2018年01月16日

【回想録】20年前(1998年)の1月

 わたしがデジカメを購入したのは1995年のことであった。
 それ以来、メモのようにパシャパシャと撮影しているわけだが、考えてみると、それももう20年以上前のこと。

 年月で整理されたディレクトリをSusieで眺めてみると、けっこうめずらしい記録と、記憶のよすがになっているものだと思い、こんな記事を書いてみることにした。

 これは20年前、1998年1月の記録である。

 まずはNIFTY-Serve、@niftyからインターネットへと続く仲間同士の新年会の様子から。みながそれぞれ、ノートPCを持ち寄って、LANでつなげ、QUAKE対戦をやったときの様子。場所は畏友R氏の部屋。いつもいつも、場所提供をお願いしてしまい申しわけなく。



 Panasonicのレッツノートが三台、東芝のリブレットが一台確認できる。実際には見えていないが、もう一台がLANにつながれていたらしい。

 当時の私的ネットからのわたしの書き込み――

 いやー、五人が入り乱れて闘うQuakeは燃えましたねー。二人対戦DOOMのときも楽しかったですが、今回の面白さは、その比ではなかったです(^o^)
 Yさんを追うKさんを、遠くから狙い撃ちして悦に入っていたら、後ろからNさんに撃たれたり、難しいジャンプにみんなで挑戦して、最初に成功したRさんの目から見て大笑いしたり、空気トランポリンを楽しんだり、怪しい謀議が交わされたり、本当にQuake空間にみんなでいたような感覚でした。
 久しぶりに、声が嗄れるほど大笑いしてしまいましたヽ(^o^)丿


 まだ「ネット対戦」が、こうやって顔を合わせたケーブルLAN空間でなければできない時代だった。常時接続など夢のまた夢、ましてやブロードバンド接続なんぞ、まだまだ未来の技術に感じた時代の話である。
 あ、言うまでもないが、当時、無線LANなどというものはない。



 こんな映画のパンフの一枚があるところを見ると、ちょうど「タイタニック」が流行していた頃のようだ。



 これが何だか、今の方はわかるかな?
 これは巻取り型の電話モジュラケーブルなのである。外出時に、灰色のISDN公衆電話などにつないで使ったりしたのだ。



 こんな本も買っていたようだ。
 1998年だが、Windows98が日本で発売になったのは、同年の7月25日のことである。



 当時のわたしのメインデスクまわり。
 ディスプレイとキーボードが、X68k無印のそれだが、マシンはCompact XVIになっているのが不思議。無印を使っていた細君と交換したのだろうか。
 左に映っているのは一番最初のAT互換機とディスプレイ。AT互換機は386だったと思う。その上に、外付けHDD(確か100メガ)と、重なって置かれているのはCD-ROM二台。
 Compact XVIの左に、K&RとMOドライブが置かれている。マウスの代わりにミニトラックボールも。たしかエッグマウス≠ニいう製品名だったと思う。
 やや、よくみると、PCテーブルの上にOASYS30SXも健在だ。

 この年に生まれた子供たちが、今年、新成人となったわけである。

 自分が20歳の頃、0歳の頃の写真を見せられると、その古さにびっくりしたものだが、今の若者はどうでしょう、ね?
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2018年01月15日

【日記】ネットカフェでモノカキ

 最近は本当に、スタバやファミレスで原稿書きをするくらいなら、ネットカフェにこもり集中してカキモノをすることを好むようになってしまった。

 正直「意識高い系」でないなら、スタバよりネットカフェの方がよっぽど効率がいいことに気づいてしまったのだ。他人に「ドヤッ。俺、お洒落カフェで勉強 or カキモノしてるんだぜ」というところを見せたい、という気持ちがないのなら、ネットカフェで勉強 or カキモノ、お勧めですよ。

 というわけで、出先の先々でチェーン店に入っては原稿書きをしているのだが、やはり、ネットカフェにもいろいろあるなぁ、と思う次第。
 そこで、たった三店舗ではあるが、「原稿書きのために(自分のPC、ポメラなどを持ち込んで)入るネットカフェ」としてチェーン店三つを比較してみた。

 あくまで「カキモノのために入る」ということが前提なので、コミックの蔵書量とか、PCのパフォーマンスとか、寝やすさとか、ランチとか、そういったことはまったく度外視しているのでご了解を。
 また、わたしの生活圏をあからさまにしないために、「○○店」ということは書いていない。同じチェーン店でも設備、古さ、設計などが違うことは大いにあり得ることもあらかじめ。

 あと、わたしはブースはいつもフラットシートにしている。これは、わたしは家の蟄居房でもあぐらをかいてポメラDM200に向かうという習慣が身についているから。

●アプレシオ

 最初に入ったのがここだったのが、良かったのか悪かったのか。わたしの中でここが標準になってしまった。

 ここはなんと言っても、アツシボ(熱いオシボリ)が自由に使えるのが良い。キーボードを打ち続けて、一息いれたいとき、アツシボで手を拭けるのはありがたい。

 フリーのソフトクリームは午前10時からだが、味はなかなか良。トッピングがチョコだけというのは淋しいが。
 また、フリードリンクに「リアルゴールド」がないのは淋しい。ネットカフェなら「リアルゴールド」というのはありません?
 ブースは普通のネットカフェ並みの明るさだと思うが、手元灯が全ブースについているので十分である。

 難点を言えば、喫煙ブースと禁煙ブースが完全分離ではないこと。禁煙ブースを選んでも、場所によっては喫煙ブースからの煙が流れてくる。これはチェックインのときに「なるべく喫煙ブースから離れた場所にお願いできますか?」と頼むことで解決できるようになった。
 ここは通路が広いのもいい。ただし、これはわたしが行っている店舗だけかもしれない。

●マンガ喫茶ゲラゲラ

 なんとここは会員登録がいらない。こういうネットカフェもあるんだなぁ、と、正直びっくり。

 入ってみて、いきなり通路がせまくて難儀する。ブースもせまい。ロッカーもなく、「【日記】ぼうはん!」の記事で書いていた防犯チェーンが役に立った。
 オシボリ(ペーパー)が最初にくれる一個だけ、というのが淋しい。フリードリンクスペースにも替えはない。

 アイスは日替わりでチョコ味、ヨーグルト味などと変わるらしいが、味は普通。残念なのが、フリードリンクのコップが紙コップであること。トレイもなく、あまり量をブースに持って行けない。

 ブースの明るさはまぁまぁ。一度、集中してカキモノを始めてしまえばなんとかなる。ただ、設備は古い。デスクもあまりキーボード部分が引き出せず、DM200をなんとか置いて打つ形になってしまう。
 あまり長い間、集中はできないかなぁ、というネットカフェではあった。

●快活クラブ

 初めて入ったときに会員登録が必要なのだが、なんと会員費が50歳以上なので無料だった。なんともこういうサービスは嬉しいね。

 ここもアツシボがないのが淋しいが、フリードリンクコーナーで替えのオシボリ(ペーパー)が貰えるのでまだ「ゲラゲラ」よりは良い。

 ブースに入った最初の感想が「暗っ!」。そのとき持っていたポメラがDM05だったもので(DM05は反射光式で自光しない)、こりゃあまいった、と思った。が、これは貸し出しの手元ライトがあり、なんとかしのげた。それにしても、マンガを読むだけにしても、デフォルトでは暗すぎやしないだろうか。

 ソフトクリームがシャバシャバである。味は前二店より落ちる感じ。それでもトッピングにキャラメルとチョコの二種類が選べるのが良い。フリードリンクも「リアルゴールド」があるし、ね。

 禁煙、喫煙コーナーが、ガラスによって完全に分断されているのも良い。

 ただ、BGMが流れて続けているのはどうかと思った。原稿書きのときは、自前のスマホのPowerAMPプラスBluetoothフォンで音楽を聴いているから気にならないが、ネットカフェにBGMは不要だと思う。

 たまたま時間が余って入ったのでポメラDM05しか持っておらず、あまり集中して書けなかったのが残念。打ち合わせの時間までの時間つぶしとして、ブログ記事一本書いたあとは、映画を一本見て過ごしてしまった。
 欲を言えば、デイパック6時間お約束コースのような割引が欲しいところ。お値段は高め、である。

 快活はネットカフェ業界の雄と聞いていたが、いつものアプレシオよりは一段落ちるかな、という印象。あくまでモノカキのために入るネットカフェとしては、だが。

 というところで、たった三店舗だが比較してみた。わたし的には「アプレシオ>快活クラブ>>ゲラゲラ」といったところだ。

 きっと、ネットカフェ慣れしている方からすれば、鼻で笑われてしまうランキングだと思うが、まあ、「カキモノのために入るネットカフェ」として大目にみていただければ。

 というわけで、この記事もアプレシオで、デイパック6時間の残り一時間を切ったところで書いている。
 そろそろ最後のアイスのお代わりでもしますか、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月14日

【日記】五十肩とエスカレーターの片側通行

 われながら、こんなにひどくなるとは思わなかった。五十肩である。九月の中頃に始まった「背中に手が回せないな」という症状が、今や左腕に洋服の袖を通すだけで激痛にのたうちまわる。

 安静にしていても、ジンジンと痛む。キーボードはこうやって、両の肘をアームレストに置けばなんとか打てるが、今、左腕は後ろに回せないどころか、常に痺れている感じで違和感がたまらない。
 今までは、痛みで中途覚醒してしまうため就寝前だけにしていた痛み止め薬を、ついに毎食後に飲むようになってしまった。

 今は急性期と慢性期の間なのだと思う。この時期を過ぎれば楽になる、ということを信じて、激痛のたびに「おまえのできることなど、俺に肉体的な痛みを与えることのみだ。負けるかぁ!」と厨二病のように叫んで悶えている。

 こうなってみて、わかったことがひとつある。「エスカレーターの片側通行」、アレはよくない。
 わたしは東京圏に住んでいるので、京葉線から山手線への長い「動く歩道」も、成田空港の「動く歩道」も、右開けの文化の中で生きている(関西では左開けの文化らしい)。
 で、左腕がこのありさまである。左腕をあげて、手すりをつかむのがとてもシンドイ。本当は右側の手すりを右手でつかみたいのだが、「右開け文化」の中でそれはできない……。

 数年くらい前からだろうか。エスカレーターや動く歩道の「片側開け」文化は、本当は悪しきマナー≠ネのだという報道が流れるようになった。実際、日本でも東西で逆になっているのだから、ルールですらないのだ。
 また、エスカレーターの仕組み自体、動く歩道の片側開けは、ギアの片減りにもなり、機械的にもお勧めできないのだという。
 自分が五十肩で不自由するようになって、あれは、体の不自由な方のためのバリアフリーのためにも、なくすべき悪しきマナー≠セと、いまさらながらに思い知った。

 しかし今のままでは、まず、この悪しきマナー≠ヘ消えることはないだろう。日本人は同調圧力が強い民族だからだ。
 以前、京葉線の動く通路で大きな荷物を持っていて、右開けができないことがあったとき、そこを歩いて通ろうとしたサラリーマンが舌打ちして「右を開けろよな。マナー知らずなんだよ」と言ったことがあった。こういうリーマンヤクザまがいの連中がいるかぎり、この片側開け≠ェなくなることはない。

 そこでもうひとつ。日本人は同調圧力と同時に「お上に弱い」という習性も持つ。
 ここはひとつ、政府、地方自治体、あるいは公共交通機関のレベルからでもいいから「エスカレーターや動く歩道は片側開けしないのが新しいマナー」として宣伝してもらえないだろうか。
 開いた片側を闊歩する人間が白い目で見られるようになれば、日本人は同調圧力に弱いので、この悪しきマナー≠烽ネくなっていくに違いない。

 などと言っても、おそらく変わりはしないのだろうなぁ。
 2020オリンピック前に、この悪しきマナー♂善に取り組もうという大きな流れでもなければ。

 なってみなければわからない、というが、わたしも五十肩になって、本当にこの街が――構造物ばかりはなく人間的にも――バリアフリーではないことを思い知った次第である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月13日

【日記】苺苺苺苺苺苺苺苺苺苺苺!のザ・サンデー

 デニーズの「苺苺苺苺苺苺苺苺苺苺苺!のザ・サンデー」。



 イチゴの名品とちおとめ≠贅沢に十一個使ったデザートメニュー。1月11日から始まった期間限定&店舗限定品となれば、スイーツイーターとしては試しにいかねばなるまいよ。

 なお、苺¥\一文字を使って、読み方は――



「いつまでもどこまでもいちご!のザ・サンデー」だそうだ。
 最近は「無限なんちゃら」というようなメニューが多いので、これは否が応にも期待が高まりますな。「もうイヤ」というほどイチゴを堪能できれば嬉しい。

 というわけで、丁寧な作りで届きましたよ。



 おぉう、イチゴの花が咲いたようで美しい。
 しかしこれ――



 上から見るとこんな感じで、いわゆるトライポフォビア=iぶつぶつがダメな人。蓮乳とか)の人はちょっとツラいかも?

 全体はこのような層になっている。





 下から見上げたところ。迫力満点だ。
 というわけで、射祈も早々、いただきます。



 イチゴは文句なく美味ーい。
 しかしパフェとしては、最初にイチゴの山をバランスよく平らげないと下の層になかなか届かないのがもどかしいカモ。
 細君と半分こ≠オたので、「いつまでもどこまでもいちご」という感は残念ながらなく、ちょっと物足りない感じで食了。ごちそうさまでした。
 惹句のとおりだったら、もう少し量があってもよかったなー、という気分になったり。
 ちなみにお値段1,402円(税込)。コスパはちょっとなぁ。

 なお、このメニューは一番最初にも書いたとおり、店舗限定で、しかも販売時間も15:00〜23:00とリミットがあるメニューである。チャレンジの際はご注意を。

 その昔、大崎に「キャッツカフェ」という店があり(名古屋のチェーン店)、そこで「ネバーギブアップ」と銘打たれた巨大パフェを出していた。これがそれ。



 このときはBLTクラブサンドと一緒に注文し、2,610円だったと日記に残っている。コスパ的にはこちらのほうが大勝という感じ?
 しかしもう、このお店は閉店してしまったのだった。残念無念。

 食後、細君と二人で、巨大パフェが食べられる近隣の店はないだろうかと検索しあったりして、「また巨大パフェを食べたい」マイブームが起こりそうである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月12日

【日記】一人称

 このブログに限らず、ウェブサイトでも、また、実生活でも、わたしが自分自身を呼ぶときの呼び方は「わたし」である。
 漢字で書く場合、「私」だと「わたくし」と読んでも間違いではないため、「わたくし」とは読んで欲しくないなぁ、と、ひらいて(漢字をひらがなにして)「わたし」。

 これは、いにしえのパソコン通信NIFTY-Serveの頃からそうだったし、十八歳のときのデビュー作「美琴姫様騒動始末」の「あとがき」でも「わたし」だったと思う(違ったらゴメン)。

 けっこうパソ通ではこの「一人称」に悩む人は少なくなかったようだ。「わたし」だと女っぽいと思う方がいらっしゃるという傾向はあったように思う(わたしはそうは感じないのだが)。
 なので「自分は」とか「おいらは」とか、中には「拙者は」などという言葉で自分を呼んでいらっしゃる方もおられた。

 わたしでも、家族間や親しい友人間でくだけた会話をするときは「俺」である。このあたりのスイッチは実に内的プログラマブルで、自分でも気づかないうちに「わたし」と「俺」を使い分けていることに感嘆したりする。

 小さい頃、小学生くらいまでは「僕」ではなかったかな。
 いまでも教会で、年配の方が「僕はこう思うんだけど」などとおっしゃると、「ああ、育ちがいい方なのだなぁ」と感じたりする。
 わたしは中学の頃、「僕」は止めて「俺」にしてしまった。これはやはり、所属コミュニティの色が反映されると思う。

「あたし」は女性のみに許された一人称だが、細君は「あたし」とは言ってくれない。「わたし」派である。

 余談だが、細君とおつきあいを始めた頃、細君はわたしに対して敬語であった。まあ、ファンと先生の間柄だったので、そういうものと思っていたが、プロポーズ後でも敬語というのはちょっと淋しいな、と思って「もう敬語を使わなくてもいいんだよ」と要望を伝えたのだった。
 そしていま、細君はわたしとタメ口なわけだが、振り返ってみると、あの「敬語はもういいんだよ」は失策だったかもと、思ったりするときもある(笑)。
 そりゃあーた、上目遣いで「先生、ひどいですぅ」と言われるのと、下目遣いで「あのねぇ」と言われるのと、どっちがいいですか? え、後者もご褒美ですかそうですか。

 個人事業主であった「結城恭介オフィス」を商業法人化したとき、人称の変化が嬉しかった。それまでは「うち」としか呼びようがなかったそれを「弊社」「当社」と呼べるようになったからである。なんだかんだと言って、現代の日本は「個人事業主」ではなく「商業法人」でまわっているのだなぁ、と思ったものだ。

 この原稿を書くために、日本語にはどれくらい一人称があるのだろうと調べてみたが「世界で一番多い。ただし数はわからない」というのが定説らしい。

 理由はいくつも考えられるが、結局、日本人は、社会の中で自分の置かれた立場との折り合いをつけていかないと生きていけない(自己主張がしにくい)民族だからなのかもしれない、とも思う。

 わたしもブログの中で、たまに年寄りを演出するために「わし」と書いたりするが、実際にこれから年を経ても、実生活で「わたし」が「わし」に変わることはなさそうに思う。
 たぶんこれから死ぬまで「わたし」を使うんじゃないかなぁ。わたしは、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記