
 以前も書いたが、わたしの担当編集者はみな昇進し、しかも女性は美人という縁起がある。指輪をつけることで未来の細君が安心してくれればネ、というところがあったり。

 結婚してから、しばらくしたら幸せ太りしてしまった。それでもBMI22くらいなのだが、BMI20未満のときに作った指輪がキツキツになってしまったのである。
 それで二人で、またおそろいの結婚指輪を新調した。今度は金銭的余裕も多少はあったので、気に入ったデザインのものをあつらえた。それでもまた刻印機の都合で「K to N」「N to K」になってしまったのが残念である。

 その後、BMI22〜23程度でも「ふくよかになられましたね」と言われるのが癪で、食事制限と運動で再びBMI20台に戻したら、新しい指輪が確実にユルユルになってしまった。わたしはけっこう、体重がシンプルに指の太さに反映されるタチらしい。

 ある日、成田空港で、ふと見たら左手薬指の結婚指輪がない。サーッと血の気がひいた。緩くなったので、どこかで落ちてしまったのだ。駐車場からターミナル1まで、さっき歩いた道を探したが、ない。こりゃまいった。細君は怒りはしないだろうが(そういう人)、残念がるだろうなぁ、と思って、ふと、内ポケットに手を入れたら、そこに入っていた。手帳を出し入れしたとき、ポロッと指から落ちていたのだ。ホッとして、その場の壁にもたれかかってしまった。

 そういうことがあったので、今は新調した指輪の方ではなく、最初の結婚指輪に戻している。
 お互い、若い頃に作った指輪なので、今の年齢に合っているかどうかはわからない。こういったものに、そういったことは関係ないのかもしれない。

 このところ、服薬しているクスリの量が増えて、体重が増えやすくなっている、ということは「【日記】ブログ雑感」で記した。今つけている指輪がきつくならないよう、気をつけなければいけないな、と思う節制の日々である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月24日

【日記】セブンイレブン「チョコブレッド」

 俺、この戦争が終わったら、故郷に戻って、1月23日にセブンイレブンで新発売される、「チョコミントの生ガトーショコラ」を食うんだ……。

 はーい、フラグが立ちました。買えませんでしたorz 恐るべしチョコミン党。まあ入荷のタイミングもあるのだろうけれど。

 しかーし、体が甘味を欲しているのに手ぶらで帰るわけにはいかない。セブンには同じ日に新発売の別の商品もあるのである。
 それが%title%の「チョコブレッド」。

 というわけで、1月23日新発売という「どこを食べてもチョコ」という「チョコブレッド」を買ってまいりました。



 チョコチップをマーブル状に練りこみ、ふんわり焼き上げた一品だそうで。



 美味しそー。
 これはパンだけれど、やはりデザート、スイーツ扱いでしょう。
 今回は手を抜いて、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れて、と。



 二つに裂くと、中はこんな感じ。チョコチップがそこかしこに埋まっている。
 食べてみると、パン生地はモチモチ。うん、これはやっぱりスイーツだ。

 細君「けっこうチョコがたっぷり入ってるね。美味しー」
 わたし「セブンは前にも、もちもちチョコブレッド≠出してたと思うけど、それほど甘くはなかったという印象があったかな。これは本当にお菓子≠セね」

 美味しくいただきました。ごちそうさまでした。これでお値段は税込198円。限定品なのかどうかはわからない。

 そして実は……



「チョコミントの生ガトーショコラ」を買えなかった悔しまぎれに、やはり1月23日新発売の、セブンイレブンが井村屋と組んで開発した「ティラミスわらびもち」「抹茶ティラミスわらびもち」も買ってきていたのであった。

 けれど、今日はもうおなかいっぱい。
 そちらの食レポは、機会があったらということで。

 それにしても、「チョコミントの生ガトーショコラ」。くやしーい!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月23日

【回想録】骨折

 あれは自分の結婚式、十日前のことであった。
 トイレの扉を開けたとき、扉と床の隙間に左足の小指が入っていたのに気づかず、そのまま足を持ち上げてしまったのだ。

 わたし「おぎゃあ!」


(山田芳裕「デカスロン」16巻より引用。名作です)

 激しい痛みが左足の小指を襲った。これはやった、やってしまったと思った。
 部屋で結婚準備をしていた婚約者時代の細君が飛んできた。

 細君「どうしたの?」
 わたし「やった、やっちゃった。左足の小指、骨折しちゃったかも」
 細君「ええっ!」

 見れば左足の小指が赤く腫れ上がっている。曲げようとすると激痛が走る。これはやっぱり、やっちゃったんじゃないかなぁ。
 頭の中に、松葉杖をついてお客さまを迎える新郎の情けない図が浮かんで、あーあ、ついてない、と思ってしまった。

 が、未来の細君は、どっしりとしたものだった。

 細君「そんな簡単に骨折なんてしないよ。とりあえず病院行ってきなさい」

 ふだんは、細君の「病院行ってきなさい」には軽く抵抗するわたしなのだが(「【日記】生理(ぢ?)」参照)、このときばかりは結婚式も控えているので、すなおに病院へ。そこでレントゲンを撮っていただくと、みごとに――

 お医者様「骨は綺麗ですね」

 あれぇ……。あんなに痛かったのに。今でも触れるだけでジンジンするのに、骨は大丈夫なのだった。
 結局、単なる打撲ということで、シップして固定。治るのに一週間くらいかかったと思う。
 足の指に包帯を巻いているので、外出もスニーカーを突っかけるだけ、そんなビッコを引いた足で、国技館で開かれた「ロボコン」本戦を観にいった記憶があるのだから、「骨折ではなかった」という心理的な安心感は強かった。
 結婚式は、無事、靴をちゃんと履いて、足をひきずることもなく迎えることができた。
 ただしその三日前に風邪を引いて寝込み、二日で治し、当日の朝はX68000無印のROM交換をしていた(笑)。なんとも密度の濃い一ヶ月だったなぁ、と、今になって思う。

 というわけで、今までわたしの人生で、「骨折」したことは幸いないのだが、「ヒビ」をいれたことはある。
 あれは小四のとき、放課後、校庭のグラウンドで友人と「グライダー」を楽しんでいたときのこと。ちょっと手が滑って、体の左側を下にして落下してしまったのである。左肘がドッカと砂場の淵にぶつかった。
 不思議なことに、そのときは、あまり痛くなかったのである。
 家に帰ってからも普通に過ごし、入浴し、眠った。
 翌朝、左腕を動かそうとすると――

 わたし「おぎゃああ!」


(山田芳裕「デカスロン」13巻より引用)

 左肘が焼けるように痛い。曲げると金串で刺したような鋭い痛み。あまりの大声に、母が驚いて部屋にとんできたくらいであった。
 病院にかかってみると――ヒビがはいっていた。あの痛みで「ヒビ」なのだから、骨折だとどれくらい痛いのだろう。ちょっと、想像したくない。
 結局そのときはギプスをつけて二週間固定。ギプス生活よりも、それを取ったあとのリハビリの方がつらかった。もともと体が硬いのに、リハビリの先生が無茶をして腕を曲げようとするのである。その激痛の方が、ヒビより痛かったという小学生時代の思い出。

 話を元に戻して結婚式前後の話。わたしと細君は新婚旅行でスキーに行ったのだが、麓ではしゃいでいるグループがいたのである。元気だなぁ、と二人でほほえましく思っていたが、何度か頂と麓を往復しているうちに、そのグループで一番目立っていた男の子が、痛みにうなり声を上げながら救助のスノーモービルに乗せられているのを目撃してしまった。どうやら、やってしまったらしい。
 あぁ、あんなに元気だったのに……。と、細君と二人、顔を見合わせたことを思い出す。

 皆様も怪我や事故にはお気をつけて。

 追記:トイレの扉と床の間に左足小指を挟むのは、十年前にもやっている。このときは前の経験があったので病院にはいかなかったが、懲りないものである。若くない今は、それこそポキリといってしまってもおかしくない。気をつけるべし>自分。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2018年01月22日

【日記】さよなら2ちゃんねる

 というお題で書こうと思っていたら、本当に「2ちゃん」は「5ちゃん」に変わってしまった。Androidの専ブラも「2chmate」から「chmate」にバージョンアップしていて笑ってしまった。

 が、いやしかしまあ、ここで書こうと思っているのは「2ちゃん(5ちゃん)」には、もう二度と書き込まないよ宣言である。

 逆に言えば、昔はよく「名無しさん」のひとりとして書き込んでいたのである。「神」「職人」と持ち上げられたことも「厨房」「アスペ」と罵られたこともある。前にも書いたが、モナジラツールを作るほどの2ちゃん好きでもあったのだ。

 それが、この「いまさら日記」を書き始めたのを契機として、一切、書き込むことはやめようと誓った。そして実際、もう一年半以上、なにも書き込んでいない。

 大きな理由は、「2ちゃん(5ちゃん)」の空気が、わたしが好きだった頃のそれと、だいぶ変わってしまったからだ。
 最初に但し書きをしておくが「だから今の2ちゃん(5ちゃん)はダメなんだ」などと老害じみたことを書く気はない。ただ、わたしが好きだった頃と違ってしまっただけで、今の2ちゃん(5ちゃん)はそれはそれでいい。だからこれはチラシの裏(自分のブログ)に書いている。

 空気――。これが難しい。日本人は空気を聖典とする世間を神とした無自覚な日本教徒である。キリストもんが聖書を読むように空気を読む。
 ところが、ここ数年の2ちゃん(5ちゃん)は、この空気を読まない人が多くなったような気がするのである。そして、なにかあるとすぐマウントをとりたがる。
 読んで、あ、いい意見だな、卓見だな、と思っても、次の一行で「そんなことも気づかないなんてバカじゃないの?」などと、書かなくてもいい一言があってガッカリ、ということを何度も経験するようになった。

 AAがまだ隆盛を誇っている頃は、このような雰囲気はまだなかったと思う。
 ということは、これは、スマホからの流入組が多くなったからではないかと、わたしは勝手に想像している。
 端的に言って、みんな、心の余裕がなくなった。

 他にも、正直、ネトウヨとかパヨクとか、そういった政治的なコピペが多くなってきたのにも辟易してきた。わたしはノンポリなので、そういったこととは関わり合いになりたくない。

 専門板は専門板で、妙に粘着する人が増えてきた。なにかというと、すぐ「コウサクインガー」と言い出す。
 もちろん、うまく機能しているスレッドもたくさんあり、そういうスレはROMしていてとても役に立つ。ただ、「【日記】トラブルを起こす人はひとりで十人の仕事をする」にも書いたとおり、ひとりやっかいな人がいると、その人は何倍もの仕事をしてくれるので、もうそれだけでスレが機能しなくなってしまう。

 そんなこんなの繰り返しで、以前、お酒を飲めた頃は、ナイトキャップと2ちゃんねるというのが一番の楽しみだった自分が、もう、正直、今の2ちゃん(5ちゃん)は楽しくないな、という気分になってしまったのだ。
 繰り返していうが、これは2ちゃん(5ちゃん)が悪いのではない。ひょっとしたら、2ちゃん(5ちゃん)は変わっていなくて、わたしが変わってしまったのかもしれない。

 個人的に、2ちゃんが一番楽しかったのは、「奇跡の詩人」祭りの頃ではなかったかなぁ、と思ったりもしている。

 こういうのは、人によっても違うのではないかな。
 今の2ちゃん(5ちゃん)が一番楽しい、という人ももちろんいるだろう。
 どういった形であれ、ツイッターのような(本来SNSではないのに日本ではSNS化してしまった妙なメディア)とは違う「掲示板」という形で、匿名でなにかが書き込めるメディアが残っているというのは喜ばしいことだと思う。

 なんだかんだいって、わたしは2ちゃん(5ちゃん)を愛していたんだなぁ、といまさらに思う。

 わたしはもう書き込むことはないけれど、これからの2ちゃん(5ちゃん)のますますのご盛栄を祈念して、チラ裏終わり。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記